最終話 葉桜 散りて……そして萌ゆる
ひらり
ひらり
ひらひらひらひら
残り少なくなった桜の花弁が、街灯の灯火に舞落ちる。散らずに残された赤黒いめしべの隙間から覗くのは、力強くも若々しい新緑の葉桜だ。
ほっと大きく息を吐き、駅前公園の桜並木を歩く。
慌ただしくも忙しい前年度が終わり、今年は元気溢れる一年生。ちょっとは楽になるのかと思えば、新学期そうそうに取っ組み合いのケンカの仲裁だった。お子様気分の抜け切らぬ生徒を相手に、今年も忙しない毎日を迎えそうだ。
公園の出口に差し掛かろうとした時、胸元のポケットのスマホが鳴った。その画面にフッと笑顔を浮かべ、いつもの街灯下のベンチに座る。
通話ボタンをタップすれば、らしくもない、おずおずとした声だった。
『先生、今、大丈夫ですか?』
笑い声混じりに、「今、あのベンチにいる」と告げれば、
『わたしが居なくて、寂しいでしょう』
いつもの明るい声が返ってきた。その声に笑い返し、
「どうだ、寮生活には慣れたか?」
そう問えば、澄ました作り声だ。
『ここは寮ではなく、寄宿舎です!』
そして弾けたように笑う。
『わたしも早々に、舎長さんから注意されました。何でもかんでも、古きよき時代の少女小説みたいなんですよ、ここ……』
さにあらん……。
昨秋、役所に児童相談所、里親の元を駆けずり回って、やっと見付けた俺の答えが高校の寮だった。しかし今どきの高校の寮は、そのほとんどがスポーツ特待生のもの。手頃な高校にあったとしても、その高校は遠隔地や離島だったり。
毎日、頭を悩め、それでも諦めずに探していた時に、教えてくれたのは学年主任だった。
創立一◯◯年を数える私立の名門女学院。元々は旧華族の子女のために創られた学校で全寮制だったらしいが、今でも地方の名士の子供のために寮が整えられていた。
問題はその学費だったのだが、それは里親のご両親と本人が解決してくれた。
ご両親が出してくれた一冊の通帳。そこに記されていた数字は、これまで国や自治体から支給されていた桜子の生活費のほとんど。
その本人は、自分の学力で授業料免除の特待生を勝ち取ってみせた。
最後はご両親の優しさと、桜子の努力で成し遂げたようなものだったが、それでもこの満足感は拭えない。
桜子のボヤきながらも楽しそうな声に、ほっと胸を撫で下ろして、
「入学式のビデオ、職員室でみんなと見たよ。お前の新入生代表の挨拶、猪口先生が感激してた」
『先生はどうでしたか?』
そう問われて、ビデオの壇上に上がり、胸を張って全生徒に訴える桜子の姿が目に浮かんだ。
「そうだなぁ……」
桜子の挨拶はこれまで育ててくれたご両親とお兄ちゃん、お世話になった先生方への感謝の言葉で始まり、新たに広がる世界での出会いに、もっと素直な優しい自分でありたいと結ばれていた。
「俺の送り出した卒業生に、そう思ってくれる子が一人でも居てくれるとわかって、満足したよ。
ほんと教師になって良かったと思った」
『それじゃあ、終わりみたい……』
ぷっと頬を膨らました桜子が見えるようだった。
『先生にはもっともっと相談したいことが、いっぱいあるんですよ。
お父さんのことも聞きたいし、遠距離恋愛のことも……』
「それは自分で頑張ってくれ。俺のはとっくに終わった」
ぼそっと返事をすれば、フッと笑う桜子の声だ。
『それなら、先生も頑張ってください。キーワードは、素直に、優しくですよ!』
適当に「はい、はい!」と返事を返して喋っていれば、あっという間に寄宿舎の自由時間の終わりだ。桜子に別れの言葉を伝えれば、フフッと笑う声。
『また電話します。先生、頑張ってくださいね!』
そう言って、電話は切れた。
何を頑張るんだかっ!
ボソリッと愚痴ってベンチを立とうとしたら、続けざまに電話が鳴った。モニターの名前を見て、そのままフリーズ。
しかし、いつまでも鳴り止まぬ電話を耳に押し当ててみれば、
『わたしだからって固まってないで、早くでなさいよっ!』
何でそうお見通しなんだか……?
「ちょっと、びっくりしただけだよ!」
『びっくりしたのは、わたしの方っ!』
そう捲し立てるハスキーな早口は、あの頃と少しも変わらなかった。
『葉ちゃんの生徒だっていう女の子から、「先生に電話してあげてください」って。
何であんなに知ってるのよ!
本当に葉ちゃんの生徒なの? 悪い女に騙されてるんじゃないでしょうねっ!』
唖然としながらも、「それでわざわざ掛けてきたのか……」と問い返せば、
『だって、嫌じゃない…………別れたって友達なんだから、心配ぐらいするわよっ!』
ちっとも変わらない、昔のままだ。
フッと笑みがこぼれた。
桜子が言ったキーワードは、何だっけなぁ……。
「美樹、お前に会いたい──」
fin
葉桜の君に 穂乃華 総持 @honoka-souji
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