記録2
六十九日目
昨晩のアイリスの様子をみて私は考えた。彼女から悪意の様なものは感じない。村人の誰からもその様子を受けたことはない。なにかと秘密が多いことは違いが無いようだが、彼女たちを一度信じてみようと思う。明日からは村の生活の手伝いに精を出すことにしよう。
七十日目
今日はダミアンと一緒に養鶏場の本格的な清掃と手入れをした。壊れかけていた建物の補強を進めた。嵐がしばらくすると来るようで設備をきちんと固定しておかないとダメになるらしい。元より建物自体はかなり頑丈そうに見えたが確かに屋根の方はいくつか剥がれかけていた部分があったので釘を打っておく。その仕事はすべての家で行われるようだ。元来は年寄りたちばかりなので苦労していたようだったので若い身体の仕事ぶりに感謝された。
仕事を終えて、いつものように酒を飲みシエスタを行う。風がそよそよと木々を揺らし、牧歌的な様相の中心で安寧を得ていた。その様子を通りがかったアイリスに見られてしまった。彼女はこちらの様子にクスクスと静かに笑いながら戻っていった。
七十二日目
クラスタというあまり話をしたことがない村人と今日は共に過ごした。二日まえの養鶏場の補強と同じく、彼の管理する畑の納屋を同じ様に補強していった。とても寡黙な男で口数はとても少ない。ただ、仕事が終わった後に選別としていくつか野菜を分けてもらった。小さな声で感謝を伝えられた。ただ口下手だけなのかも知れない。ここで暮らすのなら全ての住民と快く過ごせるように関係を築いておきたい。
野菜を持ち、エミーリアの家に帰ったかところ、私の身体がほとんど戻ったので、そろそろ自分の家を持ったほうが良いと言われた。どうやら、礼拝堂の近くに使っていない家が一軒あるのだという。明日からはその家の整備に明け暮れそうだ。嵐が来るまでに間に合うのだろうか。少し不安だった。
七十三日目
アイリスとエミーリアに案内された家は思っていたよりも断然に整っていた。もしかすると私が村へやってきたときから二人が準備を進めてくれていたのかも知れない。家の中は何もしなくてもすぐに住めるほどだった。ただ、外観はやはり以前の嵐の影響なのか少し補修が必要なようだ。
アイリスが荷運びなどをする中、調理場で私の昼食を作ってくれた。一緒に食べようと誘ったが、彼女には断られてしまった。ただ、同席はしてくれた。巫女は飯を食べないのかと聞いたところ、そのとおりだという。
「村から捧げられる供物はすべて神に、ひいては村人すべてに還元しています。」
彼女に信じられないことがまた増えが、まあ一度決めたのだ。すべて思い出すまで信頼をしておくこととした。次に彼女へ物を渡すときは食べ物以外のものにしておこう。
七十九日目
今日は唯一会ったことのないハーマンという老人と出会った。彼は村を外れて森の奥で暮らす日が多いようで、私が村に運ばれてきたことを知らなかった様だ。彼に声をかけたのだが、一目散に何者だと問い詰められてしまった。「外から来た人間が来るはずがない。」の一点張りで話を進められなかった。どうにも困っていると騒ぎを聞きつけたアイリスが来てくれた。アイリス彼を礼拝堂の中へ連れていき説明をしてくれたようだ。私から何度説明しても納得はしてくれていなかったが、巫女の力なのだろうか。元の剣幕はなくなり、私に謝罪してくれた。喉元過ぎれば熱さを忘れるということなのだろうか。また今度彼の暮らす森の家で狩りを教えてくれるのだという。なんとも都合が良いが、仲違いしたいわけではないので行ってみようと思う。また思い出すこともあるかも知れない。
八十三日目
嵐への準備が本格化してきた。各家で保存食となる物を礼拝堂へと集め始めた。どうもかなりの月日をかけて準備しているようだ。ダミアンと一緒に養鶏場の鶏たちを薫製や干し肉へ加工していく。結構な数が減ってしまったが問題ないのだろうか。
トリッペン(彼は革細工師だ)とローランは私に耐寒服を贈呈してくれた。礼にできるものは何もないが、今度彼らの家で作業を手伝う約束をしておいた。たしかに気温がかなり下がってきている。以前は春のように陽気な日々だったが、段々と風が冷たくなってきた。嵐になると池の水が凍りつくほどになるそうだ。この冬の中祭りを行うのかとアイリスに聞いてみると祭りは冬の到来を区切りとするのもだと教えてもらった。
八十四日目
この村の気候は思っていた数倍は過酷なものだ。寒さが一段と増してきたと思ったらさらに一段、二段と寒くなってくる。朝露はすでに凍りつき、霜柱が影に出来ている。トリッペンとローランに貰った耐がなければ凍え死にそうだ。
