星の隙間

四季

記録1 

星暦せいれき四〇〇五年 七六五 星日せいじつ。宇宙遺物調査船団第五〇一号 C-900-20003-J 報告メモ


 奇妙な宇宙遺物が報告された。母星より一四万光年離れた銀河団に属するある惑星の二つ衛星の間に人工遺物と思われる物体から、定期的なパルス光が約10年間光続けているらしい。母星観測所から得られた暫定観測報告では、過去に我々や既知の異星人が建造したものではなく未知の知性体が作り上げたものであるという。母星より遠く離れて宇宙に住まう異星人や宇宙遺物を実地調査すべく派遣される宇宙遺物調査隊の中で最も対象に近い私が現地調査を行うことになった。これは暫定記録の音声とメモを纏めてテキストしたものである。部分的に口語で記載されることにご注意いただきたい。 帰港後、正式な報告書を提出する。


 ----音声データ 一日目-----


 船体の骨組はアルミニウムと炭素をベースとした構造体で出来ているようだ。外皮は耐熱性のコーティングがなされている。大きさは直径1,000mほど円柱体であり、中央は空洞であったようだ。月日が流れており船体の内部は腐食されており、いくばかの土と石、そして氷のみが残されている。近くの恒星の光が当たる箇所の腐食は相当激しく、もう少しの衝撃で船体全体が崩壊する恐れがある。船体の前部(円柱状の対象的な形をした船体のうち、10mほどの突起部が存在する方向を前部とする)はちょうど恒星の影になりつづけて来たのか腐食度合いが少ないようだ。着地地点はその船体の前部とすることとする。


 *


 これは驚いた。偶然だが着地地点はおそらく船体の制御室だ。驚いたのはそれだけではない。その保存状態と私が着地したタイミングであった。氷漬けになってもなお、機能のうち最低限のバックアップ機能が現在も稼働しているようだ。おそらく事前に観測されていたパルス状の光は制御機能が定期的に行う稼働継続処理活動の痕跡だと思われる。制御室の近くに可動翼の格納庫とも思われる構造があった。しかしながら、あとどの程度可能バックアップが可能であるかは未知数である。また、繰り返すが船体全体の崩壊が近い。二回目の調査がもしも合ったときにはすでに稼働が停止・崩壊している可能性が高い。一番近い帰港ルートを使用しても60日程度は経過してしまう。調査を急いで続けることにする。


 *


 制御室の更に奥、船体内部に入るといままで金属製だった床が変化する。古来の文明やアンティークデザインに使用するような石材が使用されている。更に進むと床だけではなく壁、天井含めて石材が壁に貼られている。この場所はなにか宗教的な儀式を行う場所であったのかもしれない。氷に覆われた壁があり、掘削をしないとその奥には進めないようだ。

 調査器具を用いて検査すると氷と壁合わせて厚みが2mはある。手持ちの掘削ロボットに任せれば明日には穴があくだろう。一部、壁には穴が開いており差し込むように光が降り注いでいる。その周辺は温度が暖かく、石の床がそのままに見えている。今日はこの場所で休息をとることにする。


 ----音声データ 三日目-----


 想定以上に難航している。船体の崩壊を恐れて掘削のスピードを緩めたことが原因のようだ。石材で覆われた構造の中心部にはまだ入れそうにない。今日は周囲に保存状態の良い遺物がないか探索をすることとした。中心部から階段状の段差を進んでいくと有機物の反応があった。氷の中に土と植物の痕跡、種子が保存されている。周囲の構造からするとおそらく鑑賞目的出会ったと推測される。また、階段の形状から1.5~2.0mほどの二足歩行の知的生命体が建造したと思われる。既知である異星人の中に該当する容姿をもったものはいるが、データベースとの照合ではこのような構造を形成するものはいないことが分かっている。可能であれば今回の調査で文字やコンピュータの一部の記録を持ち帰りたい。帰還時に制御室の機材をいくつか取って帰ることにしよう。


 二日前に受けた驚きの衝撃を超えるものがあるとは思っても見なかった。掘削を完了したロボットを退去させた後、中央の構造に入り込むと、そこには一番の目的であったともいえる異星人の雌雄が氷漬けにされており、現在もその姿形が保存されていた。おそらく制御装置が働いていたのはこの生命体(以後、対象体)を保存するためかもしれない。片方の対象体は老化が進んでいることがわかる。身長が約1.7mほどであり、黒い布で身を包んでいる。もう片方の対象体はおそらく成体となっているが老化は進んでいない様だ。白い布で身を包んでいる。

