第二話 相棒

「……本当にやんのかよ」


 青年は頭に付いた金属バットを地面に捨て、面倒くさそうに頭をかく。


「安心しな! 殺しはしないから…………よ!!」


 良太は黒インクをボール並みの大きさで二滴、青年に向けて飛ばす。

 インクは球体となって固まる。インクを『鉄球』に変化させたのだ。


「……二人は離れてな」


 青年は時雨と尚紀に対して注意しながら、鉄球二つを両手で受け止める。

 時雨と尚紀は言われた通り、距離を置いた。


「!?」


 青年の両手が、地面に引っ張られたように下に行き、地面に強くぶつける。

 受け止めた鉄球が、非常に重かったのだ。

 青年は驚いただけで痛みを感じていないが、鉄球の重さは一トンを超えている。


「かかったな!」


 その様子を見た良太は、腰に付けた拳銃を二丁取り出す。彼が愛用する武器だ。

 予め装填してある弾倉をあえて別の弾倉に変え、青年に向けて撃つ。

 発射された弾はゴム弾。とはいえ、当たれば激痛が走り、場合によっては死ぬ可能性もある。しかし、ゴム弾程度で死ぬような相手ではないと、良太はわかり切っていた。


「めんどくせぇ……なぁ!!」


 青年は鉄球と地面に挟まれた両手をあっさりと引き戻し、その勢いで体を回し、ゴム弾を蹴る。蹴られたゴム弾が良太の方に帰って来るが、冷静に白インクを取り出してゴム弾にかけ、消滅させた。

 その隙に、青年は素早く良太の後ろに回り込み、彼の背中に蹴りを叩きこむ。


「甘い!」


 すると、良太の背中に爆風が巻き起こる。良太は前に、青年は後ろに吹き飛ぶ。

 実は、青年に殴り飛ばされた後、戻ってきながら背中に爆弾を仕込んでいたのだ。

 当然、捨て身の策ではあるが、良太は爆弾程度で壊れるような体をしていない。尚紀に殴られた痛みと比べれば、痒くもなんともなかった。


「時雨を間近で見ていたんだ、対策くらいできるんだぜ!」


 良太は吹き飛んだまま振り向き、二丁拳銃を青年に向けて引き金を引く。

 良太より大きく体勢を崩した青年は、迫りくるゴム弾に何もできない――はずだった。


「なッ!?」


 ゴム弾が彼の体に当たった瞬間、何故か弾が燃焼し、灰になった。

 青年は体勢を整え、着地する。


「お前、意外と強いんだな」


 青年の体に、炎が纏わりついていた。


「……それが【ヌス】か、ヘッドホン燃えない?」


 良太は、青年が炎を生み出し、自在に操る能力を持っていることを察する。


「あー……厳密には【ヌス】じゃないらしいんだが……オレにとっちゃ、どっちでもいいんだがな!」


 青年が走り出し、正面から良太に立ち向かう。

 良太は黒インクを出して何かを作ろうとする。


「ただ、オレには…………」


 青年が地面を強く蹴り、宙に舞う。


「ちゃんと【ヌス】って呼べる、別の能力がある」


 青年はヘッドホンを頭に装着し、上着のポケットに手を突っ込んで音楽プレイヤーを操作して、音楽を耳に入れる。

 その瞬間、その場から青年が消えた。


 否、誰にも目で捉えられない速度で動いているのだ。


「ぶッ――――!!」


 良太の全身に、音を置き去りにした打撃が入る。

 良太は抵抗できず、一方的に殴られているのだ。


「――こんなもんか」


 ヘッドホンを外した青年の立ち止まった姿が見えたかと、ボロボロになった良太が倒れ、気絶する。

 この間、一秒もなかった。


(速い……! 時雨よりも、圧倒的に…………!)


