第2話 川で洗濯 夜の散歩

 ハヤオは、両手に異世界キャベツを持って疾走している。後ろには、息を切らして立ち止まり彼を見つめているオ爺サン。どんどん離れていって、人ごみの中に入り、見えなくなる。


 額から垂れてくる汗を上着の袖で拭き取る。汗で背中にくっついた部分を片手で抓んで、背中から離す。



 ハヤオは路地裏に入ってすぐ全裸になり、服の水分を搾れるだけ搾る。建物のわきにある蛇口を上に向け、思い切り開け、頭から綺麗なのか分からない水を浴びる。先程脱いだ服で体を拭き、建物の中に入る。


 部屋で、乾いた布で残っていた水分を拭き取り、身軽な格好に着替えた。すぐに洗濯物を桶に入れ、川に行こうと外に出る。南の方に出ると、青空の中に太陽があった。太陽を見ても目が痛いと分かりつつも、太陽を見てすぐに目を閉じる。窓の下のあたりに、おそらく数日前から行方不明になっていた白の布の肌着と思われる、水分を十分に吸ってから乾き、砂埃を蓄えた茶色の服が落ちていた。



 ハヤオは、熊のような生き物が腹に縄を巻き、人が乗った車を引いている、熊車と例えられる乗り物を1台見送った後、やや広い通りを突っ切る。その通りの傍の斜面の先に川がある。太陽が水面に映っていて生ぬるそうで、さらに藻でぬるぬるしていそうな川だけど、水に手を入れると冷たくて近くで見ると透明で、やっぱり洗濯にもってこいだなあ、と彼はいつも思う。



 ハヤオは、服を漱いでいるうちに夢中になった。また汗をかきだす。今着ている服も洗ってしまおうと思い、橋の下へ移動し、全裸になる。その服を洗いながら、川の流れてくる方を見ると、向こう岸にいる魔法使いの女の子と目が合う。彼とよくカフェで会う。それだけではないが。


 洗ったばかりの濡れた服を着て、彼の2身長くらいの川幅を突っ切り彼女の方へ行く。


 彼女はハヤオが自分のところへ来るのを察すると、顔を赤くして、そっと洗濯物の入った桶を自分の後ろに移動させる。



「最近よく目が合う奴がいる。顔を変えてほしい」


 ハヤオが言う。


 「変えたばっかりだったじゃん」


 と彼女は言いつつ、彼に顔を変える魔法をかける。


 「ありがとう」


 「私は、これから用事があるから」


 と彼女は言って、軽く微笑み、浮遊しだんだん上昇し、川の近くにある林の向こうに見える山の方へ飛んでいく。ハヤオは、彼女の点が山の裏に隠れて見えなくなるまで視線を送った。



 ハヤオは軽くため息をつき、川の方へ向き直り、水面に映った自分の顔をじっと見る。彼は、変わった後の顔にこだわりはなく、一度も見ないで別れた顔もある。鏡は持っていない。


 彼は、彼女の洗って回収し忘れたであろう下着1着を拾い、川を横切り、斜面を登る。斜面をちょうど登り終えたところで、橋の下に自分の桶を置いたままであることを思い出す。



 ハヤオは、日当たりがとても良いから、ついでに洗濯物を乾かしていこうと思った。川から少し離れて、一帯の林の近くの日当たりの良いところで全裸になって、そのあたりの草の上で仰向けになり、自分の体の上に湿った洗濯物を置き並べる。表面すべて覆いつくす。水分を含んだ生地の冷たさと地面の熱さのコントラストと、地面に仰向けになって全身で日光を浴びている解放感とを、彼は天国のように感じる。身体の表面に入りきらなかった分は、口を下にして置いた桶の上や、近くの地面に置く。



 そのまま寝てしまったハヤオは、西の空の低いところがオレンジ色になった頃に目を覚ました。熱平衡になっていた。


 洗濯物を桶に回収し、川を横切り、斜面を登る。大トカゲ車の列を見送った後、通りを横切り、路地裏に入る。


 部屋に入って、洗濯物をかけ、窓際に寄せた安楽椅子に座る。何かをひらめいたように、座ってから1往復で起き上がり、夕食の準備に台所へ向かう。



 ハヤオは、夕食を摂り終わった後、動きやすい服に着替え、散歩に出る。空は黒くなっており、通りには明かりの濃淡ががあった。


 彼は夜の街を歩いているからか、空の旅のことを思い出す。気付けば、カフェの隣にいたが、通り過ぎる。窓の向こうの店内には、客はいなかった。店長が足を組んで座って、目を瞑っていた。


 カフェの通りには、街路樹が等間隔で植えられている。街路樹の間に街路灯がある。また、路はあえて舗装されていないが、綺麗な茶色の土で、絨毯みたいだ。通り過ぎていく建物は、2~4階建ての木造、石造りのものが多い。



 ハヤオは、しばらくして大きな十字路に差し掛かる。カフェの通りと直交するのは、この街最大の路だ。空の旅でも目で認めやすかった。夜になっても、明るいし、交通量が少なくない。


 彼は十字路を左に曲がり、建物を窓越しに一軒一軒覗いていく。



 ハヤオは、あるところで、膨大な量の紙の積まれた机の向こうで、椅子に座って何か文字の書かれた紙を両手で握りしめて睨みつけている老人を見つける。真っ白な眉毛が、アルファベットのMを上から潰した形をしている。



 ハヤオはその建物に入り、老人に何をしているのか尋ねたところ、


 「君の来るところではないね」


 と言われ、さっさと外へ出る。



 ハヤオが通りに沿って歩き出して間もなく、


 「君はどこの出身だね?」


 と彼の後ろの方から大きな声がした。振り返って見ると、片手に紙を持って自分を見つめてくる老人がいた。


 ハヤオは、「分かりません」と返す。


 老人は2呼吸くらいの間を置いて、


 「お前は面白い奴だ。寄っていかないか?」


 と言う。


 「紙が多いですね。髪がないのに」

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異世界生活を心の底から満喫する 家島 @Shochikubaitaro

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