 対象身体は対になった配置がされている。周囲にはこの構造物の周囲に点在していた有機物が敷き詰められている。他に記録はないのか。この保存状態を保ったまま帰船することは不可能だ。制御コンピュータの一部だけでは解析に難航する可能性がある。生体の一部を持ち帰ることとする。


 ----音声データ 四日目-----


 生体を削り取るために再度掘削を開始したが、手間を掛けたかいがあった。対象体のうち黒い衣服に身をつつんだほうから、本と思われるものが発見できた。しかし、そろそろ衝撃を与えすぎたのか、制御コンピュータをいじくり回しすぎたか船体の崩壊速度が上がっている。過去、同僚が行ってきた調査と比べて、得られるとおもわれる成果大きすぎることに興奮しすぎたようだ。もう少し慎重にすべきだ……落ち着かなければ……。


 -----最後の音声データ-----


 メーデーメーデーメーデー。こちらは宇宙遺物調査船団第五〇一号。宇宙遺物調査船団第五〇一号。宇宙遺物調査船団第五〇一号。位置は星経-16h 42m9s 星緯6°42'58'' 。宇宙漂流の可能性あり。当該信号を受信した船はすぐに救助されたし。一名。メーデー。宇宙遺物調査船団第五〇一号。オーバー。


 まずい、すでに手遅れだったようだ……。調査船に戻る経路が塞がれてしまった。後数分たてば宇宙空間に瓦礫ごと放り出されるだろう。宇宙服の生命維持装置を働かせて救難信号を発信するも残念ながら応答はない。30日以内に救助されなければ、宇宙の藻屑か星に激突して死に絶えるだろう。どうかこの通信を傍受した船がいた場合……救出を願う。


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 アルノー遭難日誌 一日目


 私はアルノー。事故による遭難から記憶を失った。この記録は一五日目からさかのぼって記録している。直後の記憶が曖昧であるため記録をすることした。

 私は全身を強く打ち付けた事故の衝撃によって手足の骨が折れた状態で発見されたらしい。気がついたときには近くの村に運ばれていた。見つけてくれたのはアイリスという女性で彼女は長い金色の髪の美しい容姿をしている。

 私はエミーリアという医者のもとで養生することとなった。身元もわからず、記憶もない私に救命処置を施してくれたアイリスと、エミーリア、またその他の村の皆に感謝する。


 二日目


 全身の痛みから寝返りすら打てなかった。両手両足に加えて肋骨なども折れているようだった。エミーリア曰くあと一ヶ月程養生すれば治るとのことだ。むしろ治らないと更に大変な目に合うことになると脅しを掛けられた。なぜかその理由は何度尋ねても教えてもらえなかった。村への来訪者がよっぽど珍しいらしい。苦しむ私を見学しに変わる、変わる村の老人が訪れてきた。そのたびにエミーリアは追い返してくれた。


 七日目


 まともな食事が取れるようになってきた。村自体はそこまで貧しくは無いようだ。牧畜や農業が行われているようでライ麦で出来たパンに鶏肉のシチューなど、身よりもない、まともに働くこともできない来訪者に与えてくれる食事としては十分だ。


 十日目


 アイリスが見舞いに訪れてくれた。この記録をつける以前に出会ったのはこれが初めてだった(私を助けてくれたとき気を失っていたので覚えていない)。彼女は作り物かと思わんばかりの端麗な容姿をしている。身長は高く170cm以上あるだろう。大分と若い割にエミーリア(彼女は六〇歳程か?)や村民たちから敬われている。

 アイリス様と敬称をつけて呼ばれている。まるで年下相手なのに自分の親に接するように親しみがこめられている。容態が安定しており食欲もあることを伝えると満足そうに帰っていった。身体が治った暁には私が倒れていた状態をもう少し詳しく教えてもらおうと考えていた。


 十五日目


 手がまともにようやく動くようになった。指先の動作が上手く出来ずにいたので介助の元で食事を取っていた。

 今日はアイリスがまた訪ねてきてくれた。私の身元など記憶を取り戻していないのかを確認してきたが、残念なことに私自身覚えていることはほとんどなかった。一般の常識や言葉には影響はないが以前の記憶がまだないことを伝えた。この日より毎晩に日誌をつけることにした。