 青年の動きを目で追えなかった尚紀は、ただ驚くしかなかった。


「…………」


 青年は倒れた良太の傍に立ち、炎を彼に纏わせようとした。


「ッ!!」


 彼の行動に、黙っていられなくなった時雨が彼の腕を掴み、制止させる。


「おい、お前とやり合う気は――――」

「家族が殺されるのを黙って見てるほど、『オレ』は馬鹿じゃない……!!」


 時雨は怒りを露わにし、強気で青年に立ち向かう。


(――『オレ』……時雨が、本気で怒っている……)


 尚紀は知っていた。

 時雨が激昂している時は、一人称が『僕』から『オレ』に変わることを。

 彼の本性を、尚紀は理解していた。


「殺すって、なんか勘違いして――」


 青年の言葉を最後まで聞かず、時雨は彼を蹴り飛ばした。

 弾丸のように飛んでいく青年を、時雨はそれよりも速く追いかける。


「!?」


 その動きに青年は驚くも、時雨の拳を冷静にかわす。


「……なぁ、正直オレはお前とは、戦いたくねぇ」


 青年が説得しようとするも、時雨は攻撃の手を緩める様子がない。


「……これも『呪い』っていうのか? ……胸糞悪いぜ」


 青年は時雨の攻撃をかわしながら、ヘッドホンを再び装着した。

 時雨の動きよりも圧倒的に速く、動いて見せる。


(オレも……負けてたまるか…………!!)


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 時雨は雄叫びを上げ、全力で体を動かす。

 音速――いや、それ以上の動きをする青年と、ほぼ同等に動けていた。


(……一体、何が起きてるの!?)


 その動きを、尚紀は目で追えなかった。


 青年は、何とかして時雨を制止させようとするも、時雨の意地の強さにどうすることもできず、『スピードの世界』で拳を交わらせることしかできなかった。

 約三秒後、二人が距離を置いて地面に着地し、静止する。

 青年はヘッドホンを付けたまま、平然と立ちつつも時雨の様子に警戒を続けている。

 時雨は青年から目を離さずにいるも、体を震わせながら息を上げている。

 どんなに素早く動ける時雨でも、彼の動きに適応するのには大幅に体力を削る必要があった。


「……誤解を解きたいんだが、オレは決して――」


 青年はヘッドホンを外し、再び説得しようとするが――


「黙れ!」


 頭に血が上っている時雨は、青年の言葉に耳を貸さず、再び動き出す。


「……マジでやるしかねぇのか!? 畜生!!」


 青年も覚悟を決め、時雨に立ち向かう。



 ――――ドンッ!!!