今日は森の奥に住むハーマンの元を訪れた。彼は以前のような敵意は一切なく、歓迎してくれた。うさぎの狩り方を教えてくれるようだ。今日はこの家に泊まり、明日明後日と彼の腕を見せてもらおう。
八十五日目
ハーマンとともに森の中にうさぎを捉える罠を設置した。冬ごもりを始めるうさぎを狙い、食料となる木の実を人の匂いが移らないように丁寧に設置する。森の川は凍ってはいないがかなりの冷たさだった。前々日に捕獲したといううさぎの革を引き延ばして縮まないようにしておく。これが完了したらトリッペンの元に持っていってほしいそうだ。夜が更けるまで彼が今までに狩ってきた動物たちのコレクションを自慢してもらっていた。立派な動物たちの牙や角が壁に飾られ固定されていた。
八十六日目
前日に仕掛けた罠を確認しに森へでかけた。三箇所の罠の内、一箇所に見事うさぎが掛かっていた。さっそく川で内蔵の解体をして昨日と同じ様に革を引き延ばしておく。肉は初狩りの祝だと言ってすぐさまにハーマンが焼いてくれた。身が引き締まって脂が乗っている。星の神へ祈りを捧げるハーマンの様子を見ていたら、アイリスにそのうちに教えてもらえと言われた。あと十日で祭りが始まる。そこで私は全てを思い出せるのだろうか?
八十八日目
村へと戻った私はハーマンから受け渡しを依頼された革をトリッペンの元へと持っていく。革にあまりがあるようで加工の一部を手伝わせて貰った。革の端切れを使い、村の皆に感謝を示すためバングルを作成した。アイリスへと渡すバングルには“アイリス”の花模様をあしらっておいた。
九十二日目
今朝、村の外に出てみると完全な冬景色となっていた。流れのない池の水や井戸は完全に凍りついている。暖炉の近くにおいて氷と溶かしておくか、村の外に流れる川から氷のように冷たい水を汲んで温めないと水すら飲むことが出来ない。
アイリスへ件のバングルを手渡すと大層喜んでくれた。ハーマンとの生活や村の生活を話すと感激のあまり涙すら流していた。
「やはり、あなたを受け入れて正解でした。」
もしも私が悪人だったのだとしたらどうするのだろうか。記憶を取り戻して、今の私と同じ様に生活ができるのだろうか?
九十四日目
嵐への最後の備えとして、川の水を運び入れて家々の壁や屋根を濡らしていく。この作業で氷ができることで完全な防備となるのだという。家の中の家財はすべて扉が閉まる棚へとしまい込まれ出来ないものは屋根裏か地下室へ隠すのだという。エミーリアの家や礼拝堂の準備も手伝っていく。
また、ハーマンが森の家から礼拝堂へと越してきた。彼の家も準備を整えて冬が終わるまでは村で暮らすのだという。後二日だ。何が起こるのだろう。
九十五日目
村中の人々が礼拝堂へと集められた。全ての食料と最低限の荷物以外はすべて家へおいてきている。アイリスが皆の中心へと立ち演説をする。覚えている内容を書き記す。
「辛い冬がまたやってまいりました。この村がまた溶けきるまで今しばらく空で暮らすことになります。ただ、今年は一つ違うことがあります。アルノー。あなたが村の一員として加わってくれました。これから空へ還ることで、あなたは記憶を取り戻すことができます。今まで秘密が多く心配を掛けました。明日、全てが終わり始まります。あなたが引き続き村の一員としてこの先も進んでいけることを一同望んでいます。」
話し終えたアイリスと同調するように村人たちも優しい声を掛けてくれた。最後の準備として礼拝堂の中心を片付けて前夜祭が始まった。食料の内、日持ちがし難いものや特別にあしらった料理などが振る舞われ、普段酒を飲まない村人も騒いでいる。活気づいた礼拝堂の中は冬の寒さを忘れたようだ。明日にすべてが分かる。この記録がまだ続けられると良い。
九十六日目 前半
私は全てを思い出した。起きがけに今日の記録を付けておく。まだ、この村へ居続けることが許されるのだろうか。アイリスが、村人たちがどんな思いで私を受け入れてくれたのか、また、この宇宙船の行く末を知った上でなぜあれほどまでに明るく過ごせるのだろうか。
#
「さあ、皆さん移動します。あと十五分で重力が空へ変わり始めます。」
アイリスの合図で礼拝堂の地下室へ村人達が移動していく。普段施錠されたその部屋に
へ立ち入ると、そこは村の一部とは思えない異質な様相だった。金属で出来た壁、光り輝く計器。数々の椅子が所狭しに並んでいる。窓だろうか、外の様子が映し出されている。
