後篇

 目が覚めた時には懐かしい駅に着いていた。眠気が抜けず欠伸をしながらホームに降りる。小さい頃の夢を見ていたらしい。途中までは思い出とそのままだった。この夢のような展開になっていたのなら、こんなに未練はなかっただろう。ただ、逆にこの街にこうして戻ってくる事も考えなかったかもしれない。

 乗ってきた新幹線はしばらく停まっていた。後から来る列車が追い抜くみたいだ。

 「新幹線は時速三百キロでこの駅を通過する」後ろから女の声。

 その口ぶりと声から知っている人だろうと感じたが、肝心の「誰か」が思い至らない。

 「こんな事を言ってたのはあんただよ。あれだけメールしてたのに忘れたみたいな顔しやがって」

 まだ誰か思い出せない。

 「まだわからない?」

 「ごめん、思い出せない」

 「……ナカズミ、キミナ」

 思わず目を丸くする。その名前で思い出したが、彼の記憶の中で彼女は髪は長く腰ぐらいまであった。それが、目の前にいる女性は髪はショートカット。それにましてや十年以上ぶりの再会なのだ。簡単に分かるはずはない。

 「ああ、髪が短くなって気づかなかった」

 「顔も覚えてとけや」

 アナウンスが流れて、鹿児島中央行きの新幹線がやってくる。

 「私はこれで行くよ」

 「どこまで?」

 「どこでもいいやん。あんただって私に何も言わずにどこかに行ったくせに」

 「何だその言い草。挨拶のはがきも送ったし、先生にだって僕が学校に挨拶来る日を伝えた貰ったのに。でも来なかったやん」

 「そうだっけ?」

 「そうや、こっちも最後の挨拶ぐらいしたかったのに」

 一陣の風がホームを吹き抜け。

 短くなった髪が僅かに揺れ。

 その様が思い出にいる髪の長い君と重なる。

 どこからか葉書が舞い込んできた。

 そのうちの一枚を彼女は手にして、そこではっとする。


 ──月曜……行けないです


 「……ごめん、思い出した」

 「ま、しゃーないさ、十年以上も前の事やし」

 「そんなに経ったんや──」


 気がつくと彼は反対側のホームにいた。線路を挟んだ向こうで中住さんに手を振って立っている。

 溜息を一つ。

 東へ向かう新幹線がやってきて

 ドアが開くと千歳が待っていた。今の彼女だ。

 「用事は済んだ?」

 思わぬ人の登場に面喰らう。

 「びっくりした……終わったよ。行こう」

 反対側の新幹線はまだ来ていないはず。窓から向こうのホームに目をやった時、髪の長い制服姿の人が立っているのが見えた。君が新幹線で隣の県の高校まで通っていた、という話を思い出す。

 西へ向かう新幹線が通過した。その後のホームには誰もいない。

 「速いね」

 「ここは時速三百キロで通過するから」

 「へえ」

 千歳は興味なさそうに窓を見たまま。言った事を少し後悔した。前にもこんな事があった気がする。

 「向こうのホームに誰かいる?」

 「ううん」

 さっき見たキミの姿は幻だったのだろう、か。

 もう、よほどの奇跡がない限り会えないという予感。

 そして、その奇跡がこれから先、どこかで起きてくれないかという希望。

 これが本当の別れだ。

 いずれ思い出の中だけに残る街と共に。

 いつかはそれさえも消えてくれるだろうか。

 発車の合図が響く。


 「さよなら、ありがとう」


 そう言えなかった事が本当に残念だった。

 もし、伝えられたら、キミはどんな表情をしただろうか。

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時速300kmのさよなら 雪夜彗星 @sncomet

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