過去からのやり直し、開始

 肌を撫でる風を受けて、ベリルは目を覚ました。

まるで長い悪夢を見ていたかのような疲労感と虚脱感が彼の体を覆っているが、その体の重さに抗うように立ち上がる。

そして、彼の視界に入ってきたのは、もう見ることができないと思っていた故郷、アステリアの村に隣接する森にある丘。

そこがベリルの昼寝で気に入っている丘だった。

「本当に、戻ってこれたんだな…」

青々と葉を揺らす森の木々や、村の牧場から聞こえてくる牛の声、そして先程自分の頬をなでた風は、あの日失ったものばかりだった。


幼馴染のセレスが勇者となった日。


それはどこからともなく現れた魔物達によってアステリアの村の存在が消されてしまった日だ。

いつものように生活をしていた村人達を魔物たちは殺害していった。

セレスも他の村人と同じように殺されそうになったのだが、セポネから受けた勇者の啓示により村を襲撃していた魔物を消滅させたことにより、アステリアの村唯一の生き残りとなってしまった。

流れ者であるベリルは、人間族しか住んでいない村から離れて生活をしており難を逃れることができていた。

しかし、

(あの時、あの時に魔物が村に近づいて行くのを見ていたのに俺は魔物が怖くて家で震えているだけだった。もしも、あの時に村の人たちに魔物が近づいているから逃げるように伝えていればあんな事にならなかったのかもしれないのに…!)

アステリアの村を見捨てて自分だけが生き残ってしまった。

その罪悪感を償うために死体と廃墟のみになったアステリアの村を歩いていると、無傷で倒れているセレスを見つけ、彼女を自分の小屋で治療をした。

そしてベリルの治療の甲斐もあり、セレスは目を覚ましたが目を覚ましたセレスは自分の知るセレスではなく、セポネに選ばれた勇者となってしまっていた。

戸惑いはしたものの、村を見捨てたという罪滅ぼしから旅に同行し、そして女神セポネを開放することができたのである。

(よくよく考えればできた話だよな。自分が復活するための器の確保するために動かせる駒を動かして自分の元へ来るように仕向けていたんだから。

さて、俺が今からしないといけないことはっと)

これから起きるはずの、自分が体験した悲劇をベリルは思い出しながら今から自分がしなければならないことを確認する。


一つ.これから起きるアステリアの村の襲撃を阻止する

二つ.セレスをどんなことがあっても勇者にさせないこと

三つ.セポネの精神をこの世界から消滅させること


「これだけは必ずやらないとな。そうでないと過去に戻ったのにまたセポネの思い通りになる。

セポネが完全に復活した時に願いを聞いてくるかもわからないし、その時まで俺が生きているかもわからない。

けど、なんだ、この何かが抜け落ちたような感じ」

自分がやるべきことが何か確認をしていると同時にベリルは違和感を感じていた。

過去にそのまま戻ってきたはずなのだが、何かが足りていない。

そのなにかについて考えてる時、思考を乱す音が耳に届いた。


ガチャ。ガチャ。ガチャ。ガチャ。

規則正しく金属がこすれる音がベリルの耳に届いた。

あの時と同じように。

(なるほど、女神様も気が利くな。襲撃の直前に送ってくれるとは)

音のする方角を見てみると、夜空と見紛うほどの黒い鎧を着た騎士がアンデッドホースに跨っている。

そしてそれに従うように骨の魔物、スケルトンの軍団が隊列を成していた。

数はおよそ五千。

一つの村を襲撃するには多すぎるくらいだ。

その様子をベリルは苦々しく見つめる。

(あの時は、魔物ってだけでビビっていたから気づかなかったがあいつこの時から関わっていたのか…)

漆黒の騎士は冥魔王アビスの下僕として勇者の旅を幾度も妨害をしてきていた。

彼との最後の戦いは冥魔城の門番として戦ったことをベリルは思い返していた。

その騎士はベリルの視線に気づくことがなく、ただひたすらに村へアンデッドホースを歩かせている。

門番としての立ちふさがった騎士であればベリル一人ではとても倒せないが、今の下級アンデットであるスケルトンを率いているだけの騎士ならば今の、アビスを倒したベリルにとっては雑魚同然だ。

「よし。セポネの悪巧みを潰すための第一陣やるか」

旅の最中何度も夢に見るほどやり直したいと悔やんだ過去。

その過去に戻れた今、前回と同じように怯えるのではなく、その過去を壊すためにもベリルは魔物の群れに照準をあわせる。

「あれだけいる雑魚を殲滅するなら精霊が一番だよな。森を燃やすわけにも水浸しにもしたくないから、ここはやっぱりお前だな、シルフィード! あいつらを風でバラバラにしろ!」


風の精霊 シルフィード。

ベリルと契約した精霊の一つで、彼のことを気に入って契約をした精霊である。

本来精霊は人間とは契約することができないのだがベリルのことを彼女は気に入り契約をした結果、ベリルは精霊術師になることができた。

セポネによって過去に送られた時は魔力切れによって召喚をすることができなかったが、

今は魔力が完全に回復しているため、召喚もできる。

はずだった。

「あれ、シルフィード? どうした? おーい。シルフィード? 精霊は眠らないからいつでも呼んでいいんじゃなかったのか?」

いくらシルフィードを召喚しようとしても召喚に応じる様子はなく、スケルトン達は村へ向かい続けている。

「そうか! 何かが足りていないと思ったが精霊達の気配を感じないのか! 俺だけ過去に戻せと言ったが、俺の中の精霊は一緒に来てくれていないんだな」

精霊を呼べない以上、ベリルは精霊術師ではなく少し強いだけの人間である。

「せ、精霊を召喚できないなら仕方ない。自分で戦うしかないか。魔力切れを起こした時はいつも杖で戦っていたし、なんとかなる、なんとかなるだろ」

想定外のことに冷静さを失ってしまいつつも、手元にあった丸太を掴み、スケルトンの群れへ飛び込むのだった。


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封印開放した女神から世界滅亡を防ぐために俺だけ過去に戻ってやり直す @tatibanaseiran0825

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