プロ意識
ヴィクトル1150
一時限目『名前と学籍番号①』
僕の職業は大学生、今年で二年生になる未熟者だ。
今日は、同級生であり大親友でもある小宮の引越しの手伝いだ。なんと、僕の隣の部屋に引っ越すことになったのだ!
小宮とは同じサークルで知り合い、今では一緒に講義を受ける仲だ。類は友を呼ぶのだろうか、成績が近かったり、趣味がよく被る。
僕にとって間違いなく一番気の合う友人だ。
本当は早くにでも引越しを始めたい所だが、午前中のサボれない講義を受けてからでないと、引越し作業に移れない。
講義の終わりを待ちきれない僕の気持ちを貧乏ゆすりで表現していると、スマホが振動した。画面には小宮から画像が送信されたとある。
僕は顔を上げてどこかに座っているであろう小宮を探す。いた、右の列の僕より少し前の席だ。こっちを向いて、画像を開けといわんばかりに人差し指でボタンを押す真似をしている。
訳が分からないままトーク画面を開いて見ると、最近流行っているソーシャルゲームのガチャを引いたシーンの画像だった。この横並びしている光った卵は僕も見慣れたものだ。
しかし、卵が一個おかしい。このままでは良く見えず、タッチして画像を拡大してみる。
謎の卵の正体は、丁度今講義をしている厳しいで有名な倉富という教授の顔だった。普段は老紳士の様な優しい顔をしているが、講義以外のことにも怒る意外と面倒なやつだ。
くそう、小宮め。僕のことを良く分かってやがる。残念だが僕にはこの神々しく光る倉富の画像がツボだった。必死に笑いをこらえようとするが、駄目だ。口角が上がってしまう。それを見た小宮もクスクスと笑っていた。
「講義を聞かないなら出て行きなさい!!」
講義室がしんと静まり返る。
慌てて僕は顔を下げて、前に座っている人に隠れる。無駄に目をつけられても良いことが無い。
沈黙は五秒程続いただろうか、倉富はこちらにはやってこなかった。
「社会に羽ばたいてる途中だというのに、貴方達にはプロ意識が足りませんね! 誰が喋っているかくらい分かりますから、せいぜい落単しない様に気をつけておいて下さい!」
なんだ、大丈夫じゃないか。口ではああ言ってるがそれは分かってないやつの言うことだ。僕は一安心する。
講義が終わると僕達は講義棟を一番早く出て行った。
「荷物ってまとめてんの?」
「ああ、流石にそんくらいはやっとるわ。つーか倉富マジでなんなんや」
「それはしゃあなしでしょ。やっぱり去年の先輩達の授業態度にまだ怒ってるんじゃね」
その後も下らない愚痴を言いながら、僕達は引越しを始めた。
小宮は本棚や机、ベッドの様な重くて大きい物まで僕に運ばせて来る。しかもこの狭いマンションにだ。普通はこんなの運べないだろう。
だが僕は最近始めたバイトで鍛えているからね、こんなもの余裕だ。
持ちやすく分解した組み立て式の机を持ってアパートの階段を歩いていると、前を歩いていた小宮は少々驚いたのか急に立ち止まる。
「おいおい、お前の引越しだからサボるなよ」
「ああ、すまん。そんな重いもの持てるとは思わんかった」
「まあね」
机を持ったまま二の腕に力を入れて見せる。恐らく顔は我慢こそしているが笑みが隠せて無いだろう。
こういう時じゃないと小宮には勝ち誇れないのだ。
小宮は僕と違って、未経験にも関わらずサッカー大会でハットトリックを決めたり、一度だけだがトップの成績を取ったりして僕を驚かせたことがある。成績が同じくらいと言ったがやれば出来るタイプなのだ。
店長に才能を見抜かれて始めたバイトだったが、もしかしたら小宮に負けない才能を育てたくて続いているのかもしれない。
引越し作業は夕方にはなんとか終わった。小宮は「これからバイトだ」とだけ言い残して早々に出て行ってしまった。
彼は駅のドーナツ屋でバイトをしているのだ。そこでは同じ大学の先輩や後輩が何人もバイトをしている。
僕も今日はバイトだ。一年生の半ば辺りから、近くの学生向けの定食屋で働いている。店を閉めるまでの接客が半分、そして店が閉まってから半分が僕の仕事内容だ。
今日も客が居なくなり、一通り片付けも終わると、さっきまで客が座っていた椅子の一つに腰掛ける。
丁度、裏で片付けていた店長さんもやってきた。どうやら一通り終わったようだ。
店長さんは女なのだが、店を閉めた途端にさっきまでやってた可愛らしい笑顔をピタリと止める。ここまで切り替えられるのは本当に尊敬している。
僕にとっては、優しい店長というよりは先生の面が強すぎてここに来る学生みたいにフランクに接することは出来ない。
「それで、今回の依頼はなんですか?」
「依頼人がもう来ている。詳しくは聞いてこい」
あら、もう来ちゃってたのか。僕は早速裏の休憩室に向かう。
そこでは一人の老婆が座っていた。早速詳細を尋ねる。
「今日はどうしたんですか、おばあさん」
「私の、私の息子を殺した上司を……」
やつれた老婆は突然しくしくと泣き始めた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、おばあさん。一から話を聞かせて下さい。時間はあるのでゆっくりで良いから」
僕は戸惑いながらもなんとかなだめる。
暫くすると、老婆は一枚の写真を出した。それは、スーツ姿の人々の集合写真だった。
歓迎会の写真の様で上には会社名と「おめでとう」の文字が書かれた横断幕がかかっている。
「これってB社じゃないですか。息子さん凄いんですね」
「ええ、私も決まった時は息子より喜びました」
老婆はそのままそこに写った一人の男を指差す。背が高くて目の垂れている、優しそうな顔の男だ。
「この男を殺して欲しいんです。こいつは息子の元上司でとても優しい人だったそうです。でも、息子は見てしまったんです」
僕はごくりと唾を飲んだ。
「数日後の帰り道、人通りの少ない路地裏でたまたま見つけたので声をかけようとしたそうです。しかし、男はそこで隠れて子供を蹴り飛ばしていました。それを見た息子は無我夢中で子供を助けて男を見ると、別人の様に目は赤く血走り拳は返り血で真っ赤に染まっていたそうです」
「それはまた、酷い話ですね」
「ええ。男は『見なかったことにしてくれ』とだけ言って子供を連れてその場を去ったそうです。しかし、次の日から息子へのいじめが始まりました。……詳しくはここに」
今度は一枚の手紙を渡してきた。開いて見ると、息子が男にやられたいじめの数々が綴られていた。内容は残酷のオンパレードだ。辛かったのだろうか、途中から文字が歪んで読めなくなってしまっている。
良く読むと、どうやら老婆の息子だけ呼び出して陰でやってたようだ。
「同期の方にも相談したそうですが、あの人がそんなことするはずがないと、誰も取り合ってくれなかったそうです。……そして、息子は耐えられなくなり、橋から落ちて自殺しました」
「このことは会社には?」
「いえ、男に知られるのが怖くて言ってません。……それに、どうしても私は男が刑務所に入るだけじゃ許せないんです」
この案件、考えるまでもない。僕が断罪してみせよう。
「分かりました、僕に任せておいて下さい。おばあさんの恨みは必ず晴らしてみせます」
そう、僕のバイトは、殺し屋だ。
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