昼の椅子
フラワー
第1話
家々の窓からランプが灯り、石造りの街には一色の夜が落ちつく時間に、仕事を終えた労働者の影は消えてゆく。私はそれを、やはりランプに照らされた部屋から眺めていた。机の上で帳簿に向かう日々に少しづつ慣れていった自分の生き方は、商人の子にしては不器用だと、よく仲間うちからもからかわれる。だが、治そうと思ったことは未だにない。根治はしないと考えた方が、より私らしいと言えるだろう。今もこうして、仕事を投げだし外を見つめている。静かな時間に、決まって揺れる心に傾いた。その気質は商人らしくはない。
運河に沿って屋敷が続く、豊かな街を思い出す。今日のように暖かな昼で、人の集まった庭では、知り合いを呼んだサロンの催しがあった。まだ若い私は、同じような道楽息子たちと興奮気味にニュースの議論に興じながら、どこか遠い社会に向けて、その後の不安を切り分けていた。始めたばかりの酒、煙草、互いに持ち寄る品々は、やはり船のようには目利きできない。父よりも母に近い青年たち。母の身体の複製だった胸。過去は狭い庭にも入り込たのだ。
あの中には詩人もいたのだった。霧の都を見てきたと、静かに語るだけの、若者には顧みられない老人だった。老婆は集うと、彼へと進み、本を取り出していた。煙草に消えてゆくその光景も、やはり過去。
みずみずしい花弁が垂らされ、昼が来た。胸を固めない青年の旺盛な食欲の裏で、夜はまだ長い間、ランプを灯せば明るくなる。胎内を出たあとの、日の連続に途絶え難い感情を、いつの日に動かしたのだろう。見つけられない私の家庭は、海に装飾されたままだった。
あの手のサロンには、父のように顔を出さなくなった。当時の友人たちも、皆そうしている。それは不必要であったり、しきたりに近かったりと色々な理由だったが、大人が出るものではないと考えているのは同じだ。だが、私ほど出てはいけないと強く考える男も居ないだろう。
外の暗闇は一層増してくる。同業も仕事を終えて、眠りにつきだしたはずだ。弱気になるには良い夜に、残り僅かな恋心に触れてみる。20年もかけてすり減らした想いだったが、深く突き刺さる淡さは離れずに存在した。早く砕けて欲しいと願いながらも、硬く変質した胸が、その隙間を埋めることはあり得なかった。
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