第三話 過去を引きずる者たち

「…………時雨は、生き別れたオレの弟だろ」


 とんでもない推測を投げる有人。


「…………」


 彼の言葉に、大我は何も答えられずにいた。


「あの動きはオレら『初原家』にしか出せない動きだ。……親に実験台とされたオレらだけがな」

「……お前には、姉しかいないはずだが?」

「オレもそう思っていた。だがここを離れてた時に、クソ親の行く末が気になって実家を調べた。そしたら、家からオレと姉の他にもう一人の実験資料が見つかった。お前も、何か知ってるんじゃねぇのか?」

「…………」


 大我は吸い終えたタバコを素手で握り潰し、知っていることを話し始める。


「……結論から言わせてもらうと、初原家について調べてはいない。時雨とは、偶然出会っただけだ。

 二年前、オレが単独でテロ組織のアジトへ乗り込んだ際に時雨と鉢合わせした。その時の時雨はお前みたいに獰猛でな、顔を合わせた途端攻撃し始めた。大剣を高速で振り回す姿に、お前の顔が頭によぎった」

「大剣……クソッ、そこまで似てるのかよ」


 有人は頭を抱える。

 彼の武器もまた、大剣なのだ。


「その場で時雨を静止させ、落ち着かせたら話を聞いてくれた。幼い頃の記憶がなく、自分の名前も忘れていたそうだ」

「そうか……逆に安心したぜ」

「オレは時雨に名前を与え、家に向かい入れた。そして今に至る――こんな感じだ。お前と時雨の血が繋がっているかどうかは、お前のことを考えて直接調べるようなことはしなかった。だが、こっそり時雨の皮膚を採取して調べたところ、お前と全く同じ【セル・ストレンジ】の反応が出た。世に出回っていない、オリジナルの【セル・ストレンジ】の反応がな」

「マジかよ…………最悪だな」


 有人はタバコを取り出し、再び吸い始める。


「……ところで、【セル・ストレンジ】についての情報は来てんのか?」

「いや、最近はない。元より、十年前に【ヌス】を『強制覚醒』させるために作られたクスリの失敗作だからな。五年前に大量発生した時は驚いたが、今出回ってるとしても、それを【セル・ストレンジ】と呼んでいいか怪しいレベルの合成薬に変わり果てていると思うが」

「だろうよ。マジもんを打ったら『人型』を保ってられるのはごく一部だからな。時雨も、運が良かったんだな……だが、そうなると気になることが一つ出てきた」

「何だ?」

「オレと同じクスリを打たれて『人型』保ってるっつうことは、オレと同じ【プネウマ】を持っているはずだ。……わかったりするか?」

「今のところ、それを使った形跡はない。【ヌス】と違って探知する方法もないからな。今は見守るしかない」

「そうか…………」


 有人はタバコを中途半端に吸うのを止め、炎を使って灰にした。


「……話はこれで十分か?」

「まぁな。あと、言うまでもないと思うが――」

「『兄であることは隠せ』だろ?」

「そんな感じだ。よろしく頼むぜ」



   ※



 二人が話している頃。


「……一体、ボスと有人様は何を話しているんだろう?」


 時雨、尚紀、海渡の三人は大我たちが戻って来るのを待っていた。

 ちなみに、良太はまだ天井に刺さったままである。


「大我さんと有人さんは、同年代なのかしら?」


 ふと、尚紀が疑問を口にすると、それに海渡が答えた。


「同年代の範囲にもよるが、五つ年の差がある。現在ボスは二十五歳、有人様は二十歳だ」

「ちゃんと二十歳になっているのね。正直、私たちの一つ上くらいに見えたわ」

「言うものではないが、有人様も高校時代からタバコを吸われている。時雨と違って、やめられなかったそうだ。姉を失った傷跡が大きすぎた結果だな」

「……そうね。家族を失った痛みは…………一生残るわ……」


 尚紀は過去の自分を思い出す。

 彼女も、過去に両親を亡くしているのだ。

 親戚の家に預けられた後、高校生となった尚紀が今後の人生を自由に選択できるよう、親戚は彼女の親が遺した財産を全て渡し、独立して生きていけるようにしたのだ。

 裕福な家庭であったため、変に贅沢さえしなければ大学卒業まで不自由なく生活できるほどのお金が、尚紀の口座にある。


「――戻ったぜ」


 有人と大我が部屋に戻ってきた。


「オレは荷物の整理をしてくる」


 有人はそう言って、すぐその場を抜けて二階に向かう。


「時雨、さっき話したかったことだが」


 大我は懐から封筒を取り出し、それを時雨に差し出す。


「この前、時雨が助けた女子高生から御礼金が届いた。受け取るといい」

「ありがとうございます!」


 時雨は受け取り、お礼を言う。

 大我はもう一つ別の封筒を取り出し、それを尚紀に差し出した。


「これは依頼主からの御礼金だ。入社祝いとして、悠乃宮に全額渡そう。安心しろ、時雨たちは金にうるさくないからな」

「…………ありがとうございます」


 尚紀は躊躇うも、周囲から反論の声が聞こえてこなかったため受け取ることにした。


「さて、今日は日曜だ。オレ達何でも屋も、受理した依頼を持ち越さない限り休みにしている。この後は自由だ。ただ、別荘の準備ができた。引っ越すタイミングはそちらに任せるが、荷物をまとめるのを忘れずにな」