「しっかりと椅子のベルトを締めてください。アルノーあなたもここへ。」
ぎっちりと詰めれば百人は入るかも知れない。数少ない村人たちは前の方へと固まり、椅子へと座っていく。
「アルノーは特等席です。私の隣へどうぞ。」
最前席の窓がいくつも並ぶ、光り輝く文字、文字、情報の多さに頭が焼け付きそうだ。しかし、確かに私は知っている。この文字を知っている。この様子も、この計器が示す意味も。
「では、始めましょう。」
「アカウント アドミニストレータ アイリス。ログイン。」
「アイリス承認。」
「宇宙船内移動艇、起動開始。目標地点、セントラル制御エリア1-1-111。」
ガタンと音が鳴り響く。部屋中に地響きが響き渡り、轟音が耳をつんざく。窓に映る、違うモニターへ映る景色は礼拝堂を俯瞰している映像だ。様々な機械音声が鳴り響く。
「本船は移動を開始します。振動にご注意ください。目標地点まではおおよそ二時間です。同時刻に母艦船の重量方向の移転が予定されているため中間地点で慣性を打ち消し反転する処置を施します。到着時には天頂が反転していますので酔いにもご注意ください。」
空へ、凍りついた地面を置き去りにして礼拝堂が浮かび上がる。加速度がかかり、内蔵が押さえつけられる不快感に見舞われる。あっという間に地面が小さくなる。すると、空中で静止した状態へ保たれる。
「今回も問題なく空へ浮かぶことができました。」
エミーリアがアイリスにお礼を言う。
「アイリスのおかげさね。いつもありがとう。」
「私は自分の職務を全うしているだけです。感謝には及びません。」
隣の私を向き直し、アイリスがゆっくりと教えてくれる。
「ここは星ではありません。ステラベルク共和国の移民避難宇宙船 アイリスの内部です。」
彼女の言っている単語には覚えがあったが、全ては思い出せない。
「制御エリアへと移動ができればあなたを治療装置へ入れることが出来ます。記憶もおそらく戻すことが出来ます。なにか疑問があれば後で全て分かるはずです。」
じっと目を見つめられる。
「この船はその宇宙船内部に作られたメイン居住区画内部を移動する船の最後の一隻です。」
#
一五〇年前に一つの星を巡って、「ロールベルト」と「ステラベルク」という二つの国が戦争を行っていた。ステラベルクとロールベルトは三〇年に及ぶ長い戦争を行い疲弊していった。ステラベルクは母星でおなじ種族同士が争い合うことに疲れ切ってしまい、別の星系へ向かうことを決心し、移住をすることを条件にお互いの停戦を結んだ。
しかし、長年の戦争で恨みが積もっていたロールベルト側は停戦協定を無視して数千台の移民船の破壊を強行し、大半の船の殺戮を繰り返したそうだ。これはもしかしたら独りの将校の判断か、一兵士の判断がきっかけなのかも知れない。
この殺戮の記録は現在のロールベルト内では小さい歴史の出来事としか扱われていない。
移民避難宇宙船 アイリスはステラベルクの移民船の一隻であり、ロールベルトの猛攻を掻い潜り逃げ出した一隻であった。運良く逃げおおせたアイリスだったが、宛先となっていた地球型惑星は遥か彼方であった。燃料と設備はぎりぎりで三世代後に到着がギリギリ可能な計画であったようだ。
「私はこの船の管理者であり、AIのアンドロイドアバターです。」
アイリスの目が人の眼では無くなり、機械のように光る。
「この船は水を補給するためにある星への寄り道と、燃料を節約する目的にスイングバイを行う予定でした。ただこの星は、いえ星達はとても危険な軌道をしています。ほとんど同軌道で同質量の二つの星が並んである恒星を周っています。奇跡的な確率でこの星たちの衛生は8の字をえがいていました。計算ではあと二〇〇〇年も経てばバランスが崩れ去り、衛生は宇宙に放り出されるか、どちらかの星に激突するでしょう。」
「この宇宙船はこの二つの星の間で、軌道に乗ったままです。」
ロールベルトから逃げる戦闘の際に、設備の一部が損傷しておりスイングバイの成功率は下がっていた宇宙船アイリスは不幸なことに、それを失敗をして星の重力から抜け出すことができなくなってしまい、他の2つの衛星と同じ様に8の字の軌道のまま廻り続ける事になってしまった。
「抜け出すには相応の燃料が必要です。シミュレーションではこの燃料を使用すると目的の星へとたどり着くのは非常に困難となる結果でした。」
その当時の船員達は言葉通り三日三晩上話し合ったそうだ。次の抜け出すタイミングまでに決めきらないと更に到達が困難となっていくためだ。
