第一幕第一章 二人は英雄

第一話 黒歴史と似た者

「……うぅ」


 翌日の午前9時。

 時雨はベッドの上で目を覚ます。

 これだけなら普通の高校生だ。


「…………」


 しかし、彼の隣に美少女――尚紀がスヤスヤと寝ている。

 それだけで十分、時雨は勝ち組の人生を歩めているだろう。


 時雨は今、尚紀が住んでいるマンションの一室にいるのだ。

 付き合い始めてからは毎週通っており、実家でもそのものである事務所に帰らないことがほとんどだ。

 その夜、何が行われているのかは――――ご想像に任せる。


(起きて、少し遅めの朝ごはん食べるか…………)


 時雨はベッドから体を起こそうとする。

 だがそれを、後から目を覚ました尚紀が妨害してきた。


「!?」


 思わず驚いた時雨は、体を硬直させる。


「もう…………少し、寝ま……しょ……」


 最後まで言い切る前に、尚紀はまた眠りについてしまう。


「…………」


(休みだし、もう少し寝てもいいかな……)


 時雨は誘惑に負け、二度寝することにした。



   ※



「あぁ~……彼女ほしい」

「俺も、幼女ほしい」


 『ジェムズ・シャイン』事務所。相談室とは反対側にあるリビングにて。

 良太と海渡は、自分の欲望に吐き出していた。


「……海渡、流石にお前のは無理があるだろ」

「お前こそ、年増に発情とか無理がある」

「年増ァ!? 同じか1つ上か下のに決まってるだろ! ……まさかお前、年齢2桁以上はBBAとか言わないよな?」


 良太の指摘に、海渡は少し考えた後、結論を出す。


「十二歳までならセーフかもしれん」

「アウトだよ!! 胎児からやり直してこい!!」

「……いいかもしれんな」

「は?」

「俺は幼年として生まれ変われる。そうすれば、合法的に幼女と接することができる!」

「今が違法だとわかってりゃそのロリコン思考を何とかせい!!」


「お前ら、面白い話をしているな」


 二人の背後から、大我の声が聞こえてくる。


「ボ、ボス!」

「ボ、ボス!」

「ちなみにオレは……愛さえあれば年齢なんて関係ないと思っている。問題なのは、どれだけ相手を想っているのか。ただそれだけだ」

「な、なるほど……そうなんすね……」

「流石ボス! 理解していただき光栄です!」


 良太が引き気味なのに対し、海渡は明るく喜んでいた。

 明るくお調子者なのである良太だが、もしかすれば彼が一番まともなのかもしれない。


「……ところで、時雨はまだ帰ってきてないか?」

「そうっすね。特に何も連絡してこないんで、まだイチャイチャしてると思うっす。何かあったんすか?」

「連絡事項ついでに、渡したいものがあったんだがな……」

「電話してみるっすか?」

「いや、大丈夫だ。二人の時間を割いては元も子もない。時雨が帰ってくるのを待つことにしよう……」


 そう言って大我はここを去り、事務室へと足を運んでいく。

 すると、彼のスマホに着信が入る。

 大我は誰か確認する前に、電話に出た。


「オレだ。……なんだ、お前か。何の用――――は? お前、本気で言ってるのか? ……まぁ、早いに越したことはないからな。ただし、午後二時くらいに来い。それより早く来たら対応できんぞ。いいな」


 大我が電話を切る。


「?」


 大我のフランクな口調に、電話主が気になった良太が尋ねる。


「ボス、今の電話誰だったんすか?」

「……昨日言ってたオレの相方だ。一週間後くらいに行くと言ったにも関わらず、入ってた予定が消化できたらしいから、今日来るそうだ。ったく、マイペースさは相変わらずだな……」

「そういや、その相方さんってどんな人なんすか? なんやかんや自分、会ったことないんで!」

「そうか。会ったことあるのは海渡だけか。あいつは……そうだな…………一言でまとめるなら…………『グレた時雨』ってところだな」

「…………あぁ~、なるほどぉ……それは確かにタチが悪そうっすね」


 良太はどんな人か何となく察した。

 実は、時雨が一度振られた際、彼はグレてしまったのだ。

 良太や海渡のぶっ飛んだ行動が可愛いくらいに思えるほど、非行に走った。そんな過去を、時雨は持っている。本人的に黒歴史だそうだが、若干クセが残り普段着に革ジャンを着るなど、性格から想像できないファンキーなファッションをしている。


