とろり

フカイ

掌編(読み切り)



春の夜はいつも、とろりと降りてくる。


とろり、とろりと降りてきては、知らぬ間に夜にすっかり巻かれてしまうから。

気づいたときには両脚のくるぶしがもう、夜のとろりのなか。


いやだないやだなと思うのだけど、とろりに足を取られてしまっては致し方がないので、致し方のないまま、あなたと居酒屋のはしごして。


とろりだものね。

しかたないよね。


そう言いあいながら、割りばしでつぶした、焼酎のグラスの底の梅に向かって、互いに毒など吐きながら。

けれども最後はスッキリ笑い合っては、互いの目線はからめずに。

下心はなんとか背中のほうに押しやって。


春の宵のお酒は、例えば冬のキリキリとした厳しい時期とか、夏のムンムンとしたしんどい時期と違って、これはもう本格的に、どうしようもなくとろりなので。


だからある程度までは自制するものの、テーブルのポテトサラダの上で箸がかち合った瞬間、いろいろタガが外れてしまう。


つれあいのあなたには、ダンナ様もいることだし。こちらにも家庭があったりするのだけど。

そういうのはイケナイな、と思いつつ「ねぇ…ちょっと静かなところ寄ってく?」なんて口にして。


気づけばホテルのベッドの中、ふたりしてリネンの寝具にくるまって。

中指で、あなたのショーツの芯にそっと触れたりして。


たがいの舌をやさしく絡めて、たがいの右手は相手の股のあいだに。

大人同士の手練手管を交えながら、ゆっくりゆっくり高めあい、気づけばふたりとも蜜でとろとろ。


ダメなのにね。

いまだけね。


そう言い訳しながら、ゆっくりとつながって。

若い人みたいに激しくしたりしない代わりに、ゆっくりゆっくり入って、入ったまま、ずっと奥にとどまって。


昔の恋人の話とか、好きな玩具の種類とか。

そんな甘くエッチな内緒話をしながら、ずっとつながって。


春の夜に、致し方ない流れでするとろとろのsexは、それはそれで趣きがあり、もちろんとびっきり良いなどとはとてもいえない中途半端な感じが、なかなか素敵なわけです。


あなたもいかが?

書を捨て、街へ出て、恋をしよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とろり フカイ @fukai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る