第7話 2019/12/31 年越し閑話
―丸太投げ―
毎年、とある村で一年の終わりを祝して行われる儀式で、大人二人掛でやっとこさ抱えられる丸太を肩に担ぎ、地面に引いた円形のボーダーラインの内側から思いっきり放り投げて、飛距離を競うというもの。
林業で生計を立てている人間が多いこの村で、力自慢達が酒の席の遊びでやり始めたのが最初だったという。
男女問わず参加でき、子供用の小さい丸太を投げるバージョンも存在するなど、ちょっとした運動会並みの催しとなっている。
これをやらずに一年は終えられない、または新年を迎えられないと豪語されるほど、長年村人に愛されている儀式。
だった…。
『だった?』
「今年からは禁止になってしまったもんで…」
揃って声を上げた俺とパーラに、村長が困り顔でそう答える。
年の暮れが迫る昼下がり、俺達はある村に依頼でやってきていて、それも無事にこなしてさあ帰ろうとなった時に、村長から家に招かれて、その流れで相談を受けていた。
なんでも、この村で毎年行われていた儀式に代わる新しい催しのアイディアを何か出して欲しいというものだった。
何故ただの冒険者の俺達にそんな相談をと思ったが、あくまでも村の外の人間から何か閃きのきっかけでももらえれば御の字程度なのだろう。
「そもそもなんで中止になったの?別に丸太を投げるぐらい、好きにしたらいいのに」
パーラの言う通り、丸太を投げるのは別に犯罪でも何でもない。
まあ人に迷惑をかけたとかなら話は別だが、この村の人間が乗り気でやってたというのなら、その線は薄いだろう。
「まあそうなんですが、去年の丸太投げで、村の家を壊した者が現れまして。木こりの若手でジスという者なんですが、その壊した家の持ち主とは少々仲が…」
意外というか妥当というか、本当に迷惑をかけて中止にという話だったか。
祭りというめでたい席ではあっても、自分の家を壊されて怒らずにはいられなかった。
しかも、その壊した張本人が普段から仲の悪い相手だったらなおさらだ。
「じゃあ簡単じゃん。その二人を仲直りさせたらいいよ。それか、二人抜きで儀式をやるか」
「いや、流石に村の人間を余所に置いて儀式を楽しむというわけには…。それに、仲直りさせるには少々、こじれすぎてしまっておるんですわ」
俺としてはパーラの言う通り、二人を仲直りさせたほうがいいとは思うが、この村長の困りきった顔を見る限りでは、それも難しいのだろう。
「他の村人達にもとりなしを期待してはどうですか?儀式が出来ないと困るのはみんな同じでしょう?」
当人同士では難しくても、周りが促すという形であれば仲直りもしやすと俺は思うのだが。
「…お恥ずかしい話ですが、その、村の人間も二人のどちらかの肩を持って分裂しているようなものなのです」
めんどくさっ。
不良同士のタイマンかよ。
なるほど、村人達もそのジス達の対立に組み込まれてしまっているから、発端となった丸太投げはやれないと、村長も村人達も思ってしまっているわけか。
となると、確かに新しい祭りでもぶち上げてワイワイの中で仲直りを指せようと考えるのも悪い考えではない。
村長なりに考えての行動だったんだな。
「でしたら一つ、俺が案を出しましょう」
「おお!何か名案を?」
身を乗り出してきた村長に、俺は綺麗な笑みで頷いて見せる。
「ええ。その二人の対立を利用した祭りに、いいものがあります」
「それはどのような?!」
「それはですね…」
陽の沈んだ夜の村、篝火が炊かれて昼間には及ばずとも十分に明るい広場に大勢の人間が集まっていた。
村長を中央にして、左右に分かれるように並ぶ村人達は、それぞれジスとキシャという若い男達を先頭に睨み合っている形だ。
俺とパーラは、少し離れた場所に置かれた焚火にあたって、その様子を見守っている。
好意で用意してもらった料理を時折食べながら、緊迫感のある光景に見入ってしまっていた。
睨み合うジスとキシャという二人の若者。
あれが話に聞いた対立しているという奴らだ。
共に年齢は19歳だそうだが、林業に従事しているだけあって双方が恐ろしく発達した筋肉を纏っている。
そこらの傭兵や冒険者と比べても、ずっと体がでかく、下手をすれば素手で魔物を相手取って余裕で勝てそうな貫禄すらある。
「それではこれより、ジスとキシャによる筋肉比べを始める!」
一際大きい声を上げた村長に、村人達からは歓声が上がった。
それぞれが自分の目の前にある背中へ向けて応援する声を上げ、競い合わせることを楽しもうという空気が漂う。
それを受けて、不敵に笑う二人の若者は、何を合図にしたのか、身に纏っていた服を一気に脱ぎ捨てた。
―オオオッッ!!
