第6話 2019/04/01 エイプリルフールネタ ~いつかの過去か未来か~

 文明の成長により、人の到達できる地が星の外へと及んだ時代。

 飽食と怠惰を貪るようにして日々を過ごしている人類だったが、ある時から異変が襲い掛かった。


 ある日、自分達が暮らす大地から何かが失われていくのを感じたのは、一体誰が最初だったか。

 確実にこれだと言える原因もわからず、大地が作物を育てることをしなくなり、水が天地を巡ることもなくなった。

 生まれてくる子供に異形を宿す者が多くなり、あらゆる治療が効果を成さない病も蔓延した。


 次第に減っていく食料と水を求めて戦争が起こり、瞬く間に人類はその数を減じていく。

 同時に、緑がその姿を失うのと並行して、人が生存できる大地もまた減っていった。


 短期間で繰り返された戦争で国家の統廃合が進み、一つの巨大な連合として成り立ってようやく人類は自らの置かれた状況を正視することができた。

 膨大な資金と人材を投じて研究された結果、分かったのはこの星からマナというエネルギーが失われつつあるということだった。


 マナとは星の生命力。

 全ての生命と全ての大地に宿るそれは、人間のみならず生きとし生ける生物、動物から植物に至るすべての存在を育てるために必要なものだと言われている。


 まるで無限にあるかのようなこのマナを使い、様々な魔道具を生み出し、魔術と呼ばれる自然現象の模倣を人の身で操ることで文明は発展してきた。

 だがこのマナを湯水のように使い続けてきた人類は、自分達の住むこの大地ごと己の首を絞めていたことに気付かされてしまう。


 人類はあらゆる対策を講じた。

 人工的にマナを生み出そうと、人道に悖る実験すら行われたが、良好な結果を生むことはなかった。

 減ってしまったマナが回復するまで、魔道具や魔術を禁じて生きていくという意見も出た。

 しかし、今の文明がそれに依って成り立っている以上、完全にゼロにすることなど不可能。


 死んでいく大地にはマナを生み出す力もなく、一方でマナを消費し続ける人類。

 このままでは遠くない未来に人類は滅ぶことになる、とある科学者が声高に言った。


 マナは失われ続け、蝕まれていくようにして大地が枯れていく中、最早人類に残された道が少ないと誰かが気付いたのだろう。

 全ての人類に向けてある計画が提唱される。

 それは、この星を離れ、遠く星の海を越えた先にある新天地へと移住するという、超長距離移民計画だった。












 大地より天へと上っていく光の柱。

 夜の中にありながら、まるで昼間のように辺りを照らすその光は、この星を旅立つ多くの人類を乗せた宇宙船の打ち上げによるものだ。

 一本どころではない、幾条もの光の柱が一斉に星空を駆けていく様は、幻想的な光景といっていいだろう。


 そして、その旅立ちを見送る人影が一つある。

 シルエットから女性だとわかるその人影は、身じろぎ一つすることなく、ただ空の一点を見つめている。

 昇っていく光を見つめるその顔からは感情を読み取ることはできない。

 硬く引き結んだ口元と険しい目元からは、純粋に打ち上げを喜んでいるとは言えない何かがあった。


「最後の打ち上げだな」


 不意に、背後からかけられた女の声に、その人影が少しだけ視線を動かし、すぐにまた天を見上げる。

 声の主は自分の問いに答えがないことを特に何とも思わず、人影に並んで同じ方向へと目を向けた。

 この声の主もまた、シルエットから女性だとわかる。

 二人並んだその間にはどこか気安い空気がある。


「ふっ、随分と機嫌が悪そうだ。置いて行かれたのが頭に来たか?」


「…そんなわけないじゃない。あんなのに誰が着いていきたいもんですか」


 吐き捨てるように言ったその言葉に、困ったような抑えた笑い声が返ってくる。

 この場には二人だけしかいないため、誰に向けての笑い声なのかを気にする人間はいない。


「あんなのとは言うじゃないか。人類の存亡をかけた移民計画だぞ?」


「移民だなんて…。自分達が汚した星から逃げ出しているだけだわ。それに、あの移民船もどこに行こうというの?発表された居住可能惑星だって本当か怪しいものよ」


「仕方ないさ。偉い人は自分達が助かればそれでいいんだから。マナの枯れかけたこの星を抜け出せれば、大義名分なんてどうでもいいのだろう」


 光の帯は既に天を突き抜けて星と溶け合うようにして高くに行ってしまった。

 肉眼で見えるのは、最後の残滓とも言える微かな光だけだ。

 それでも二人は天へと向けた目を逸らすことはしない。

 まるで、それを見届けることこそが使命だと言わんばかりに。


「あぁそうだ、聞いたか?また一つ島が枯れたそうだ」


「そうらしいわね。…これで残されたのはここと大陸の一部だけとなったわ。もう人の生存域は残り少ないということかしら」


 本来であれば絶望的ともいえる状況であるのだが、軽く溜め息を吐くだけで済ませる彼女達の姿には、そういった悲観的なものは微塵も感じられない。

 あるのはただ人類の愚かしさを嘆く思いだけだ。


「たった三千万人を逃がすために、五億人が切り捨てられたか」


「全ての人類を救う、なんて絵空事を言わないだけましでしょ」


「まぁな」


 もう打ち上げの光は完全に失われ、辺りは完全に暗闇に包まれており、お互いの姿は星の明かりで辛うじて輪郭がわかる程度となった。

 そこで会話は無くなり、しばらく無言の時間が流れた。


「世界は人を滅ぼさなければ気が済まない、か。誰が言ったか、今になってはあながち間違いとも思えないよなぁ」


