第39話 春を待つ
1月6日、3学期始業式の日。桜木命は何食わぬ顔で教室に堂々と登校してきた。
ついでに言うと、意識が消えたと言われていた北条さつきも登校してきた。この分だと同じようにぶつかって消えたはずの篠田先輩も、また階段で桜木命にぶつかって消えた名も知らぬ三年生の先輩も戻っているとみえる。
どうして戻ってきているんだ?という言葉が真っ先に浮かんだが、海人はその言葉を吐き出すことに躊躇する。
――また面倒くさいことが始まるのか……?
慌てて隣のクラスへ竜二を呼びに行こうとすると、折り良く登校してきた小春とも合流して三人で一年B組のドアの外から様子を伺う。
「なんで? どうして桜木さんいるの……?」
「
「これ以上めんどくせーことに巻き込まれたら俺の成績マジヤバいからやめてほしい!!」
ひそひそと話をしていると、すっくと桜木命が席を立った。そしてまっすぐに三人のところへ来る。元々の底抜けに明るい雰囲気はあまりなく、ややふて腐れているような、しいて言うなら反抗期に入ったような顔をしていた。
そのややすれた、あるいは少しは成長した桜木命は、あまりにもビビりすぎて言葉が出てこない海人・竜二・小春の三人に向かって何やら言葉を選ぶように逡巡する。ややあってからムッとした声で伝えた。海人にはそれが今まで通り女の子の声に聞こえた。
「話がある。放課後、また屋上でよいか」
はい、と答えるには圧の強い雰囲気に飲まれ、三人は無言で首を縦に振った。
放課後、桜木命を先頭に階段を上がって屋上に出る。1月。空はからっと晴れていて、その晴れた空に向かって熱が逃げていく。すがすがしいほど寒空が広がっていた。
空の下で、ふーっと息を吐きながら桜木命は大きく背伸びをした。そして背を向けたまま口を開く。
「天照大神様から大層怒られた」
天に向かって伸び上がった両手から一気に力を抜いて、ぱたんと両手を元の位置に戻す。桜木命は自分の背後でこわごわと話を聞く3人のことなど、これっぽっちも気にしていないように、ただ独り言のように続けた。
「無理な誓約はしてはならないと、お叱りを受けたのでもうやらぬ。3人にもちゃんと謝るように言われた。だから、その、すまない」
最後の最後でようやく後ろを向き、そしてぺこりと頭を下げた。その姿は母の木花咲耶姫の優雅な会釈とは似ても似つかないものだったが、それでも本人は精一杯頭を下げている様子だった。
なおもふて腐れた様子でいる桜木命に、何と声をかけたらいいのかと海人は竜二を見る。が、竜二も眉根をひそめており、小春の顔も見たがどうにも困り顔をしていた。
3人で顔を見合わせる。当面、危機が迫っている様子ではないことだけは確かなようだった。
「だがな、伴侶は連れてこいと言われた」
「はい?」
思わずそこで海人が声を裏返らせる。
「私も、困った……。だが天照大神様曰く、もはや八百万の神々の先は短いと」
しょんもりとする桜木命には、意外にも多大なる期待がのしかかっていたらしい。肩を落とす桜木命は渋々という感じで、何を語るべきか言葉を選びながら続ける。
「今の日本では神様なんでものはほとんど信じられていない。だから新たに生まれても、それはまつろわぬ神として次第に力を失って消えてしまう。だから天照大神様は、
「それで伴侶を探せって?」
「古来からのしきたりではそういうことになっているのでな」
いつの時代の話だというツッコミを抑えつつ、海人はこくりと頷いた。
「だがこの冬休み、私も母上の元で色々と人間について勉強をしてみた。それで分かったことは平たく言うと、我々が時代遅れだということだ。
そこまで来てようやく3人は無言のうちに安堵をした。言葉にならない『ああよかった』という空気が表情にも出てくる。3人の緩んだ表情を見て、桜木命の方もようやく諦めたついたように笑った。
4人の間にどこからともなく風が吹く。冷たい1月の空っ風だったが、それはVRの中のことで実際の冷たさは感じない。そんな感じがした、そう感じられるぐらいここはある意味現実だった。
「だからな、とりあえず友達になってくれ」
「そんなんでいいのか?」
「今の人間というのは、まずは『お友達から』なのではないのか? 私の冬休みの勉強の成果は間違いか……?」
桜木命はまた自分が間違えたのかと、握手のために突き出した手を慌てて引っ込めようとする。だが、その手を海人は咄嗟に握り返した。小さく立方体の干渉エフェクトが出る。
『とほかみえみため』
頭の中に音が響いた。
古い記憶、大昔まだ人間が神様を純粋に信じていた時の光景。稲と山と川と海と、豊かな自然に囲まれ、しかし時としてその自然に翻弄され、その中に神を視る。その記憶の奔流の中で海人は、人間が神を見つけるのだと思いだした。
――これが、魂が懐かしいってことなのか?
