第9話 感謝

ヴァイスの眼前に広がる光景。

それは嘘でもなんでもない、真実。

リテアがS級ディザスタークラスの魔物を倒したという、ただ一つの真実。


リテアはダークドラゴンの心臓を抜き取る。

無駄一つない、始めからそうしようと思っていたかのような動き。

心臓が魔石に変わる。

ヴァイスでも感じ取れる。魔石からは莫大な魔力反応が。


(あの魔石……。もはや個人が金を出して買えるレベルじゃない……!国が予算を動かしてでも手に入れようとする……いいえ、そもそも買い取ろうなんて思わずに奪いにくるかも…!)


リテアは魔石をしまうと、ヴァイスに向かって歩いてくる。全く疲弊した様子が見られない。……それどころか、むしろ生き生きとしているようにすら見える。まるで子供たちが、お風呂で不快な汗を流してきたような……。

リテアは急がず、だけれど決して遅くはないスピードでこちらにくる。


「ヴァイス……」


(えっ、ちょ。距離が、ち…近いッ!)


リテアとヴァイスの距離、およそこぶし3つ分。

リテアは真っ直ぐにヴァイスを見つめている。

ヴァイスの鼓動が高まる。


(何……?この感じは……!まるで恋人と再会したかのような……)


ぶんぶんと首を振る。


(いやまさか!何考えてるの!私の馬鹿ッ!ただ距離が近いってだけじゃない!リテアにとっては普通かもしれないし……? ………………まさかね。)


「ヴァイス……」


ヴァイスは目を閉じた。


(これは………!やはりキスのなが――)

「このイヤリング、ヴァイスのだよな?」


「ふぇ?」


チャラ という音を立て、イヤリングがこすれる。


「え……。ええ、ええ。そうよ!」


リテアによって目の前にかざされたイヤリングを受け取る。


(変な声でちゃった…。にしても!!私はなんて変な想像を…!!)


ちらりとリテアを見る。リテアは気にしていないのか、気が付いていないのか、服に着いたほこりを払っている。

ヴァイスはイヤリングを付け、リテアに声を掛ける。


「リテア、取り敢えず子供たちを町へと送りたいんだけど…」

「僕は必要ないでしょ。送るだけなんだろ?僕は帰る。」


(ですよね…!そういうと思いました………………。)


その瞬間、子供たちが交互に口を開く。


「ダメだよ。お兄ちゃん。」

「お……お兄ちゃん!? お前たち、今、僕のことを『お兄ちゃん』と呼んだのか!?」

「え…。いいでしょ?」

「『お兄ちゃん』はだめなの…?」


悲しそうな子供たちを前に、リテアはばつが悪そうだ。


「ダメとは言ってないが……だがお兄ちゃんだけはやめてくれ。」


すると、アンスリウムがいたずらっ子のような笑みをして言った。


「兄さん!」

「に、兄さん!?!? ちょっと…それもやめてくれないか?」

「ダメだよ。兄さんはさっき、『お兄ちゃんだけはやめてくれ』って言ったんだから」


(あぁ…アンスリウム…いつからそんなに悪い顔をするようになったの……?)


姉として、アンスリウムの成長を素直に喜んでいいものだろうか。

そんなヴァイスの思考を中断するかのように、リテアが子供たちに話しかける。


「ところで、何故ダメなんだ? 僕はダークドラゴンを倒してやったんだぞ。これ以上にして欲しいことがあるのか?」


子供たちは顔を見合わせ、一斉に口を開く。


「兄さん、ご飯のお礼まだしてないよ!」



――――――――――――――――――――――――――――――


アルノン村―――――


ここはアルノン村。『塩の海』と呼ばれる湖に流れ込む、アルノン川に沿って町が並んでいる。アルノン村は上流の方に位置している。

上流の方、ということもあり、この村での特産品は澄んだ水を生かしたビールやサイダーとなっている。



シスターは、村の入り口で待っていた。


「シスター!」

「まあ。ヴァイス。無事でなによりです。……約束通り、子供たちも…。――ありがとう。」

「いいえ!当然のことをしたまでです!」


シスターは視線をリテアに移す。


「リテアさん、2人だけで話したいことがあります。よろしいですよね?」

「ああ。」

「ヴァイス。あのお店の方に頼んで、食事を用意してもらって下さい。私と、ヴァイス――あなたと、子供たち、そしてリテアさんの分を。」

「わかりました!!」




―――リテアは、人気ひとけのなさそうな小屋に案内される。


「単刀直入に聞きます。リテアさん。――あのドラゴンを倒したのはあなたですね?」

「そうだ。むしろ、あの場にいる者の中で、僕以外の誰が倒せるというんだ?」

「……やはり、あなたなのですね?嘘をつき、一時ひとときの名声を挙げようなどではなく、本気で言っているのですよね?」

「そうだが?しつこいぞ。疑ってるのか?」

「―――はい。正直、先ほどまでは疑っていました。しかし――」


シスターは一息ひといきついて、再び口を開く。 


「――あなたの目は、正直な人の目です。疑って申し訳ありません。てっきり……通りすがりのSランク冒険者が倒したのかと……。リテアさん、あのドラゴンは普通のドラゴンではないんです。あれはダーク―――」

「知ってる。」


シスターの話が終わらぬうちに言う。


(それにしても……冒険者?聞きなれない単語だな。まぁ、何年も人と関わっていなかったから、仕方のない話ではあるが……。)


「知っていましたか……。」


シスターは話を続ける。


「リテアさんもSランク並みの実力がお有りなのですね。にわかには信じがたいことですが……。」


シスターは遠くを見つめ、再びリテアに顔を戻す。

何かに気が付いたのか、シスターの表情がみるみる変化していく。


「まさか……あなたは……」


シスターの表情――その表情は強張こわばっていた。


「そうだが。……そうだと何か悪いのか。」

「い、いいえ。悪いなどというつもりはございません。し、失礼――」


シスターは顔を揉みほぐし、再び穏やかな顔持ちになる。


「すみません。あまりにも驚いたもので……」

「まあ、誰だってそうなる……」

「――これで聞きたい答えは聞けました。お話して頂き、ありがとうございました。」


小屋から出ようとした瞬間、シスターは思い出したようにリテアに呟く。


「……リテアさん、ヴァイスを―――よろしくお願いします。」

「待て、それはどういう――」

「はやくご飯を食べに行きましょう。冷めてしまいますよ。」


シスターはそう言って笑うと、早々とリテアの前から姿を消した。

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