第19話 五穀豊穣⑲
腰のロープで、近くの杉の木の枝を利用して猪を吊し上げた。百キロはあろうという猪を吊るすのは困難だった。地表から少し浮いたところで、持ち上げるのを諦めた。落ちないように、杉の木にロープを何度も巻き付けた。
血抜きをしたときのナイフを手ぬぐいで拭ったあと、白い毛に覆われた柔らかな腹にナイフを入れた。逆刃にして、下から上に引き裂いていく。あばらの辺りで引っかかったが、興奮で震える手でなんとかあばらを左右に分けていく。割かれた腹に手を入れる。死んだとは思えないくらい、猪の内臓は熱いらしい。白い蒸気が山の冷ややかな空気のなか大量に上がる。はじめに食道を切り、食道から内容物が出ないように、切った口を押さえたまま、内臓全体を腹膜から外す。
バリバリ、という派手な音を立てて、内臓が外れていく。死んだ直後の内臓は、内部にガスが溜まるのか、パンパンに膨張しきっていた。肛門の辺りまで外したら、直腸をしごいて、なかにある糞が出てこないように、肛門辺りを綺麗にする。校門の周囲を引き裂いて、直腸を取り出し、素早く縛る。ナップサックから麻袋を取り出し、内臓を切り分けて、ハツやレバーを切り離して入れる。
「子どものころには父の猟に同行し、こういう作業を手伝っていたらしい。やけに手際が良いな。手は震えておるがの」
「もう行こうかや」
「さっきの罠、引っかけたのはわ主かの」
自力で飛ぶ八咫烏が聞く。
「だから、この程度で天変地異は起こせぬよ」
「天変地異には見えなんだが」
「そうかの」
案山子はふふふと笑った。
翌日、案山子と八咫烏が小さな社にいると、若い猟師が再びやってきた。
一抱えのザルを持っていた。ザルの上には、昨日の猪の肉と思われる肉塊が載っていた。
昨日解体した肉の一人分を山の神に供えようと思ってきたのだろう。社の賽銭箱に置いた。
若者は五円玉を賽銭箱に入れて、熱心に拝んでいた。心のなかで住所、氏名、電話番号までを報告した。
「住所を聞いて、我らはどうすればよいのだ」
八咫烏は鼻で笑った。
若者が目を閉じ、二礼し、目を開けると、ザルの上の肉はなくなっていた。ザルの上には、季節外れの栗が二粒載っていた。
「木花咲耶姫のところから失敬してきたのだな、また怒るぞ」
若者は不思議そうに眼をぱちくりさせていた。
五穀豊穣 まさりん @masarin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます