巻65 劉道憐の部下たち
吉翰1 劉道憐の副官
雑に言えば
はじめ
劉道憐が昇進しても、常に側にあった。
劉道憐の下で
劉道憐が
その直轄軍の指揮官に。
劉道憐。
宋書でも「無能で強欲」と言われた
清廉、謹直、剛正。
おおよそ劉道憐に似つかわしくない賛辞で
吉翰は讃えられている。
もうなんというか、色々お察しである。
なので吉翰について、劉裕は
「ものすごく称賛している」。
422 年、劉道憐が太尉となると、
その副官に任ぜられた。
これまでの苦労が汲まれたっぽい感じだが、
……けど結局、道憐のお守りである。
423 年に劉道憐が死亡。
では、ようやくあのクソから解放された
吉翰さんはどのようになったのでしょうか!
424 年。
督梁南秦二州諸軍事、龍驤將軍、
西戎校尉、梁南秦二州刺史。
……えっ待って、めっちゃ要地じゃない?
梁南秦二州刺史って、要は漢中である。
中原勢力の江南攻略三ルートの一つ、
益州周りを見たときの、最前線。
弱い奴に任せられる場では、ない。
そういう場所に抜擢されるだけの能力を、
吉翰は備えていた。
そういう能力がある人でなきゃ、
劉道憐はサポートできなかった、
とも言えるかもしれない。
吉翰字休文,馮翊池陽人也。初為龍驤將軍道憐參軍,隨府轉征虜左軍參軍,員外散騎侍郎。隨道憐北征廣固,賜爵建城縣五等男。轉道憐驃騎中兵參軍,從事中郎。為將佐十餘年,清謹剛正,甚為高祖所知賞。永初三年,轉道憐太尉司馬。太祖元嘉元年,出督梁南秦二州諸軍事、龍驤將軍、西戎校尉、梁南秦二州刺史。
吉翰は字を休文、馮翊の池陽の人なり。初に龍驤將軍道憐が參軍と為り、府に隨い征虜、左軍の參軍、員外散騎侍郎に轉ず。道憐に隨い廣固に北征し、建城縣五等男を賜爵さる。道憐の驃騎中兵參軍、從事中郎に轉ず。將佐為ること十餘年、清謹剛正にして甚だ高祖に知られ賞さる所と為る。永初三年、道憐が太尉司馬に轉ず。太祖の元嘉元年、出でて督梁南秦二州諸軍事、龍驤將軍、西戎校尉、梁南秦二州刺史たる。
(宋書65-1_寵礼)
宋書を追う中で、最もその「発見に感動した」人でした。
劉道憐の補佐役。
劉裕自身、劉道憐については「あいつに重責任せたくねえ」って言ってるんですが、とはいえ彼の任ぜられた将軍府には、その肩書にふさわしいだけの人員は配されていたのでしょう。では、誰がそこを実際に切り盛りするのか? サブ、補佐官。そういう人のはずです。
「つっても、そんな奴いちいち載せねえよな……」って、当初の俺は半ば諦め気分でいました。ところがどうだい、この条に躍る「為將佐十餘年」の文字! ぶっちゃけ第一声は「かわいそう……(´;ω;`)」でしたよね……鬼かな、劉裕……。
俺の好みの一つとして「理不尽な試練に立ち向かう人(敗北するとなお良し)」ってのがあるんだけど、その観点でこの人はかなりの上位に来ます。どんだけ好きかって言うと、うっかり掌編書いちゃったくらい。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893915600/episodes/1177354054893915905
はぁ……吉翰さんしゅき……ご愁傷さま……
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