「まっ、今言った通りそいつが来るから、お前らにも手伝ってほしいことがある。海渡はオレと一緒に別荘に行ってもらう。掃除をしなきゃいけないからな」

「はっ」


 今まで話に入ってなかった海渡だったが、ここではキッチリと返事を返した。


「その間、良太は上の空いてる部屋の掃除を頼む。その後、時雨と悠乃宮に戻ってきてもらうよう連絡してくれ。電話に出ないようであれば直接彼女の家に行って構わない」

「ウイッす了解!」

「では行くぞ、海渡」

「お供いたします」


 大我は海渡を連れて、事務所を後にした。


「……さて、ササッと片づけて、バカップルの邪魔しに行かないとな!」


 そう呟きながら、良太は二階に上がっていく。



   ※


「…………」


 時雨が再び目を覚ました。

 時刻は正午過ぎ。普段よりも長く眠っていた。

 尚紀はまだ寝ている。


(流石に起きないと……お昼作るか……)


 時雨はベッドから起き、普段着を身に纏い、<ガーネット>の天然石が付けられたネックレスを首にかけた。


 このネックレスは、何でも屋『ジェムズ・シャイン』の証でもあり、『紗桐家』の一員の証でもある。

 大我が三人を拾った際、それぞれに合う天然石を選び、プレゼントしたのだ。

 良太は<アマゾナイト>、海渡は<アメジスト>を持っている。

 『ジェムズ・シャイン』の名前もこれから来ているらしい。


 時雨はお昼を作ろうと、台所の方へ向かおうとする。


 ――カサカサッ、カサカサッ。


「?」


 付近で何かが動く音が聞こえた。

 ベッドの近く、勉強机の上に置いてあるゲージの中で、一匹のクモが動いていたのだ。

 一般的に見るクモよりも一回り大きく、体に毛を生やしている。所謂タランチュラだ。

 日本において見かけることはないのだが、時雨は驚きもしなかった。


「クォーちゃんか……」


 そう、そのタランチュラこそ、『クォーちゃん』。

 ただ、これは愛称であり、本名は『クォーツ』

 尚紀のペットである。

 実は彼女、大のクモ好きなのだ。細い足でトコトコ歩く姿が可愛いのだとか。

 クォーツは『キングバブーン』という種類。タランチュラの中でも比較的に毒が強く、攻撃性が強い。

 他のタランチュラにも言えることだが、人に懐くことは決してない。しかし、クォーツだけは何故か尚紀によく懐いている。

 ちなみにオスで、寿命は数年しかないのだが、何故か十年以上は生きているらしく、動きが衰える様子もないとか。


(ちょっと心配なんだよね……尚紀のことだから、餌を与え忘れてそう……)


 そう思いながら、時雨はクォーツの入ったゲージに近づく。


 ――シャー…………!


