第38話 年越し
あくる日、何事も無かったかのように終業式を迎え、2学期は終了した。桜木命は風邪をひいて休みという連絡が入り、通知表はメールで送信されることになった。
竜二は結局そのままログアウトし、どうやって決着が付いたのか知らない間に
「えぇ? じゃあ桜木命の正体は富士山で今絶賛噴火中の令和新山で、お母さんの
「うん、そんな感じだった」
「マジかよ……俺1個もいいところ無しじゃん」
「日下部君も私たちも、3人とも無事だったからよかったじゃない?」
「そうだよ、小野さんも俺も無事に連れて行かれずに済んだのは、竜二が時間稼ぎしてくれたおかげだろ」
「そう……なのかなぁ?」
竜二はかなり不服そうにしていたが、帰宅後に親父さんに期末テストの点数のことでかなりこってり絞られたらしく、そっちの方に気が行っていた。どうやらこの正月休みは初詣以外は外出禁止令が出ているらしい。
本当は詳細を竜二にも伝えたかったが、それは芦原いずもこと大国主命からきつく止められていた。あの後すぐにまた芦原いずもの皮を被りなおした大国主命は、完全に元の
「なんで竜二には先輩が大国主命だって言っちゃだめなんですか?」
助けてくれたのは間違いなく芦原いずもで、しかも中身は男神だった。このことを知れば、竜二は自分の恋が終わったことを知るはずだ。
「何でってそりゃぁ、僕がネカマ好きやから。ばらしたら楽しみが減るやろ?」
「はい?」
「女装が好き、ってわけでもないんやけど、『女子高生を演じる』ってのが楽しくって。だからもう少しの間、ネカマやらせておいてちょうだい」
目線の高さは海人と同じぐらい。ただ目つきの悪さだけは人一倍の美人な先輩は、ぐっと前にせり出しながら付け加える。
「先輩命令な」
その言葉に逆らえない海人は、静かにはいと返事だけをする。むしろ小春の方は声を殺して笑っていてノリノリだった。
こうして竜二は未だに芦原いずもがただの女子高生で先輩だと勘違いをし続けている。可哀そうではあったが、先輩命令では海人にはどうしようもない。すっぱりと諦めて、そのこと自体を頭から忘れようと努めた。
ただ、もう一つ分からないことがあった。どうして桜木命は海人と小春を伴侶として選ぼうとしたのかという点だった。
「あーそれな。お前らほとんど気が付いてないと思うけど、霊力駄々漏れやで?」
「え」
「霊力なんてものがあるんですか?」
「ある、僕の目からみても2人は校内では断トツ」
でもなんで?と首を傾げると、芦原いずもはノートのオブジェクトを取り出して二人にそれぞれ名前を書かせる。
『三輪海人』
『小野小春』
「ええか、文字には書いた本人の力が宿る。むしろ、あの世とこの世の境であるこのVR空間では一層影響が強くなるんや。目ぇかっぽじって見とけ」
芦原いずもはノートを持ちあげると、立てにして文字に向かって手招きをした。するとどうしたことか、『三輪』の文字と『小野』の文字が浮き上がり、そして音も無く空間に滑り出す。
2つの姓を手のひらで立たせ、芦原いずもは二人にその文字を見せた。
「古くはな、
「それが未だに続いてるってわけですか?」
「昔からこの国は、姓と力の結びつきが強いからなぁ。どうしても姓に引っ張られる呪力みたいなもんがあんねやろな。知らんけど」
芦原いずもは手の上に乗る2つの姓をギュッと握りつぶして消した。開いた手には煤が付いたように黒いシミが出来ていた。
納得できたような、出来なかったような。芦原いずも自身も良くわからない様子でいたので、海人と小春が真に理解することは難しいのだと諦めるしかなかった。
明けて2042年、新年は静かだった。特に大事件が起こるわけでもなく、各地の新年の様子がニュースで報じられ、大きな事故も事件もなく。普通の正月モードだった。富士山の噴火については10月の噴火以来、断続的な報道はされているものの、冬休みに入ってから小康状態になったとニュースは言う。それはちょうど、桜木命が木花咲耶姫に連れられて消えた後だった。
たぶん恋しい母親の元で安堵しているから令和新山の噴火は落ち着いているのだろうと、そんな話をしながら海人は竜二と連れ立って初詣は島の神社へ行く。
「何てお願いした?」
「何事も無く今年も暮らせますように」
「小野さん助けるって決めた時はなんかカッチョイイこと言ってたくせに」
「やっぱり身の丈にあったことしようかなって思うようになった」
「んじゃあ俺はジャニーズに入れますようにってお願いしとこ」
そんなことを言いながら、出店もほぼなく、氏子のじいちゃんばあちゃんが出す甘酒を貰って高校生2人は石段に腰かける。遠くにしめ縄を付けた沖の岩が見えた。
「そうだ、ここの神様にもお礼言っておかないと」
引き換えし、2度目の柏手を叩くと、周囲は「御利益は一回だぞ」と笑っていた。
それから数日後の1月6日。三学期の始まりにひと波乱があった。桜木命が何食わぬ顔で登校してきたのである。
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