 周囲に鈍い音が響く。

 二人の拳を、何者かが受け止めたのだ。


「……お前ら、何をしているんだ?」


 その正体は、大我である。


「ボ、ボス…………!!」


 彼が止めに入ったことで、時雨が我に返る。


「…………」


 一方、冷静であるはずの青年は、なんと大我に攻撃を仕掛けた。

 大我は驚くことなく、彼の拳を素手で弾き返す。

 青年はヘッドホンを装着し、超高速で大我に攻撃を繰り出す。大我はすべての攻撃を受け流し、最後の拳を握り止めたことで、やっと青年の動きが止まった。


「…………」

「…………」


 互いに無言で見つめ合う。

 二人がどう動くのか、時雨と尚紀は息を呑みながら見守っている。


「………フッ」

「………へっ」


 すると、互いに微笑みを浮かべ、軽く腕をぶつけ合わせる。


「久しぶりだな…………相棒」

「おめえも、変わらず老けねぇな、大我!」


 青年の正体は初原有人。

 やはり、彼は大我の相棒で間違いなかった。


「…………!?」


 二人のやり取りに、時雨が戸惑っている。


「しかし、関心できんな。オレの息子たちを虐めるとは」

「わりぃわりぃ! そこで寝ている奴がヘッドホンを貶したからな」


 有人が地面に倒れている良太に指を指した。


「なるほど……初対面でヘッドホンを指摘するとは、良太らしいと言えば良太らしい」

「あっ、そういや忘れてた」


 有人は良太に近づき、炎を彼の体に纏わせる。


「!?」


 その光景に時雨が動こうとするが、大我が止めに入る。


「安心しろ、火葬にするわけじゃない」

「それでは、一体何を…………!?」


 時雨は理解できずにいた。

 炎に包み込まれる良太。


「!?」


 数秒後、時雨は目を疑った。

 傷だらけだったはずの良太の体が、元に戻ったのだ。


「オレの炎は燃やすだけじゃない、傷を癒やすこともできる。真面目そうなお前が早とちりするとは思わなくてな、先に説明しておけば良かったぜ」

「……す、すみませんでした…………」


 時雨は深く頭を下げて謝った。


「このアホに謝る必要はない。誰でも誤解するさ」

「アホってなんだアホって!」

「事実を言ったまでだ。実際、沸点が低くて舐められてたしな」

「なんだとコラァ!?」

「…………」


 大我と有人のやり取りを、時雨はただ漠然と見ていた。


(ボスがあんな風に話すの、初めて見た……)


「ぅ…………」


 良太が目を覚ますと同時に、彼に一人の少年が近づく。


「その様子だと、有人様に喧嘩を売ったんだな」


 良太が後ろを向いて確認すると、大我の後に続いて来た海渡の姿があった。


「有人様?」

「お前が戦った男――ボスの相方だ。どう考えても勝てるわけないだろ」

「マジかよ……そりゃ強ぇわ…………」



   ※



「改めて、オレの名は有人。初原ういはら有人あるとだ、よろしく頼む」


 大我たち六人は、事務所の中に場所を変えていた。

 相談室にて、有人はソファに深々と、偉そうに座っている。

 彼の前には、時雨、尚紀、良太、海渡の四人が座っていた。大我は自分の席に座って、何か作業をしながら、有人たちの話を聞いている。


「時雨です。よろしくお願いします」

「悠乃宮尚紀です」

「良太っす……さっきはその……すんませんした」


 三人が名を告げる。

 良太は不服に思いつつも、大我に示しがつかなくなるため謝った。


「気を付けろよな」

「偉そうなこと言うな」


 有人の態度に、大我が口を挟む。


「その癖を発揮するのはテロリストだけにしろ」

「んなこと言われてもよぉ……」

「……良太、こいつが身につけているヘッドホンは、亡くなった姉の形見だ。許してやってくれ」

「――すみませんでした!!!」


 事情を知った良太は、あっさり土下座して再度謝罪した。


「すみません、良太を擁護するわけではないのですが、ヘッドホン本体を馬鹿にしたわけではなく、首から――――」


 時雨は、良太が『ヘッドホン』を馬鹿にしたのではなく、それを『首から下げている』ことを馬鹿にしたのだと、念のため事実を告げようとした。

 だが、いつの間にか彼の隣に来ていた大我が、耳打ちで警告を入れる。


「すまんが、それについても指摘しない方がいいだろう。姉も生前、首に付けていたらしいからな」


 そう告げると、大我は何事もなかったかのように席に戻った。


「…………どうした?」

「いえ、なんでもないです」

「そうか」


 有人は追求することなく、タバコを取り出し、ジッポライターで火を点けて吸い始める。


(……時雨と同じタバコなのね)


 彼が取り出した箱を見てタバコの銘柄を確認した尚紀が、タバコを嫌がることなくそう思った。

 それどころか、煙の香りに心地よさを感じてしまっているのだ。

 もうタバコに手を出さなくなった今の時雨からでも、その香りを感じていたから。


「!? わりぃ! 癖で」

 