 しかし、クォーツが威嚇してくる。

 まだ手を伸ばしても届かない距離にいるにも関わらず、彼が向かって来たことで警戒態勢を取ったのだ。


「うぅ……やっぱり嫌われているのか……」


 やはり嫌われていることに、時雨は落ち込む。


「…………もう、クォーちゃん。ダメでしょ?」


 すると、起きた尚紀がゲージの方へ歩き、中のクォーツを手に取り頭を撫でる。

 よくタランチュラを手の上に乗せている動画を多々見るが、危険な行為なので真似しないように。


「もし時雨に何かしたら……握り潰すわよ」


 尚紀は非常に優しい声でクォーツに告げるが、その内容はあまりにも直球かつ残酷なものだった。

 それを聞いたクォーツはピョンッと器用に跳び、自らゲージの中へ帰っていく。


「……尚紀には、懐くんだね」

「一応、私が主人だから。でも、クォーちゃんは時雨を嫌っているというよりは、怖がってるのよ」

「えっ?」

「時雨から、邪悪なオーラが出ていると言っていたわ。仕事柄仕方ないこと――えっ、『彼は人間じゃない』?」


 尚紀がクォーツの方を向いて話し始めた。


「…………今度それ言ったら焼くわよ」


 そう言うと、クォーツは急いでゲージ内の小屋に入り、身を隠した。


「…………」


 一連の流れを、過去に何度も見ていた時雨は、ある結論を導き出す。

 それを確かめるために、時雨は尚紀に問いかける。


「……尚紀は確か、【ヌス】ないって言ってたよね?」

「そうね。私は【ヌスター】じゃないわ」

「……ごめん、多分持ってるはずだよ……【ヌス】を」

「えっ!?」


 時雨の主張に、尚紀は驚く。


「前から気になってたんだけど……もしかして、クォーちゃんの声が聞こえてたりする?」

「もちろん……………………えっ、これが普通じゃないの?」

「……うん、普通じゃないよ」

「えっ、じゃあ……時雨は今までクォーちゃんの声が聞こえなかったってことなの?」

「……その通り」

「そう……だったのね…………」


 尚紀は落ち込み、思い出したかのように普段着に着替え始める。

 その際、<カルセドニー>の付いたネックレスを首にかけた。

 時雨と似たこのネックレスは、彼から誕生日プレゼントとしてもらったものだ。


「虫の声が聞こえていたのは、私だけだったのね……道理でみんなと話がかみ合わなかったのね……」


 尚紀は、虫と話せることが普通であると、今まで認識していたのだ。


 彼女の【ヌス】――【意思疎通】

 虫と意思を交わすことができる能力。

 虫の意思を言語化し、それを認識することができる。また尚紀も、自分の言葉を虫に認識できるよう変換させている。

 この能力は常に発動しているため、尚紀は【ヌス】であることに気づけなかった。


(虫の声が聞こえるってことは、クォーちゃん以外とも意思疎通が図れてたんだね。ん、てことは……餌用のコオロギの声も――――いや、考えない方がいいな。うん、絶対考えちゃいかん)


