げんせをすくうおうさま

naka-motoo

現世を救う王

 ボクは園長先生から毎晩そのお話を聞かせてもらっていたんだ。


ボクト僕人くん、桜の並木があるその川の土手のすぐそばにね、観音堂があってね。そのお隣にお地蔵さまが並んで立っているの。知ってる?」

「はい。一度幼稚園の遠足で連れて行ってもらいました」

「そう。お地蔵さまの後ろに剣をもった神さまがおられてね。この街をお護りくださってるんですよ」

「剣を持った・・・」


 この街が台風の時に洪水が起こりそうになっていた時にボクはその剣を持った神さまの所へ行って「この街を助けてください!」とお願いしたらその石のお姿から光が出て、剣を持ち武装した女の武士のお姿で現れてね。


「ボクト!共に参ろうぞ!」


 ってボクを白兎はくとっていう白馬の前に乗せてくれてね、光のスピードで駆けてくださって大川のらんかんの上を走ったんだ。


「邪悪なる武将の亡霊ども!わらわがしっかりと討ち滅ぼしてくれようぞ!」


 そうおっしゃって、洪水を引き起こそうとしていた三人のじゃあくなぶしょうたちをね、剣で成敗なさったんだ。


神速しんそくさま」

「ボクト、また会おうぞ!」


「・・・そう・・・ボクトくんはその

『王さま』に会ったんですね」

「え。王さま?」

「そうですよ。いつか、わたしが連れて行って本当のことをボクトくんに教えてあげましょう」


 園長せんせいはそう約束してくださったんだけど、それすら待てないことが起こっちゃったんだ。


「光化学スモッグ重大緊急事警報が出されました。これまでに無い規模と濃度です。命の危険があります。速やかに屋内に避難してください」


 ボクは見えちゃったんだ。


『もう、この街の真上に来てる!』


 黄色い雲みたいなものが街の空一面に広がっていて、その上にまるで孫悟空みたいに三人のぶしょうが乗ってたよ。


「ぐあはははは!俺たちが滅ぼし損ねたこの街を、今度こそぐちゃぐちゃにしてやるわ!」

「おうよ!ゾクゾクするわい!」

「前回はあのガキと神速にしてやられたが今度はそうはいかんぞ。何しろこの邪気を込めたスモッグは人間の目には見えぬ。わけもわからぬ内に全員死にさらすがよい!」


 ああ・・・

 あのぶしょうたち、まだ生きてたんだ!


「園長せんせい!ボク、行きます!」

「ボクトくん!」


 五歳のボクを園長せんせいはでも止めなかったよ。

 その代わりにメモをいちまいくれたよ。


「園長せんせい。これは?」

「ボクトくん。神速さまの前に行ったらそれを見なさい!」


 ボクは大急ぎだったので、そのメモをポケットに入れて、全力で走ったよ。


 観音堂に着いたボクはそのまま石の神様のお姿のままの神速さまの前に駆け込んだんだ。


「神速さま!あの三人が『毒の雲』に乗ってやって来ました!どうかお力を!」


 するとね、こんな声が、ボクのココロの中に聞こえたんだ。


『ボクト。園長からもらった紙片を読み上げるのだ』


 おおせのままにポケットからメモを出して広げたよ。


『ボクト。もっと近うお寄り』


 言われて、ぐっ、と足を出してくっつくぐらいに神速さまの石のお姿に顔を寄せるとね。


「あれ?それは、ロープですか?」


 ボクは右手に剣を持っておられるのは前から知っていたけど、今、近づくと左手に丸い輪っかになったロープみたいなものを持っておられるのに気がついたんだ。


『ふふふ。縄だよ。いいから紙片をお読み』


 ボクがメモを開くとね、園長せんせいの綺麗なじでひらがなばかり書いてあったんだ。


「のうまく

 さんまんだーばーさらだん

 せんだー

 まーかろしゃだー

 そわたや

 うんたらたー

 かんまん」


「よう唱えた、ボクトよ」


 ジャッ!


 いつもの神速さまの、凛々しく武装したお姿が現れてね、長いまつ毛を風に震わせて、にこ、とお笑いになったよ。


 でもね、いつもと違うのはね。


 その後すぐにお怒りの顔に変わられたんだ。


「雲に乗りし悪逆の者どもよ!」

「ぐあははは!顔だけ怒ったとて怖くもないぞ、神速!」

「わらわは神速にあらず!真の姿を今から見せようぞ!」


 神速さまのお顔はね、いつか園長せんせいが教えてくださった、『ふんぬ忿怒』っていう言葉のとおりのお顔だったよ。口元からね、牙さえ見えていたよ。


「お、おい!なんだそれはあ!」

「き、聞いておらぬぞ、そんな姿は!」

「き、貴様、何者だあっ!?」


 神速さまのお体が見る見る大きくなってそのお足のサイズはボクの身長ぐらいになられてね。

 だから、三人が乗る雲まで届く背の高さになられたよ。


「わたしは不動明王ふどうみょうおう

「ふ、不動明王だと!?」

「そなたらの悪逆のココロ、もはや許しがたい。力任せにでも正してやろう」

「ば、バカな!女人の姿であったお前が不動明王のわけがない!」

「黙れ!」


 神速さま・・・ううん、ふどうみょうおうさまっておっしゃったその・・・王さま、なんだね・・・

 ふどうみょうおうさまはのお声は、鼓膜を破るぐらいだったよ。


「ぐわあああああ!」

「それ!縄につくがよい!」


 左手にお持ちの縄を一旦天高くムチみたいに振り上げて、それから、ぶるん、て横から三人に打ち付けるようにしてお縛りになったよ。


「ひぃああああ!」

「お、お許しを!」


 ふどうみょうおうさまのお顔は、お怒りで真っ赤になっておられるみたい。


「ならぬ!二度ならず三度までも。そなたらの邪悪のココロ、今この場で根こそぎ改心させてやろう。やあっ!」


 剣で、斬った!


「あああああああああ」

「ううううううううう」

「おおおおおおおおお」


 黒装束の武将たちのその衣装がね、斬られた途端に純白に変わったよ!

 ふどうみょうおうさまもお怒りのお顔がいっぺんにやわらかくなられて、にこ、として三人に告げたよ。


「そなたらはこれですべての罪を償い尽くした。わたしが保証しよう」

「あ、ありがたき幸せ」

「元の場所に戻るがよい。そしてそなたらが虐げた領民たちと荒廃させた領地を今度こそ平和の高天原となすのじゃ」

「は、はいっ!」


「あ・・・消えちゃった」


 いつのまにかボクの前には長いまつ毛の神速さまが立っておられたよ。


「ふどうみょうおうさま」

「ふふふ。いつもどおり気安く『神速』でよいぞ、ボクト」

「ボクはほんとうのことを何も分かっていませんでした」

「ほう・・・そうかな?」

「え?」


 にこ、と微笑んでくださったんだ。

 ボクはなんだか顔が熱くなったよ。


「一度見ただけの『真言』をスラスラと読み上げたではないか」


 そういえば・・・ほんとだ。


「ボクト、また会おうぞ」


 右手に剣を持って、左手に縄をお持ちのふどうみょうおう不動明王さま。その石のお姿。


 もう一度となえてみたよ。


「のうまく・さんまんだーばーさらだん・せんだー・まーかろしゃーだー・そわたや・うんたらたー・かんまん」


 それから、なんどもなんども、となえたよ。



おしまい


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