「AIである私と、ある船員達は別の結論へとたどり着きました。この二つ星の片方からは人間の生活に必要な水といくつかの重要な元素を含んだガスを宇宙へ出していました。ハーベスト装置を使用することで、水だけと簡単な燃料は常に手に入る状態だったのです。」
戦争から逃げ、追撃され、目的地にたどり着くことが絶望的な状況の彼らは、この場所で、この衛星軌道のまま、宇宙船が壊れるその日まで暮らすこと選択した。
「今、ここに住んでいる村人達はその船員の末裔です。絶望的な状況を諦めることで彼らはいつか必ず終わりを告げる安寧を手に入れました。ただ、問題だったのは宇宙船の軌道です。8の字を描く交差点、星と星を入れ替わる瞬間に重力の方向が入れ替わってしまうのです。そのため最初の交差日には多くの死傷者が出ました。何度も何度も船内設備が重篤な故障に見舞われそうになる危険な日々でした。ただ、困難に立ち向かった彼らのおかげで重力の入れ替わりにも対処が出来ました。」
彼女の説明よると、宇宙船の維持機能を少しでも節約する目的と、入れ替わりの対処のため生活圏の環境維持機能を低下させて、気温を氷点下20℃まで下げることで氷漬けにしておく。家々や家財などはすべて固定して、凍らせることで落下を防ぐ。これで天頂が、重力が入れ替わった後も再び戻ってきた際に壊れないようにしたようだ。
「もうしばらくでたどり着くのはこの宇宙船の中心部です。また120日程そこでひっそりと暮らしたら、また地上へと戻ります。」
#
九十六日目 中編
制御室がある空へと到着した。村人たちは椅子に疲れたのか礼拝堂内でのびのびと暮らしている。村人たちが早く外を見てこいとしきりに言うので、アイリスに案内してもらった。
そこは、空色に光る床が一面に広がっている。空、いや地面を見上げると地上から舞い降りる雪が空を白く染めていく。雲は凍りつききりのように私にまとわりつく。山の上にでも来たようだ。礼拝堂の下部はたしかに移動船のようだった。ただ、その青と白の世界にそびえ立つ礼拝堂は今まで見たどの星よりも幻想的だった。
#
「こちらへどうぞ。ここです。」
一面の空の一部に穴が開いている。はしごを降りて行くと先程の移動船のような景色が広がる。ゆっくり、ゆっくりと廊下を進んでいく。
「遮光装置を外しますね。明るくなります。」
アイリスの合図で動作音が響き、前方から光が漏れ始める。すぐそこにそびえ立つガス型の惑星が目の間、視界一面に広がる。
「これが、2つの星の片方か?」
「そうです。この星の隙間に私達は漂っています。こちらへ来てください。大分記憶を取り戻されたようですが、治療装置で完全に思い出せるでしょう。」
制御室の奥へ案内される。治療室とかかれたその部屋にはカプセル型のベッドが何十床も並べられている。
「少し、不安があると思いますがこちらに寝てください。」
「もういまさら不安なんてないよ。」
「ふふ、そうですか。では、この装置で一晩眠ってください。ここに日記を置いておきます。すべて思い出したら私のもとへお願いします。私は制御室であなたをお待ちしています。」
彼女に優しく告げられ、ベッドに横になる。部屋の明かりが落とされ、カプセルが閉じられる。すぐに安眠用の麻酔ガスが満ちて、私は眠りに落ちた。
#
九十六日目 後半
私はロールベルトに所属する宇宙遺物管理隊の一員だった。ステラベルクの遺物である宇宙船を探索し、必要な記録と技術があれば持ち帰ることが目的だった。150年の戦争については国民の義務記憶アーカイブの一部としてもちろん知っている。ただし、アイリスのことやステラベルクについてはあまりにも情報がない。もしかすると、戦争の記録を見つけ出し抹消することが上層部の目的なのだろうか。
宇宙船アイリスに無事たどりついた私は探索中の事故で空から落下したらしい。そのまま死ぬところを、アイリスとエミーリア、村人たちに助けられたようだ。
どんな顔で彼女に、村人に会えばいいのだろうか。私の祖先たちが銀河の端へおいやったあげく彼らが乗る船を沈めている。私自身も彼らの遺物を抹消するような生業をしている。彼らに殺されても文句はいえない。この状況では致し方ないのだろう。何を伝えればいい?もしかするとこの記録が最後になるかも知れない。
#
「アイリス。」
「アルノー。無事にすべて思い出しましたが?」
彼女は約束通り制御室に座っていた。
「俺はロールベルトの宇宙遺物探索隊の一人だ。君たちに歓迎されるような身分ではない。俺は……殺されるのだろうか?」
首をゆっくりと振り、彼女は言う。