「……お腹空いた」

「あぁ、ごめん。今――」


 昼食を思い出した時雨。それと同時に、家の呼び鈴が鳴る。


「……私が出るわ」


 尚紀は玄関に向かい、扉を開ける。

 その先に、良太が立っていた。


「ウィーっす!! 昨夜は盛んでたか?」


 ――ガチャ。


 尚紀は何もなかったかのように扉を閉め、時雨の元に戻って来る。


「誰もいなかったわ。不思議なこともあるのね」

「いや明らかにいたよ!? 良太の声ガッツリここまで聞こえてたからね!?」


「ヴォーい!! 開けろ!!」


 外から良太の叫び声が聞こえ、何度も呼び鈴が鳴る。

 再び尚紀は玄関に向かい、扉を開けた。


「やっと開けてくれた――ぶふぉあ!!」


 尚紀は良太を蹴り飛ばす。

 尚紀の部屋は五階にあるため、飛ばされた良太は落下し、地面に体をぶつけるのであった。



   ※



「ったく、相変わらずひでぇなぁ……」


 午後一時頃。

 良太、時雨、尚紀の三人は事務所に向かって歩いている。

 ちなみに、良太が蹴り飛ばされた後、時雨と尚紀が昼食を食べ終えるまで放置されていた。


「時雨、DVにあったら相談しろよな! あと携帯はマナーモード解除しとけよ! 邪魔されたくないだろうけど!」

「ご、ごめん……気をつけるよ」

「時雨を殴ることは、一生ないわ」

「くわ~! 恋人だけ贔屓するのは人としてどうかと思うし、友達作れな――ひぃ!」


 尚紀が良太に殴りかかろうとするも、時雨が彼女の腕を掴んで止めた。


「尚紀……良太相手でも程々にね……」

「わかったわ。程々に、するわ」

「程々ってなんだよ程々って!?」

「……ところで良太、緊急の用事ってなんなの?」

「あぁ言ってなかったな。なんかボスの相方が急に来ることになったらしいっす」

「大我さんの相方……どんな人なのかしら?」

「さぁな、俺も会ったことないからな」

「……ねぇ、あの人じゃない?」


 時雨の言葉を聞き、良太と尚紀は彼の視線を追って前を見る。

 黒の革ジャンを身に纏い、ヘッドホンを首にかけている金髪の青年が、事務所の前でタバコを吸っていた。

 よく見ると、首から<タイガーアイ>のネックレスを下げている。時雨たちと同様のものだ。


「……少し前の時雨みたいね」

「うっ…………」


 尚紀の言葉に、時雨は傷ついた。

 グレた際、タバコにも手を出してしまっていたからだ。

 大我の相方が彼で間違いないのであれば、ヘッドホンと髪色以外、『グレた時雨』そのものであった。


「あの人が、相方さんなのかしら?」

「ブファ!! ないない! 確かに『グレた時雨』に似てるってボスも言ってたけど、あんな小物感溢れる人が、ボスの相方な訳ないだろぉ?」


(それって、あの時の僕も小物感溢れてたってことだよね……恥ずかしい)


「まるで不良に憧れた高校生みたいじゃん! 特にあのヘッドホン! 首から下げるのダサすぎでしょ!」



「――――おい」



 良太の言葉に、青年が反応した。

 タバコを地面に落とし、靴で踏み擦って火を消した後、険しい顔で良太に近づいてくる。


「てめぇ……今、ヘッドホンがなんだって!? あぁ!?」


 怒る青年。しかし、その様に何故か良太が吹く。


「マジかよ! 本物の三下じゃんか!」

「りょ、良太! 絶対謝った方が身のためだよ!」

「大丈夫大丈夫!」

「おい、何が大丈夫だとコラぁ!!」


 ついに青年が至近距離に入る。


「ププッ! ちょっと待って、お腹痛い! 怒る時に『コラ』って言うやつ、初めて見たかもしれない!」

「……もう一度聞く。オレのヘッドホンがどうした!!」

「ダサいって言ったんだよ! もしかして難聴? 音楽をそのダサいヘッドホンから爆音で――――」






 ――――ドシュッ!!






「!?」

「!?」


 時雨と尚紀が驚いた時には、良太の姿はなかった。

 青年が良太を豪速で殴り飛ばしたのだ。飛ばされた良太は弾丸の如く、後ろに飛ばされていった。


「……なんだ? お前らもオレのヘッドホンに――って…………」


 青年が二人に目を配る。時雨と目を合わせた瞬間、何かに驚いた顔をして彼の顔を凝視する。


「!?」


 その様子に、時雨は警戒態勢を取る。


(相手は僕と同じ速度型、しかも【ヌス】を使った気配もない。油断したら一瞬でやられる……!)


「……まさかお前…………いや、そんなはずは――――」


 青年が戸惑っていると、彼の頭に金属バットが落ちてくる。

 直撃し、金属バットは凹むも、青年は全く動じていなかった。


「お兄さんよぉ……中々やるじゃねぇか……!」


 良太が、傷だらけになって戻ってきた。

 頭、口から血を流し、殴られた右肩を左手で抑えている。

 右手には黒インクの入ったチューブ容器が持たれており、先ほど飛んできた金属バットは、彼が作り出して投げ飛ばしたものだったのだ。


「……はぁ、なんか冷めた」


 そう言ったのは青年。それを聞いた良太が不満を吐く。


「は? おま、自分から喧嘩吹っ掛けときながら最後までやらずに逃げる気なのか? おい」


(いや、喧嘩仕掛けてきたの、良太の方だと思うけど)


 時雨が内心ツッコミを入れる。


「マジでやんのか? ……死んでも知らんぞ」

「おいおい! 俺TUEEE系かよ! まぁいいや、一度倒してみたかったんだよねぇ、本当にその属性持ってる奴を! 時雨! 尚紀! 手を出すなよ!!」

「えっ!? 良太、本当にやるの!?」

「ったりめぇだ!! 最近どこかの誰かさんに殴られっぱなしでストレスMAXなんだ……ここで発散しなきゃな!!」

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