 尚紀がジッと見つめているのに気づき、タバコを嫌がってると勘違いした有人は、灰皿代わりに持ち歩いている、水が入った蓋付の缶に入れて処理しようとする。


「大丈夫です。副流煙などの心配をされても、すでに手遅れかもしれないので」

「おっ、そう言ってもらえると助かるが」


 尚紀の了承を得ると、有人は遠慮なく吸う。


「……てか嬢ちゃん、ここの家のもんじゃないよな?」

「はい。時雨の彼女です」


 堂々と言う尚紀に、時雨は恥ずかしくなって顔を横に逸らす。


「なるほどな! まぁ時雨なら、見た感じ安心そうだな! 良太とかってやつはチャラくて危なそうだし――」

「ちょ!? 俺の印象チャラ男なんすか!?」


 良太がツッコミを入れるが、有人はそれを無視して続ける。


「海渡に関しては絶対にありえねぇしな! 今も幼女好きだろ?」

「当然です」

「いや、それは堂々と答えることじゃないから」


 ドヤ顔で答えた海渡に、時雨がツッコミを入れた。


「でもこいつ、真面目そうに見えて不真面目っすよ! 変態で一日中エロいこと考えてるっすよ!」

「何言ってんの良太!?」


 とんでもない暴露を話した良太に、ややキレ気味になる時雨。

 その話を聞いた有人が爆笑する。


「はははっ!! だろうよ! そういう奴ほど性欲高いっていうからな!」

「おまけに一度振られててグレ――ぶふぉ!!」


 良太を上に殴り飛ばしたのは、尚紀。

 彼の頭が天井に突き刺さり、そのまま動かなくなる。


「…………」


 彼女の力に、有人は言葉を失った。


「……有人、悠乃宮は期待の新人だ。あまり虐めるなよ。あと、それが原因で時雨に殺されても知らんぞ」

「あぁ、わかってる……」

「……ところで、有人様はどうしてこちらに戻ってきたんですか?」


 話を切り替えようと、時雨が尋ねる。


「ここを離れてたつもりはなかったんだがな、色んなところで仕事してたら、何年も戻ってなかった――っていう話だ」

「仕事といいますと?」

「色々あって、オレは心霊現象の調査やその処理を行っている。つっても信じてくれないかもしれんが」

「心霊…………ここの何でも屋は、そういうことも取り扱っているんですか?」


 尚紀が質問を投げる。

 その顔は青く、体が小刻みに震えていた。


(そうだった……尚紀、幽霊とかその類のものが苦手だった…………可愛い)


 彼女の質問に、大我が答える。


「あぁ。依頼されれば受ける。有人はそのスペシャリストだ」

「そう、なんですね……」


 尚紀は何でも屋に入ったことを、若干後悔した。


「ところで大我、オレの住む場所はあんのか?」

「一応、ここの二階に空き部屋ある。そこを使え」

「あいよ。まっ、今日からお世話になるから、よろしく頼むぜ」

「よ、よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 有人、時雨、尚紀、海渡の四人が挨拶を交わした。

 天井に突き刺さった約一名を忘れて。


「話が終わったか」


 大我が立ち上がり、時雨に話しかける。


「時雨、実は――」

「ちょっとまて、オレが先だ」


 有人も立ち上がり、大我の背中を叩いて外へ連れ出そうとする。


「何のつもりだ? この話が終わってからでも――」

「いや、それよりもメッチャ重要な話だという自信がある。表出ろ」

「はぁ…………」


 大我は大きなため息を吐くも、有人に従って裏口から外に出ていく。



   ※



「……メッチャ重要な話とはなんだ?」


 事務所の裏庭に来た大我と有人は、互いにタバコを吸いながら話をする。

 実は大我も喫煙者。ただ、一人で吸うことはなく、基本有人の付き添いの時だけに吸う。

 時雨がグレてタバコに手を付けた際も、未成年の喫煙をあえて咎めず、共に吸いながら彼の心に寄り添ったのだ。


「……時雨について、気になることがあるんだが…………大我、何かオレに隠してないか?」

「知らん。お前がどこまで把握してるのか、オレが知ったことではない」

「返答次第では消し炭にしてやるからな」

「やれるなら、な」


 有人は吸い終えたタバコを、自身の指から炎を放って灰する。




「…………時雨は、生き別れたオレの弟だろ」



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