例えば、明日すべてが消えるとしたら

山根利広

A Story for Everlasting Days

 ほんの少し、思い浮かべてみよう。

 明日、この世界のすべてが、霧のように消えてしまったら、ぼくたちになにが起こるのか、と。


 急激に気温が低下するわけでもなく、大雨が洪水を起こすわけでもなく、

 隕石の衝突で大気や地殻に変動が起こるわけでもない。

 春に咲く花がすぐ散るように、夜が明けたら世界は消える——と、想像してみよう。



 もし、それが全世界に知れ渡ったら、その日、世界は文明を放棄するだろう。

 どこかで争いが起こるかもしれない。

 醜い事件や事故が起こるかもしれない。

 でも、それは、明日になればどうでも良くなってしまう。

 なぜなら、すべてが消えるからだ。

 ありとあらゆる社会問題が、一瞬で消滅してしまうのだから。


 大切なものや、大切な人たちが、なんの前触れもなく一瞬で消える。

 どこに行くでもなく、ほんの一瞬で、どこにもいなくなる。

 すぐに逃げなくては、身を守らなくては。そう思う人もいることだろう。

 でも、それは無駄な考えにすぎない。

 なぜなら、全てが消えるからだ。

 逃げる場所も、自分の体も無くなってしまうのだから。


 何もかもを失い、悲しみに暮れる人もいることだろう。

 あるいは、嫌なことが全て消えて、解放されることに喜ぶ人もいることだろう。

 でも、そういうわけにはいかない。

 なぜなら、全てが消えるからだ。

 嬉しさや苦しさを感じる心も、消えてしまうのだから。



 なぜ消えるのかは、わからない。

 生きとし生けるもの全てを、一瞬で破壊する装置が作動するのかもしれない。

 もしくは、ぼくたちの脳に繋がれたコードが、現実という映像を投射していて、それが切断されるのかもしれない。

 ぼくたちは、生きていることを感じることしか、できない。


 

 生きるということ。それは、とても、とても苦しいことの連続だ。

 自分なんて、もういっそ、きれいに消えてしまえばいいと思っている人もいるだろう。

 いまこうして、世界と向き合っているあなたにも、消えてしまいたいほどつらいときがあるだろう。

 幸せな人生を歩みたいと、誰もが願う。

 けれど、未来の幸福を約束することは、ぼくにも、誰にもできない。



 だから、ほんの少し、思い浮かべてみよう。

 明日が、あなたがなにかに出会える日だったら。


 あなたは、喜んだり、苦しんだりすることのできる心を持っている。

 あなたには、おなじみの、いつもと変わりない毎日がある。

 そしてなにより、ぼくの言っていることを分かってくれる。

 その先に、まだ誰も考えつかない未来が待っている。


 あなたが、いま、消えてしまいたい、と思っていたら——

 どうか、明日、新しいものを得るときが来る、と、想像してほしい。

 ぼくは、あなたに幸せが来るとは言い切れないように、

 あなたがずっと失意のどん底にいると、言い切れない。


 


 「例えば、明日すべてが消えるとしたら」。


 ぼくたちは、その先にあるなにかを、掴み取りに行ける。










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例えば、明日すべてが消えるとしたら 山根利広 @tochitochitc

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