「わかりました!」

「わかりました」

「別荘の場所だが、時雨のスマホに位置情報を送った。鍵はテンキー式だ。初期状態に変更してあるから、自分たちが覚えやすい番号にするといいだろう。さて、オレは用事があるから抜けさせてもらう、後は好きにしていいぞ」


 そう言って、大我は事務所を後にした。


「……時雨、どうする?」

「ひとまず、別荘に向かって間取りを確認しよう」

「わかったわ」


 時雨と尚紀も、別荘に向かうべく事務所を後にした。


「…………」


 その場に残った海渡は、自分の部屋に戻っていく。









「――ぐはッ!」


 ずっと天井に刺さっていた良太が、やっと床に落ちた。



   ※



「…………」


 北石区の北の端にある、山の麓。

 大我は、そこにある墓地に足を運んでいた。


「寿紀、有人が帰ってきた」


 大我は、ある墓石に話しかけている。

 その墓石には、『守宮寿紀』の名が刻まれている。


「オレがいつも言ってる『相棒』だ。友達を作らなかったせいで、年が離れた奴が相方になっちまってな。オレには同い年で関わりを持てたのは、お前だけだったからな。こんなんだからお前を……お前を…………お前、を…………!」


 大我は拳を強く握りしめた。

 すると、一人の青年がこちらに向かって歩いてくる。


義兄にいさん、来てたんですね」

「…………冴維さいか」


 大我は青年の方を向く。

 中性的な顔立ちをした紫髪の彼は、守宮もりみや冴維さい

 『寿紀』の弟である。


「義兄さん、いつもありがとうございます」

「その呼び方はやめてくれ。オレは、寿紀を守れなかったんだ……本来なら、お前に顔向けする資格すらない…………」

「そんなことはないですよ。義兄さんの頑張りは、ちゃんと理解できてますから。姉さんも、決してあなたを恨むことはないと思います」

「…………」


 冴維の優しい言葉に、何も反応できずにいると、墓石の後ろから信じられないほど大きなムカデが姿を見せる。

 しかし、二人は驚くことはなかった。

 体長1メートルを超えるそのムカデは、懐いたように大我の体に纏わりつく。


「…………」

「モルちゃんだって、義兄さんを認めてくれてるじゃないですか。僕には全然懐かなかったのに……」


 モルちゃん――このオオムカデのことである。

 真名は『モルガナイト』。

 寿紀がペットとして飼っていたムカデで、武器にしていたこともあるらしい。

 種族はペルピアンジャイアントオオムカデと思わえるのだが、最大でも四十センチほどのため、もしかすると未確認種の可能性もある。


「その子、家で飼ってあげてはどうですか?」

「オレはそれでも構わないんだが、オレ以外が反対する可能性が大きいからな。特に新しく入った、時雨の彼女が虫嫌いならお終いだ」

「時雨って、一番最後に拾った子ですよね? 彼女ができたんですね」

「あぁ…………よりにもよって、『尚紀』という名をしている」

「…………!?」


 冴維は驚くも、それ以降は何も口に出さなかった。


「……時雨が同じ結末を辿らないことを、オレは願っている」



   ※



「確か、この辺のはず…………」


 時雨と尚紀は、別荘に向かって歩いている。

 気がつけば三十分程歩いており、中巌区と南岩区の境界まで来ていた。


「……遠いわね」

「確かに。学校も少し離れてるし…………あっ、この橋を渡ってすぐの場所に……」

「…………」


 二人は先にある橋を目前にして、足を止めた。

 地区のちょうど境界線を流れている川に掛かっている橋。

 この場所は、二人にとって思い出深い場所となっている。


「……あれから、大体三週間が経ったのかしら?」

「そうだね。今思い出すと、ちょっと恥ずかしいけれど」


 時雨は恥ずかしそうにこめかみを指でかく。

 この橋は、時雨が初めて尚紀に告白した場所なのだ。

 結果はご存知、失敗に終わったのだが。


「……あの時は、ごめんなさい」

「だ、大丈夫だよ! えっと……その……こんな言い方するのは悪いけど、今こうやって尚紀の傍にいられてるから! 気にしないで!」

「…………」


 尚紀が最初に、時雨を振ったのは興味がなかったからではない。

 むしろ、最初から時雨が好きだった。

 つまり、二人は出会った当初から両想い。結ばれることが確定した出来レースの恋愛を歩むことができる状態だったのだ。

 しかし、尚紀はある理由から、彼を振ってしまった。

 過去の記憶が、忘れられぬ恐怖が、彼と距離を置く理由となったのだ。


「……時雨」

「は、はい!」


 突然尚紀に名前を呼ばれ、時雨はかしこまる。

 すると、尚紀が歩き始め、橋の上に立って柵に両腕を置いてもたれた。

 時雨も彼女の後を追い、隣に立つ。


「あなたは……五年より前の記憶がないのよね?」

「……うん。それより前は、何も覚えてない…………」

「……改めて、話しておくわ。私が初めて、あなたに出会ったあの時のことを」

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オーバーラップ・ストーンズ 黒田雄一 @makabisu

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