「それ言ったのはウォーギン博士ね。私に言わせれば、世界に意思があるなら人類はもっと前に滅ぼされてるはずよ」


「ヒュゥ、辛辣~。人類をどうしたいのか、是非とも世界には答えを教えてもらいたいものだね」


 お互いだけに向けて呟かれた言葉達も辺りには響かず、その役割を果たすとすぐに闇へ溶けるようにして消えていく。

 そしてまた、静寂が二人の間に横たわる。

 不意に吹いた一陣の風が止むと、また言葉は交わされた。


「…実はさ、ちょっと前に政府の役人が私んとこに来たんだ。んで、あの移民船に乗れる権利をよこしやがった」


「奇遇ね。私もよ。断ったけど」


「だろうな。まぁ自慢じゃないが、私らはそこそこ優秀な科学者だ。そういう枠が割り当てられたんだろ」


「優秀な人材は無能な人間100人よりも優先される、そんな風なことを言われたわ」


「私もだいたい同じ感じだ。だから言ってやったよ」


『くそっ食らえ』


 異口同音、声も口調も違うが、込められた感情はほぼ同じものがあるそれは、虚空に溶けていくかと思われた次の瞬間―


「…ぷっ」


「…くっ」


『あっはっはっはっはっはっはっは!』


 痛快に笑う声に拾われ、二人の感情を爆発させることに成功した。

 暫く笑い続け、ようやく収まった頃に、どちらからともなくその身を寄せ合う。


「はー…久しぶりに声を出して笑った気がするよ」


「そうね。ほんと、こんな状況になってからは張り詰めてばっかり」


「…なぁ、人類はこの後どうなる?」


「さぁ……移民船が運良く居住可能惑星に到達すれば、人類は存続するんじゃないかしら。もっとも、その惑星が生きやすいかどうかは分からないけど」


 行く者と残される者、果たしてどちらが幸せなのか。

 逃げ出したと揶揄しようとも、種の保存のために旅立った人類に一縷の希望を託したということも事実ではあった。


「こっちに残ったのはどうなるかな。確か、この後は時間凍結技術で全ての人類は眠りにつくって話だが」


「あれもどうかしらね。マナに頼らない、人間が元々持つ魔力を使った技術だって謳ってるけど、研究と実証が不十分なまま使って、果たして眠りから目覚められるものかどうか…」


「確かマナが回復するまで十万年かかるんだったか?だから時間凍結も十万年と」


「試算の上ではね。その十万年で環境が激変するかもしれないし、そもそも時間凍結から万全の状態で覚められる確率は三割いくかどうかだそうよ」


「三割か……いや、それでも一億五千万の人類が未来を生きられると考えればいい方じゃないの?」


「前向きね。自分がその三割に入るかどうかも分からないのに」


「なぁに、それは誰もが同じだろ。こんな世界で眠りにつくにしては、意外と悪い数字じゃないと思うがね。……そろそろ行くよ」


「そう、元気で…って言っていいのかしらね。どうせすぐ眠るんだから」


「いいだろ、別れの挨拶なんてそんなもんで。……十万年後にまた会おう」


「寝坊しないようにしなさいな。あんまり遅いと、私が叩いて起こしに行くわよ」


「そりゃ怖い」


 一人がその場を離れ、残る一人がそれを見送る。

 どちらも相手のことを見ずに去っていく姿は、ひどくあっさりとしたものだ。

 だがそれでも、二人共が顔に浮かべる微かな笑みは、お互いの間に共有する何かが確かにあると、そう思わせた。









 ~十万年後~




 それは地震による地割れによって偶然発見された。

 生い茂るジャングルの奥地に出来た巨大な地割れ、その地下数百メートルもの深くにあった、あからさまに人の手によって作られたとわかる空間。

 そこに踏み入れた考古学者は、とてつもない光景を目にする。


 今よりもはるかに進んだ文明によると思われる、高度な技術によって作られたその空間は、その用途を推測させることができないほどに異様な物で溢れていた。


 足元に敷き詰められた透き通るガラスの向こうに、夥しい数のミイラが眠り、それがどこまでも広がっている様は、ここが墓所だと言われれば納得してしまうが、それにしては死者の姿をこうまで晒すということに違和感を覚えるのは確かだ。


 しかも、整然と並べられているミイラの群れの中には、所々虫食いのように空いている場所があり、まるで死者が復活してそこから抜け出したかのような不気味さも漂わせていた。


 調査を進めていくうちに、この空間が今よりおよそ十万年以上昔に作られたことは分かったが、一体何のために作られたのかは遂にわかることはなかった。

 あまりにも隔絶した技術差により、それ以上の調査を続行することが不可能だと思われた時、壁の一部に無造作に刻まれた一文を見つける。


 使われている言語は、変則的ではあるが現代でも使うようなものであったため、その文字の解析は比較的容易に行われた。

 文字はある人物に宛てられたもので、そこにはこう書かれていた。


『十万と幾らかを超え、私は目覚めた。友よ、君はまだ眠りの中で共には行けぬ。だが同じ空の下にいつかまた出会う日を思おう。友よ、世界は答えをくれたぞ』


 一体何を指すのか分からない、まるで暗号のようなこのたった一文に、学者達は夢中になった。

 暗号に変えてまで伝えるべき何かがあるのか、あるいはこの文章を解読することで、この太古の遺跡を再起動させる何かが分かるのではないかと、長い年月にわたって解読に挑む学者が絶えることはなかったという。

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