 アイリスと村人達は記憶が戻らないのならこの村に住むといいと言ってくれた。寛大な処置に繰り返し感謝したい。


 二十日目


 手足に嵌めていたギプスが取れた。脚はまだ動かすと痛みが走るため上半身の以外の筋肉のリハビリに務める。そろそろ、村の厄介になり続けるにはいかないため身体を治したら仕事をしたいとエミーリアに伝えた。牧畜を仕事としているダミアンという男性を紹介してもらった。かなり気のいい老人だ。趣味は酒を飲みシエスタをすることらしい。今度ご相伴に預かりたい。おそらく以前の私も酒が好きだったのだと思う。


 三十日目


 村に関して分かったことがある。二つとも奇妙だ。

 1. この村への来客者はダミアンの人生曰く初めてのことだという。

 これが事実なら村民が私に対する態度は合致がいくとも言える。エミーリアのもとで

 養生する私をまるで動物園の猿のように見学するのは彼らの好奇心だろうか?

 しかし、話しかけてみても恐れているような様子はない。むしろ好意的だ。もしもダミアンが冗談を言っているのではなく、事実として六〇年以上の人生で外部の者と出会ったことがないのなら、私なら恐怖心が勝りそうだ。


 2. アイリスを除いて、この村には老人しかいない。

 彼女だけが20代のように見える。まとも働き手がおらず、老人たちは気ままに暮らしているだけだ。狩りに出かける者、牧畜営む者、農業をする者、服飾を手掛ける者、役割は別れており生活は周っているように一件見えるがそれらだけでこの暮らしを維持できるとはとても思えない。そう、すべての仕事は趣味で営んでいるだけにしかみえない。


 三十五日目


 村での顔なじみが増えてきた。というよりも村民が少なすぎる。一五人しかいないようだ。若いものがいないのは戦争でもあったのかと思ったが、村人に昔話をきいてもそんなことはないようだ。むしろ戦争という単語自体は知っていたが、概念的に理解しているようではない。

 そういえば、そろそろアイリスに事故の状況を聞いておこう。彼女は礼拝堂で祈りを捧げていることが多いようだ。もう少し身体が動くようになったら尋ねてみよう。


 三十六日目


 ダミアン仕事を教えてもらうこととなった。まずは養鶏場の手入れだった。小屋の清掃や餌やりをする。重い荷物が身体に堪えるが、リハビリにはちょうどよい。しかし、村民の数にくらべて食料などが豊かすぎるのではないだろうか?鶏たちにもふんだんに小麦を与えている。クズなどではなく人間たちに与えるものと遜色ない。


 この小麦は誰が作っているのだ?

 この村の近くで小さな野菜畑や花畑を見たことはあるが小麦畑は見たことがない。


 三七日目


 今日はアイリスの元を尋ねた。事故の時、私が持っていた所持品を返してくれた。

 ・銀色と白色の大きな服(表面は金属のように光沢を持っている)

 ・背中に背負うバックパックのような装置(ただ、大半が損傷している)

 ・手に持てる白色で長方形の板(10cm×5cm×1cmほど)

 アイリスが礼拝堂で祈りを捧げているときに、裏の方角から大きな音がしたそうだ。雑木林の中で倒れている私を見つけてくれたらしい。今度、その場所に案内してもらえるように頼んでおいた。また、長方形の板にはたしかに「アルノー・フォン・カロライン」と記載がある。私の名前に関する記憶は正しいようだ。

 

 三十八日目


 半年後に祭りがあるらしい。「空に還る儀式」だという。空に還るとはなんなのかと尋ねると真上を指さされる。空を見上げてみても雲があるだけだった。不思議そうな様子をしていても笑われるだけでそれ以上は何も教えてくれなかった。飛行機でもあるのだろうか?


 四十日目

 

 今日はアイリスが尋ねてきた。いつも彼女は村外れの礼拝堂にこもっている。村人から歓迎された彼女は広場で皆の話を聞いてまわっている。

 私についても最近の仕事ぶりとまた記憶について聞いてきた。その時に思い出していたことはなかったので、ないと答えておいたが今日自分の所持品を見返してみて思い出したことがある。

 私は何かを調査していた。この長方形の板は記録装置だ。私は何を調べていた?

