第2話


 小さな森の湿り気を溶かした白い壁で、その下に咲く徒らな花弁は、嘘をつかない悲しい家具。朽ちることは愛になり、枯れることも愛となる。静かな心の、未成の恋。


 過ぎ去ったのは時間や感情ではなく記憶なのだと、その風景は強く私を責めるようだ。肩を並べる友人の背に、すでに席を立っている老婆たちが重なり、静かな詩人は目を閉じたままで何やら重く唱えている。食事の広がるテーブルは敷かれたクロスで日陰を作り、下には折れた草木が覗く。それを背景に、彼女がいる。

 時間と共に変わり果てた背景は、静止したまま頭から薄れていった。しかし彼女だけは、風景の中心に小さく映り、20年の歳月さえも忘れさせる恐ろしい鮮明さで座り続けているのだ。木の皮で編まれた椅子。おそらく彼の父親が買い与えた品なのだろう。そして、手入れの行き届いた庭に開く豊かな花。色鮮やかに、日に焦されずに、端正に伸びた青色は葉を押して咲いている。彼女は、その花だけを視界に入れて、顔はさらに奥へと続く庭に向けていた。服装の涼しげなクリーム色は、彼女の肌を覆う熱と共に織り込まれている。そして、父親譲りの髪は、椅子の背へと垂れて動かない。


 ただ昼下がりにある椅子。そして巨大な父を思わせる髪色の濃さ。私や友人たちの家とは違う、大きな商人だった彼女の父。家具に過ぎない椅子からは、皆の若さだけでは近付き難い質感を持っていた。それが船であれば、私たちは勢い追い越すこともできた。運河の中でなら、理解という確かな質感を無視できると、そう断言できる。だが庭先では駄目なのだ。父親の不在な空間には、特別な家具一つで全てが決まり切っていた。そう打たれた心は、ついに一瞬で恋も愛ですらも不可能となっていた。


 責めているのは、やはり私なのか。あの日、あの恋に身体を強張らせてしまった青年が、今へ越して私を責めるのだ。20年の歩みは、私の仕事の安息と、家庭の安息とをもたらした。我が子の危うい悪戯を見つめるときも、それは変わらない。だが、ふと独りになると安息は消えていってしまう。ランプの灯る夜にさえも明るさは失い続け、かつての青年が父になった。その鈍い苦しみ。


 20年の禍いは全て、昼の椅子から始まっていたのだ。

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昼の椅子 フラワー @garo5

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