瞬間、先程よりもずっと圧力を増した歓声が広場のいたるところから沸き上がった。
この歓声は自分達が応援する人間の肉体を誉めるためのものと、相手の筋肉に対する畏敬も含まれたものだ。
篝火の光に浮かび上がった筋肉の塊は、先程服の上から見た印象よりもさらに巨大化したように思えてしまう。
衣服を完全に脱ぎ去り、自分の筋肉を張り詰めさせるように何度か体を伸ばし、ジスとキシャは改めて向き直る。
それを見て、村長が大きく頷き、声を上げた。
「態勢を変えるのは5回まで。それまでの間に自分の最も自信のある部位を示すが良い。勝敗は全て終わった後、これを見ていた人間による拍手の量で決める。…はじめ!」
もうお分かりだと思うが、俺が村長に提案したのはボディービル対決だ。
この二人はどちらも自分の腕力と肉体に自信を持つ人間で、じゃあ筋肉を競わせたらいいという安易な考えで提案したわけだ。
殴り合わず、かつ筋肉の力強さを見せるならボディービル対決が一番だ。
勿論、見せる筋肉と実用の筋肉は違うと言われるだろうが、それでもその二つの筋肉は決して矛盾しない。
筋肉の美しさを見せることで、相手を圧倒することも、敬意を抱かせることもできる。
仲違いをしている人間同士、しかも筋肉自慢を殴り合い以外で関係を修復させる。
つまり、『筋肉は全てを解決する』というわけだ。
『フン!』
先ずは様子見と言わんばかりに、二人は交差させた両腕を前に突き出し、背筋と三頭筋をアピールし始める。
流石日常が訓練だけあって、盛り上がった筋肉は張りも膨らみも半端じゃない。
―いいよ!きれてるよ!きれてる!
―デカーい!説明不要っ!
―肩にちっちゃい馬車乗せてんのかい!
キシャ側にいる村人が、掛け声をかけると広場の熱気も上昇していく。
しかしなぜ、村人はボディービル大会の掛け声を心得ているんだろう?
転生者、混じってない?
「よし、楽に……次!」
村長の声で一度力を抜き、息を整えたところでポージングが変わる。
キシャは引き続き腕を中心に見せるポーズをとったが、今度のジスは腹筋と胸襟を見せるために、肩から腕までを開いて、後ろにやや反る姿勢を取る。
六つどころか八つに割れたような腹筋、カップ数で図った方が早いぐらいにでかい胸襟を見せるジスに、応援する人間もまた掛け声を張り上げた。
―腹筋が間取りになってるぅ!
―仕上がってるよ!仕上がってる!
―でかすぎて税金かかりそうだな!
いやマジでこの村の人間はボディービル大会を知ってるだろ。
なんでそんなに面白い例えが普通にでてくる?
ポーズを変え、互いの筋肉を見せあっていたジスとキシャは、次第にその目が変わり始める。
最初は敵意しかなかった目も、お互いの筋肉を見せあうことで何かを認め合ったのか、不敵さは残っているものの、筋肉には相手に敬意を示すような雰囲気を纏い始めた。
「それまで!」
村長の声に、同時にその場で片膝を突いて荒い息を挙げる二人。
俺には分からない何かを著しく消耗したようで、時折筋肉を痙攣させながら相手を見合う。
そこに暗い感情はなく、まるでスポーツで競い合ったライバルを見るような、爽やかな空気を感じた。
「では勝者を決める。…と、言うつもりだったがやめよう。この戦い、勝者も敗者もいらんだろう。どちらも我々に素晴らしいものを見せてくれた。最初のお互いを忌み嫌っていた目はもう見えない。二人共、いい目をしている」
村長がそう言うと、二人は立ち上がって近付いていき、一瞬睨み合う姿を見せてからガシッと抱き合った。
顔には笑みを浮かべ、互いの筋肉を称え合う。
ほんの少し前まであった蟠りは、まるで乳酸のように筋肉に溶けていったのだ。
それを見て、周りの村人達も笑い合い、肩を抱きあう。
二つの陣営に分かれていた村人達も、まるで最初から溝などなかったかのように入り乱れて笑っている。
始まりは小さなものだったかもしれない。
でもそれが時間とともに大きくなっていって、大きな溝を刻んでしまった。
それを今回、たった一度の祭りで解決できたのは、村人達が一つの思いを共有していたからだ。
きっと今夜を境に、彼らは日々こういうだろう。
『筋肉は全てを解決する』と。
ありがとう筋肉、ありがとう乳酸、命よありがとう。
~~完~~
「いやなにこれ!?」
広場から外れている俺達だったが、当然のごとくついていけないパーラが大声を上げた。
まあそうだよな。
なんか意味の分からん祭りが始まって、意味が分からないまま仲直りして、ついていけないのは実際パーラがおかしいわけではない。
「なんなの!?筋肉筋肉ってうるせーよ!私達は一体何を見せられてたの!?」
「まあまあ。確かに意味は分からないだろうけど、結果としてあの二人が仲直りできたんだからいいじゃねーか」
「けどさー!」
パーラのこのイラつきは全く理解できないわけじゃない。
俺だって提案しておきながら、見ててポカンとしてたからな。
乗り気になった村長がおかしいだけだ。
とにかく、俺達のこの村での仕事は終わりだ。
依頼とは全く関係ない仕事だったが、一年の最後のイベントとしてはかなり濃いものだったのは間違いない。
「さて、じゃあ飛空艇に戻るか。明日から新しい年だ。年の初めぐらいはゆっくりしようや」
「はぁーあ…なんか疲れたね。精神的に。一年の終わりがこんなのってどうよ?」
「いいじゃねーか。どうせ今年も色々あったんだから、締めくくりがこういう変わったやつもまた面白いって」
広場を離れる俺達の背後で、今日一番の歓声が上がる。
耳をすませば、どうやら他の村人達によるボディービル大会が始まったようだ。
少しだけ気にはなったが、今日はもう筋肉はお腹一杯なので歩みをそのままにする。
明日からまた新しい年が始まる。
いつも期待と不安は覚えるが、それもまた年越しの醍醐味だ。
今年も来年も、同じ年は来ないのだ。
新年がいいものになるか悪いものになるかは誰にも分からない。
ならせめて、いい年になることを祈るとしようじゃないか。
ゆく年ありがとう。
来る年おめでとう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。