一時限目『名前と学籍番号②』
おばあさんからの依頼を引き受けて、取り敢えず今日は帰るかと店を出ようとした時、店長さんから話しかけられた。
「私も一応調べておいた。子供と言うのは恐らくその男の息子だ。過去に虐待での指導が入っている。スイッチが入ると凶暴なタイプだから一応気をつけておけ。それとな……」
店長さんは少し言い淀んだが、続ける。
「最近『殺し屋殺し』というのが巷を騒がせているらしい。そいつらは本物の殺し屋から教育を受けているお前と同じエリートとの噂だ。周囲には気をつけておけよ」
「そんなやつもこの町には居るんですか。おっかないですね」
「ああ、この町と言ってもかなり広いからな。お前が思いつかない様なことをしてるやつらも居るだろう」
「そうかもしれませんね。ご忠告ありがとうございました」
僕は帰り道をいつもより気を配って帰った。
次の日、早速計画を立てることにした。自分の家で椅子に座って裏紙と向き合う。
とは言っても先ずはどこからやればいいのやら、だ。こんな非道なやつにはどんな殺し方が相応しいだろうか。一案書いては捨てて、また一案書いては捨ててを繰り返した。
やっとのことで考えがまとまった。窓から外を見ると、既に日は落ちようとしている。
後は男をもっと調査して実行するだけだ。
機は熟し、僕は計画を実行することにした。
スーツを着て革靴を履き、鞄を持ってサラリーマンに変装する。少々過ぎた若々しさもあるが新社会人という設定だ。
ターゲットである男が会社を出た所を狙って、後ろから気付かれない様に注意して付いて行く。
毎週金曜日は、そう、この居酒屋に一人で入って行くのはもちろん調査済みだ。僕も時間を開けてから、一人で来た客として入る。
今日は他に、頭に巻いた白い手拭いが特徴的で寡黙な男店長と、端で座っているフードまで被ったパーカーの客が一人のようだ。
これまたいつもと同じテレビが見える席に座ったので、僕は一つ飛ばした席に座って隙を伺う。
男の顔が赤くなってきた、そろそろ頃合いだ。
僕は思い切って話しかける。テレビでは丁度ブラック企業の特集が組まれていた。これは都合が良い。
「あなたはどう思いますか、この番組?」
男は突然話しかけられて少し驚いた様子だったが、数秒考えて答えた。
「……昔からそうだったじゃ通用しない世の中になってきてますからねえ、駄目なんじゃないでしょうか」
やはり酒だけでは心を開くには早いか。僕は素早く切り返す。
「それは分かるんですけれどね。逆に上司が厳しいとかの方がかえって安心する時があるんですよ。例えば、優しくミスをカバーしてくれる上司も影で苦労してるかもって考えると」
僅かにだが眉が動くのを僕は見逃さなかった。
後は簡単なものだった。少しずつ苦労話を引き出し、お酒を回らせて良い気分にさせる。そのまま次の店にはしごして同じことを繰り返す。
最終的に千鳥足になり会話もおぼつかなくなった。
そろそろだな。僕は提案をする。
「もう一軒行きましょうか! 少し歩きますけれど僕のおすすめなんです」
実際には男が答えるまでもない、肩を無理やり貸して連れて行く。
今回の最終目標である橋に到達した。この橋は深夜には車も通らず、歩いて渡る人も居ない。死ぬには絶好の場所だ。
「そう言えば、ここで最近無くなった一人の男性をご存知ですか?」
だから彼もここを自殺に選んだのだ。
しかし男はどうやら半分寝ているようで、いびきでしか返事が出来ていない。
「聞こえてないなら良いや、彼の恨みだ! とりゃっ」
僕は男を橋から落とした。
どぼおん、という大きな音に続いて川の中に沈んで行く。
うむ、成功したようだな。
僕は周りに人が居ないのを再度確認し、橋の下で鞄の中に隠し持っていたジャージに着替え、靴もランニングシューズに履き替える。
そのまま自宅へ向かってランニングだ。
アパートに着いて階段を登ろうとすると、丁度配達の中年くらいの男がドアの新聞受けに新聞を入れ終え、階段を降りている所だった。
いつも必ず一部は入らずに落ちている新聞が、全部きっちり入っている。
今日は良い日になりそうだ。
部屋に入ると、鍵を閉めて安心した僕はベッドに少し横になる。
そのまま店長さんに報告のラインを送っていると、直ぐにまぶたが重くなった。
時間はある、このまま講義まで少し眠るか。僕は深い眠りに落ちた。
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