「いいえ、あなたがロールベルトの住民であることは村人全て知っています。あなたがこの船に侵入したそのときから、私自身はすぐに分かっています。」
「なぜ! なぜ助けてくれたんだ。私は、私達が君たちにしたことは許されることではない!」
「あなたを助けた日に、私達は話し合いました。かつて、私達が星の重力に囚われたあの日のように、あなたをどうするか……。」
「ただ、結論はすぐに出ました。もうこの村人達もあなたも戦争が合った時代から何世代も経っていて、かつて憎み合った者同士ではありません。さらに少なくとも私達はあの日から全て諦めて許しています。」
私が怒鳴りつけるように叫ぶ中、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もしかすると、私が君たちに危害を加えるかも知れない!」
「それもまた、一つの運命です。どうせこの宇宙船は50年もしないうちに停止します。村人たちは子孫を作ることを止めて、自分か、寿命が尽きるその日まで暮らしているのです。長い・長い苦難の生活の果に、もしかすると希望となる外からの侵入者が現れたのです。あなたが善良な方であることに賭けてみました。掛けの結果は、私達の正解のようです。」
二の句が告げなかった。ここまでの精神を得られるために、たとえAIとはいえ人間の感情を模倣したであろう彼女と、村人たちは何を見て考えてきたのだろう。
「あなたが乗ってきた宇宙船は残念ながら重力の変化で星へと落ちていきました。捕獲出来れば、あなただけを元の星に返すことはできましたが、それは叶いません。つよい信号を出せばロールベルトへと交信はできますが、できればこの場所をロールベルトに知られたくはないのです。」
「勝手なことを言っているのは分かっています。」
「私達と……。暮らしていただけますか?船の運命が尽きるその日まで。」
----中略----
一万八百三十六日目
とうとう船の終わりがやってきた。村人達はもう三十年も前に亡くなってしまった。すべての村民が苦しむことなく天寿を全う出来たことを最後に感謝したい。
アイリスと過ごした五〇年が、私の運命が今日終わる。もしもこの記録を読む方がいればどうか記憶の片隅に覚えていて欲しい。私達が選んだこの選択と船の記録を。
#
「アイリス、準備ができたよ。すまないが、起こしてほしい。」
最後の記録を付け終えて、燕尾服に着替え終わったアイリスに声をかける。
「もう、思い残すことはありませんか?」
「大丈夫だ、十分にいい人生が過ごせた。君のおかげだ。」
アイリスと、四十五年ほど前に結婚をした。子をなせるわけではないが、五年の月日をかけてお互い惹かれ合った。アイリスは村のしきたりに従いローランの持っていたドレスを着て、私も村の皆に分け与えてもらった服を元にした燕尾服に身をまとった。空に浮かぶ礼拝堂で村人たちに最大級の祝福を受けた。
あの日と同じ格好で今ここに二人で立っている。
「あの日から変わらず愛しています、アルノー。」
「私も愛している。君と過ごせて良かった。」
礼拝堂にはもう二人以外誰もいない。ただ、身につけているもの、礼拝堂に飾ってあるものは全てかつての村民たちから受け継いだ。変わらずに祝福を受けている感覚であった。
「私達は眠った後、氷となって船の主幹機能が停止した後もこの星たちの間を廻り続けます。最低限の機能は、もしも、この船を見つけてくれる人のために起動させておきます。」
「ずっと一緒ですよ。アルノー。」
「ああ、来世でも必ず迎えに行く。」
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「以上が暫定報告です。宇宙で漂流していた調査船団第五〇一号の乗組員は治療エリアで療養中ですので、正式な報告は追って本人から行わせていただきます。」
「そうか、六百年前の星間戦争で絶滅したホモサピエンスの生き残りがあの船にいたのだな。」
「報告に上がっていた氷漬けの生体と船の残骸は現在追加船団が捕獲に向かっています。」
「いや、不要だ。彼らはそのままにしておいてやってくれ。」
「は!了解致しました。すぐさまに停止命令を発行しておきます。」
星の隙間で二人の男女が手を取り合って踊っている。
いつの日か、遠くないその日に強い光に晒されて、船が完全に崩壊して氷が解けてしまうまで。
星の隙間 四季 @siki1419
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