第14話「赤い悪魔(後編)」

「レッド・フォックス選手、まるで子供を相手しているようだー!!」


 ドゥ……!!


 その茶化すような審判の声にもリコラは反応する余裕はない。リコラの剣が全くこの相手、レッド・フォックスには通じていない。


「ハア、ハア……!!」


 今回は別に勝たなくても賞金は貰える。それとは別に彼女のプライドの問題だ。


「……Aランクマシンリム、《万能兵装ウィング》の無駄が多いな」

「なめるな!!」


 ギィン!!


 ウィングによる《倍速ラッシュ》、そして銀のシャムシールしよる《倍速ラッシュ》も加えた無茶な加速に自分でリコラは振り回されつつも、しかしその攻撃が相手の手一本で支えられている大剣によって防がれているということに、やはり焦りを感じてしまう。


「はあ!!」


 《姿勢制御バランサー》を使い、防御である《防御壁フィールド》を捨て去って放った、その身を浮かせたその一撃でも相手に両の手すら使わせていない。


「リコラ選手、どうでるかー!!」


 リコラはそのまま自身のもっとも得意とする三段切り、それを撃ち放ったが、それすらもこの「レッド・フォックス」には紙一重で身体をそらされ、無効化されてしまった。




――――――




「レイチェル」

「何よ、ガラフ?」

「どこでこんなヴァイパーなんぞ、拾ってきたんだ?」

「たまたま、この観客席に入ってくる時に目があってしまってね」

「ああ、そうかい」


 だが、そのレイチェルもガラフと同じく今のリコラが戦っている相手、それの姿を見定めるのに気が散っている。どこかで会った気がする女なのだ。


「あのレッド・フォックスとやら、マシンリムを使わねぇな……」


 そのスナック菓子を食べながら唸るヴァイパーの言葉には隣のノエルは頷かない、その意図した無視をしている彼ノエル少年の視線の先には、必死の攻撃を続けているリコラの姿がある。


「レッド・フォックス選手、動いたー!!」


 突如として手に持つ大剣を振り上げたレッド・フォックス、その彼女はその一撃で衝撃波を放ちつつ。


 ギャウ……!!


 そのまま物凄い加速で、上段からリコラの剣を押し込んでいる。


「Bランクマシンリム、《衝撃波ソニックブーム》か……」

「そういう所も彼女と同じね、ガラフ」

「そうだな」


 剣を己れの頭上にかざしているリコラはそのまま動かない。大剣を押し込まれたまま、彼女が必死に耐えている姿がガラフ達の目には映る。


「マリージャ……」




――――――




「小賢しい《防御壁フィールド》などでは、私の剣は防げん」

「くっ……」

「このまま圧殺する、挑戦者よ」


 自らの顔に滴る汗をリコラは感じながらも、しかし反撃の糸口を見ることが出来ない。暑い太陽の元、彼女の身体には滝のような汗が流れ出る。


「《姿勢制御バランサー》!!」


 グゥン!!


 せめてもの手段としてリコラは《倍速ラッシュ》を切り、《姿勢制御バランサー》によってどうにかその剣から身を反らす。だが。


「あうっ!?」


 《防御壁フィールド》、相手の攻撃を中和して身を護る空間系マシンリムであるその防御壁はこの相手の剣には全く効果を発揮せず、そのまま大剣の切っ先がリコラの服の胸の辺りを薄く削る。


「リコラ選手、大丈夫かー!!」


 大丈夫ではない。彼女の淡い胸の双丘はその太陽と観客の目に晒され、そしてその事に気を取られたのが彼女リコラの命取りになった。


「!?」


 リコラにはその相手が何をしたのかも解らない、だがその剣の一撃によってリコラが展開させている《万能兵装ウィング》の片翼が掻き消されてしまった。


――ウィング機能低下、加速系、身体系、および空間系三十パーセントダウン――


 その自らの左目に表示される警告、リコラは自身の褐色の胸を世間に晒している事にも気がつかず、じっとこの対戦相手の顔、仮面に包まれたその顔を見つめていた。


 ザァン!!


 再びの斬撃、リコラは必死になってシャムシールによる《倍速ラッシュ》を駆使してその一撃をかわしたが、あと一歩遅ければ彼女の身体は両断されていたかもしれない。


「この相手、本気で私を仕留めるつもりなの!?」


 そして振り上げられる大剣、太陽の光を反射して鈍く光るその剣は、衝撃波を放って彼女リコラの身体を吹き飛ばす。機能が低下しているとはいえ、《防御壁フィールド》が全く役にたたない。




――――――




「ヒュー!!」

「娘っこのストリップだぜ、ストリップ!!」


 その隣から聴こえてくる野卑な歓声にも、リコラ達の姿をじっと見つめている少女の顔は動かない。


「……アストラリーカ」


 一つそう呟いたきり、その少女ファティマは踵の車輪を動かし、静かにこのコロシアムから立ち去る。




――――――




「ありゃ、降参したか」

「……そのようだな」


 その自らの額に手を添えるヴァイパーの隣では、ノエル少年は少しその顔を赤らめながらリコラの姿を見詰めている。


「リコラも、オッパイを出しちゃって可愛そうにねぇ」

「……」

「そうだと思わない、ガラフ?」

「……ああ、そうだな」

「やはり、気になる?」

「そうだな」

「このロリコン」

「……そういう意味じゃない」


 何か上の空でレイチェルの言葉を聴いていたガラフは、しかしその彼女に顔も向けず。


「《貫通ペネトレイト》、アイツの得意技だったな……」


 ただ一人で、その口をもごもごと動かしていた。


「《貫通ペネトレイト》ってか、あの赤づくめのマシンリムは?」

「……」

「おい、ガラフよぉ?」


 彼ガラフは首だけをこちらに向けたそのヴァイパーの声にも反応せず、そのまま降参したリコラの姿を眺めている。


「おい!?」

「んだよ、ノエルとかいう小僧……?」

「あのレッド・フォックスとやら!!」

「あーん?」


 訝しげに首を傾げるヴァイパーを無視してノエルが驚愕の声を上げたその理由、それはリコラが降参宣言を出したにも関わらず、なおもその大剣を振り上げている女の姿であった。




――――――




 マシンリムのもう片方の翼、そして片腕をはね飛ばされたリコラには痛みは感じない。


「余りに痛いと、痛みを感じなくなるって聴くけど……!!」


 その割りには意識も鮮明だ、しかし彼女の利き腕である右腕から吹き出る血と機械の油、それが現実の出来事であると彼女リコラに認識させてくれる。


「レッド・フォックス選手、止めて下さい!!」


 審判マリンの声、そして駆け寄る彼女にも関わらず、そのままレッド・フォックスはリコラの左足を吹き飛ばし、そして身動きの出来なくなった彼女の頭上にと、その剣の刃を向ける。


「あれ、私死ぬの?」


 まだ何も為していない、深い動機があるとはいえないこの闘技場で死ぬという結末は、彼女リコラには受け入れられない物だ。


「い、嫌よ……!!」


 異様な雰囲気に息を潜めている観衆の中、レッド・フォックスが放った刃がリコラの頭上、血溜まりの上で身悶えしている彼女の頭上にと。


 ジャ……


 一気に、降り下ろされた。

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歯車仕掛けのアストラリーカ 早起き三文 @hayaoki_sanmon

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