雨の日の少女と、僕のパレット

花崗める

第1話 曇のち微雨

 キンコンカンコーン。


 ここに転校してきて一ヶ月が過ぎ、この音も耳に馴染んできた。

 埃のような鼠色の雲が空を埋め尽くしている。生暖かい空気の中、四限目の終業を告げる低く厳かな鐘の音が学校中に響き渡る。


 終業の時刻の何分も前からこのチャイムが鳴るのを待ち侘びていた生徒たちは、早々にノートや筆記用具を片付け始める。

「せんせー。もうチャイム鳴りましたけどーー!」

「うん? ……ああ、すまない。では今日はここまでにして、日直は号令をーー」

「起りーっつ、れーい。」

 いつもチャイムに気付かず授業を続行する、歴史の田辺たなべ先生の言葉を半ば遮るように日直が号令をかけた。


 礼が終わると、静かだった授業中とは一変して賑やかな雰囲気になる。授業中は息を潜め内職などをしていた生徒はクラスメートと、田辺の歴史今日も退屈だったな、と言い合っている。

 

 田辺先生の歴史、僕は分かりやすくて好きだ。のんびりとしてはいるがはきはきと喋るし、先生の声は落ち着く。

 先生は痩せていて、白髪交じりの無精髭を生やしている。反応が少々鈍いところがあり、生徒の質問の声やチャイムに気づかないことが多いが、教え方は上手いので優等生や一部の歴史好きな生徒には評判が良い。

 しかしまあ、大半の生徒が授業を退屈に感じているらしく、それぞれ机に教科書・ノートを広げて五十分間暇つぶしに励んでいる。

 集中力を持続しやすいようにと学校が特注した、青色でデザインされた広い机が勿体ない。

 せっかく冴えていて落ち着く青も……


「あれー? 雨降ってる」「うそ! 私今日傘持ってないよー」 

 窓の外では何時の間にか雨が降っている。微雨びうだ。降る量の少ない雨だから、静かで優しくて…


 俺がぼんやりしていると、赤髪の男子生徒が一人の女子生徒を傍らに俺に近づいてくる。

「咲斗! 一緒に昼飯食いに行こうぜ。」

「ん? どこに?」

 赤髪の彼は佐倉健さくらけん。イケメンではつらつとしている彼は人気者で、クラス委員長を務めている。誰にでも分け隔てなく接するが、彼はいつも突発的に話しかけるようなのでどうも話がつかめない。

「カフェテリアだよ! 一ノ瀬くんっ」

彼女は水樹奈子ーー副委員長だ。サラサラな黒髪で活発な美少女で、男女問わず人気がある。

「一ノ瀬はまだ行ったことがなかっただろ?」

「ああ、そういうこと。…でもごめん、誰かと食事しに行くのはちょっと……、それに今日の昼は先生に用事があるから……」

 一瞬、水樹はしまった、というような表情を見せたがすぐに屈託のない笑顔に切り替えていた。

「そっか〜、それじゃあ仕方ないねっ」


 少しまごついてしまったが、あっさり引き下がってくれて助かった。

「ごめんな、佐倉くん水樹さん。またの機会に誘ってくれ」

「勿論だ! でも、名字は呼び捨てにしてくれよ」

「私のこともも、水樹でいいからねっ」

「わかったよ、佐倉、水樹」

 二人は僕を君付けで呼んでいるので僕だけが呼び捨てにさせるのには違和感はがあったが、言われた通りに呼び方を改めると彼らは満足そうに俺の前を去り、カフェテリアに向かった。

 ちなみに7人程の生徒も彼らを追いかけて教室を出て行った。おそらく男子は水樹、女子は佐倉のファンだろう。二人共揃って美男美女で、頭も良くて友好的だから。

 彼らの誘いを断るのが申し訳なくなって、また誘って欲しいなんて言ってしまったが……、できることなら二度と話しかけて欲しくない。


 気が付けば教室には僕を含め五人しか居なかった。

 この高校は各学年六クラス、各クラス二十人ちょっとの少人数制の学級で編成されている。昼休みには多くの生徒がカフェテリアや中庭へ出て昼食を取ったり、同好会の集まりに出掛けていったりするため、いつもなら教室はがらんどうである。

 僕以外の四人は今、教卓を囲んで何やら話し込んでいる。何の話なのか気になるが、わざわざ昼休みに教室で素速く食事を終えて四人で集まっているようだ。赤、青、黄に黒まで……ぐちゃぐちゃだ。邪魔するわけにもいかない。


ーーきっと、彼らの声を聞いたら、

    僕の能力ケッカンのせいでパレットがぐちゃぐちゃにーー


 


 

 

 

 


 


 

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雨の日の少女と、僕のパレット 花崗める @meru-hanaoka

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