 また、私の故郷(住処?)は「ロールベルト」だ。よくよくバックパックをみると掠れた文字が画かれていた。

 

 四十二日目


 私の記憶について村人に尋ねてみたが、だれも「ロールベルト」を知らない。というよりも外の国について誰も知らない。来訪者が人生で来たことがないというのはダミアンがついた冗談ではなさそうだ。少し薄ら寒い感情を感じる。

 ココはどこだ? なぜ誰も来たことがない村が存在する? 私は還ることができるのだろうか。


 四十三日目


 アイリスに頼んで私が倒れていた場所を案内してもらった。礼拝堂の裏、雑木林を進んでいくと木々がなぎ倒されている。結構な衝撃であったのだろうか。木が倒れた方向を見るとほとんど真上から落ちて来たような後に見える。他に所持品がないかさがしてみようと奥へ進もうとするとアイリスに止められた。曰く、奥側には急な崖があり進むことが出来ないそうだ。もう少し落下地点がずれていたら命はなかったのだろうか。しかしこの様な場所を見つけるのは骨が折れそうだ。アイリスはなぜこの場所を見つけることが出来たのだろう。彼女は何か隠し事をしていないか?


 四十四日目


 夜、皆が寝静まった頃に月明かりをたどり礼拝堂へと向かった。扉には内側から鍵がかけられている。ステンドグラスの一部が破れていることに気がついた私は、切れ間から中を除いた。礼拝堂の中央、祈りを捧げる祭壇の手前、アイリスが跪いている。幻想的な光景だった。少しの間見守ったが彼女が祈りを止めて寝ることはなかった。すきを見て何か探し出すことを考えていたが、出来なかった。踵をかえして帰ろうとしたときに音を立ててしまったのがまずかったかも知れない。最後に彼女が振り返った気がする。


 五十日目


 今日は村唯一の衣服職人である、ローランに師事を仰いだ。暇を持て余した若者である私を気遣ってくれたのか声を掛けてくれた。紡績機は床にしっかりと固定されている。カラカラ音を立てて糸がよじられていく。私も見様見真似で操作するも、全く均一な糸は作れなかった。彼女の家にはシルクのような素材でできた白いドレスが飾られている。彼女が結婚するときに着ていた衣装なのだという。話を更に聞いてみると、この村では結婚をする花嫁に代々この衣装を受け継いでいくのだという。彼女がこの衣装に身を通して結婚をしたのは、五十年前とのことだった。五十年間、花嫁はいないのだろうか?


 五十五日目


 やはりこの村は奇妙なことが多すぎる。アイリスに頼んで村の外に出る方法を聞くことにしよう。


 五十六日目


 アイリスに村を出る旨を伝えたところ非常に残念そうな表情をされた。私に黙っていたことがあると言われたので詳しく話を聞いてみたがやはり信じられない。

 曰く、この村、というよりも星は私の出身である場所とは別の星なのだという。だから還ることはできないから村で暮らしてほしいとのことだ。別の星が真実なのだとしたら、私は宇宙から落ちてきたとでも言うのだろうか? そんなことがあったらまず、確実に死んでいるはずだ。また星空を見ても私の記憶の形と大差ない。シリウスも、ベテルギウスも、金星も、月だって、宇宙に浮かんでいる。深く情報を聞き出そうとしても彼女ははぐらかしてくる。今はまだ全てを教えられない、信じて欲しいと言う。絶対に彼女は嘘を付いている。

 ただその話をする彼女は今までみた誰よりも、必死さをもった表情だった。無理に村を出ても餓死しかねない。しばらく村にとどまり彼女について調べてみることにする。


 六十七日目


 アイリスの役目である巫女について村民からかき集めた情報をまとめてみることとする。

 1. 巫女は祭りを取り仕切る役目を持つ。祭りは半年に一度。(未だに祭りの詳細は誰に聞いても教えてくれない)。

 2. 食料は巫女が神から授けられる。

 3. 巫女は歳をとることがない。

 1は良いとしても、2、3 はいずれも到底理解できるものではない。やはり、この村(星?)についてもっと知りたい。恐れだけではない。この胸に湧き上がる感情は好奇心だ。記憶を失う前の私はやはり探求者のようだ。


 六十八日目


 私が処理をした肉と村の外で詰んだ花を持って礼拝堂を訪れた。アイリスは祈りを中断して私の持参した手土産を受け取ってくれた。彼女はやはり以前私が礼拝堂で覗いていたことを見ていたようだ。この様子だと、私が村の歴史や彼女(巫女)について嗅ぎ回っていることは筒抜けのようだった。彼女はかなり逡巡した後にこういった。



 「私達と共に村の……星の祭りに出てください。終えた時にすべてを話しましょう。」

  

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