目を開けると海人は尻餅をついていた。泣きそうな桜木命の顔があり、両わきからは小春と竜二が揺さぶっている。
「大丈夫か海人!」
「三輪君、見えてる?!」
「……だ、いじょうぶ」
桜木命の手を掴んだまま、立ちあがる。どこにも欠けた感覚はなく、むしろ何か満たされた感覚さえあった。桜木命は申し訳なさそうに、再度ぺこぺこと頭を下げる。
「すまぬ、まだ咄嗟のことにはなかなか対応が……」
「友達になるならそこから鍛え直して来いよ」
「分かった」
眉尻を下げながら笑う桜木命は、ふと小春の方を見る。それから首を傾げた。
「小野さん、1個だけ聞いても良いか?」
「なに?」
「どうして選ぼうと思えば、自由の体を選ぶこともできたはずなのに、どうしてそんなに不自由な現世を選んだのだ? 私にはそれが全く分からぬ」
桜木命は心底不思議そうな顔をしていた。確かに小春にとってみれば、桜木命の手を取ることはデメリットこそあれ、他の人と違ってメリットが大きい。小春は
海人が止めたことも理由としてはあったのかもしれないが、それでも決めたのは小春自身。その点については海人も竜二も答えを知らないし、それに確かに不思議ではあった。
ところが何のことだと言わんばかりに小春は胸を張る。
「不自由な方が、努力のし甲斐があるからよ」
なるほどなぁと竜二と海人はうなずいた。しかし桜木命はますます分からないという顔をして、困惑気味に何度も左右に首を傾げた。
「人間の研究足りてないわよ桜木さん」
「そうか? そうかもしれないな……うむ、また母上にマンガを買ってもらわねばならん。となれば善は急げだ、私は帰るぞ!」
「え、もう? って言うかマンガ?」
「今日からKindleでセールがある、次は鋼の錬金術師を買ってもらう約束なのだ、ではな!」
言い終わる前に桜木命は空中にフッと姿を消した。桜木命は
はぁ、っとため息を吐きながら天を仰ぐ。晴れ渡ったそれに巻雲が見えた。よくまぁできた空間だ。きっと猫の用務員さんは成層圏ぐらいまで作り込んでいるに違いない。
「ねぇ、そういえばなんだけど、桜木さんのアバター変わったよね?」
「ああ、やっぱり? 俺にも少し変わって見えた」
小春と竜二は、やっぱりという感じで相槌を打ちあう。海人だけが「え?」と首を傾げた。
すると逆に小春と竜二が「あれ?」と海人の方を見る。どうやら海人だけ見た目が変わって見えていないようだった。
「変わってないよね? さすがにアバター変わったら、クラスの連中気が付いて騒ぐだろ」
「違和感感じてる子はいたよ。たぶんはっきり変わったって見えてるのは私たちだけじゃない?」
「海人と小野さんはなんだっけ? 何か特別な血筋っぽいアレがあるって言ってたじゃん? 俺は関係ないけど……、たぶん二人の近くにいて影響受けてるって感じじゃねかな!」
ひゃっほう!と竜二は喜んで、小春はそうなのかな?と首を傾げる。ただ海人には全く変わって見えてはおらず、なにやらもやもやとした。
思い出す桜木命のアバターは黒いサラサラのストレートをうなじより少し高いところで一つに結んだポニーテール。見た目には小野小春と同じ。
「え、あッ」
海人からの見た目が変わっていない、つまり今見えている姿が海人の理想の人の似姿となる。それが小春に見えてしまっている。
竜二も分かってかにやにやとただ猫の様に笑っている。
「ねぇ、つまり三輪君の理想の人の姿って」
「小野さんあんまりその点について追及しないでもらえますか……?」
「追及しない方が良いの?」
「できれば……その、また折り良い時期が来たらいずれ、自分でちゃんと申し開きしますので」
「分かりました。待ってます」
小春はふふふと笑って頷いた。
VRMMO-High School! 鳴海てんこ @tenco_narumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます