友達との思い出は分与する対象になりますか?

ちびまるフォイ

大切だと思える思い出が本物

「でさーー、俺昔友達と一緒にダイビングに行ったんだよ」

「へぇ~~すごぉ~~い♪」


「お前は友達との思い出ってある?」


合コンの席で聞かれ思考が停止した。


「え、えっと……春休みに俺の家に集まって夜通しゲームした、とか?」


「なにそれ暗ぁ~~い」

「お前ほんと根暗だよな」

「もうちょっといいエピソードあるだろ」


「あは、あはは……」


今年の春から思い切って大学デビューしたはいいけれど、

付け焼き刃の偽リア充などエピソードですぐに底が知られてしまう。


でも大学でできた知り合いとウェイウェイしているよりも、

昔からの友達とゲームしているほうが楽しいという本心もある。


「……ってことがあったんだよ」

「まじか」


俺はこのことを中学生の頃からの友達に話した。

お互いゲームの対戦画面を見ながらも話ができるほどに親密な関係だった。


「今度、休みあるじゃん」

「おお」


「バーベーキューとか、してみない?」

「なんで」


「なんでって……思い出のために?」


「やだよ。なんでわざわざ調理設備の整っていない場所に出向いて

 虫に刺されながら準備と後片付けの負担を追加してまでやるんだ。あほか」


「……だよね」


俺自信も「楽しそう」と感じる要素はなにもない。

空調のきいた部屋でゲームをしているほうが好きだ。


でも、このままでは自分の友人関係が人より暗くて劣っている気がしてならない。


「じゃ、今日はそろそろ帰るね」

「おおまたな」


家を出て近くのコンビニに寄ろうとしたとき、見慣れない店を見つけた。


「いらっしゃい。思い出をお探しですか」


「表の看板に思い出屋ってあったんですけど、何を売っているんですか」


「架空の思い出を取り扱っています。最近はなにかと忙しいでしょう。

 時間が取れなくても友達との素敵な思い出を作りたいとは思いませんか」


「は、はい!」


「でしたら、ここにある思い出を使ってください。

 旅行なんかいかなくても旅行の素敵な思い出ができますし、

 長い行列に並ばなくても最高のロケーションで思い出が残せますよ」


「ひとつください!!」


今は思い出もこんな風に取り扱うことができるなんて思わなかった。

「ダイビングの思い出」のカプセルを開封すると、友達との間にダイビングの思い出が作られた。


「すごい……こんなきれいな海でダイビングしたんだ」


「架空ですけどね」


「いやいや、十分ですよ! こんなにリアリティあるとは思わなかった!」


「整合性とるために、思い出の登場人物の人たちにも同じ思い出が入っていますから注意してくださいね」


「注意? なにをですか?」

「じきにわかりますよ」


ダイビングの資格も準備も経験もなかったのに思い出はしっかり刻み込まれている。

こんなに手軽な脳内旅行は他にないだろう。


思い出屋でたくさんの思い出を開封するごとに会話のネタは広がった。


これまではゲームの攻略の話とか、新しいゲームの話とか。

趣味を深く掘り下げるだけの狭い話題だけだったのに、思い出が増えた今は多趣味となり多くの話題が行き交う。


合コンの席でも根暗断定されることもなくなった。


「えぇ~~! 世界1周旅行したの!? すごぉ~~い!」


「HAHAHA。すごいことなんてないよ」


「どこの国がよかった? 教えて教えて!」

「そうだねぇ……」


架空ではあるが嘘ではない。

実体験に基づく幅広いエピソードは人から好かれるきっかけになった。


自分ではもうどこまでが自分の本来の思い出で、どこまでが架空の思い出なのかわからなくなっていた。


そんなある日のこと。

スマホに撮りためていた画像を整理しているときだった。


「……あれ? これなんの写真だ?」


友達と自分が楽しそうに公園でピースをしていた。

日付を見ても、写真を見てもまるで思い出せない。


「忘れる……わけないよな」


もともと写真を積極的に撮るタイプではなかった。

まして自分が映り込む写真など撮る回数は限られている。

よっぽど今の自分を残したいと思わなければカメラも構えない。


なのに、この写真を撮った状況はおろか前後すら思い出せない。


いくら忘れっぽい自分でも限度がある。

自分への変化はそれだけにとどまらなかった。


「ねぇ~~、前に世界旅行行ったって話してたでしょ?」


「……え? あ、ああ」


「それで、□□国は回った? どんなだったか教えてよ」


「えーーと……あ、あれ……? 思い出せない……」


「嘘だったの?」

「嘘じゃない! 本当に回ったんだ! でも……」


自分の中で思い出がどんどん失われていることに気づいた。

紙やデータで思い出を残しても、思い出が消えたあとで見返して記憶が戻ることはない。


「どうなってるんだ……」


思い出屋に駆け込んだ。


「おい! どういうことだ! 思い出が消えていってるぞ!?」


「それは当然ですよ。架空の思い出には思い出期限がありますから。

 実体験の思い出と異なり、脳を騙す偽装体験ですからいつかメッキは剥がれて消えます。

 ……カプセルの内側に期限が印字されていますが?」


「そんなの気づくかよ!」


店主の言葉に衝撃を受けたが、それ以上に腑に落ちない違和感があった。


「……待てよ。でもその話が本当なら消えるのは架空の思い出だけだよな?」


「ええそうです」


「写真に残っている本当の思い出まで消えていっているぞ!

 ここの架空思い出に引っ張られて本来の思い出まで消えてるんじゃないか!?」


「ありえません」

「だったらどうして消えてるんだ!」


「前に話しましたよね、整合性のために他の人にも同じ思い出が共有されると。

 同時にそれは消えるのも同じです。追加された思い出が消えるのに恐怖を感じ、思い出分与しているのかもしれません」


「思い出分与だって!? そんなことできるのか!?」


「あなたとの共通の思い出を自分の心のうちに引っ張り込んでいるんです。

 だから最初に"注意してください"と言ったんですよ」


「ちゃんと事情を話さないとわかるわけないだろ!」


架空の思い出だけでなく、本当の共通の思い出まで独占されるわけにいかない。

友達をすぐに呼びつけた。


「……なんだよ、話って」


「お前、勝手に思い出分与しているだろう!? なんでそんなことを!」


「最近になって、お前との思い出が消えてるのがわかった。

 ネットでフォロワーに聞いたら、お前が架空の思い出を増産していることもわかった」


「それは……別にいいだろう」


「よくない! お前はどの思い出が消えて、どの思い出が残るか知っているかもしれないが俺はわからないんだよ!

 お前の中で思い出が消えればこっちも思い出が消えてしまう!

 でも、思い出分与で俺の中に引っ張り込めばもう消えることはないんだ!!」


「だったら、どれが消える思い出で、何が消えない思い出かを教えるよ!」


「信用できるか! 思い出がいつの間にか消える怖さも知らないくせに!」


「知ってるよ! 俺だってついさっきまで、思い出が消えるなんて思いもしなかったんだ!」


「自己弁護かよ」

「そういうのじゃない!」


いくら話しても信じてもらうことはなくむしろ二人の溝は深まった。

このままでは自分の本来の思い出まで失いかねない。


思い出を失うのが怖くなり、友達がまだ回収しきれていない思い出を分与していった。


一番最初に友だちになった思い出。

家の近くの空き地に秘密基地を作った思い出。

よく通った学校近くのラーメン屋さんの思い出。


相手に分与されてはもう二度と思い出せないので独占するのに必死だった。

思いつく限りの二人の思い出を最後まで取り合った。

それでも相手の方が多く思い出を手に入れている気がしてならない。


「いらっしゃ……ああ、またあなたですか」


「お前、思い出屋の店主なんだろ! だったら思い出にも詳しいはずだよな!」


「そんな剣幕でどうしたんです」


「相手から思い出をぶんどる方法知ってるはずだ!

 あいつはきっと俺との大切な思い出を先手をうって分与して独占しているから奪ってやる!」


「仲直りしてまた思い出を共有すればいいじゃないですか」


「そんなのできるか! だって、あいつは俺との思い出を勝手に分与したんだぞ!!」


「それは、あなたとの思い出がそれほど大切だからとは考えられませんか」


店主の言葉にハッとした。

頭にのぼっていた血の気が一気に引いていくのがわかる。


「あなたも、友達との思い出が大切だからそんなに必死になっていたんでしょう」


「それは……そうかもしれないけど……」


「友達も同じですよ。思い出が消えていくのが怖くなって分与しはじめた。

 それだけあなたとの思い出を財産だと思っている証拠じゃないですか」


「しかし……この先どうすれば……」


「まだわかりませんか? 今、この状況が思い出になる瞬間ですよ。

 友達と仲直りして、お互いの絆を深める思い出のチャンスじゃないですか。

 実体験からできた思い出はあせることも消えることもないんですよ」


思い出屋の店主に背中を押されて友達のもとへ向かった。

警戒心マックスでトゲトゲしい雰囲気を出しまくっている友達に話すのは容易じゃなかった。


「頼む! 俺はもう思い出を失いたくないんだ! 仲直りしてまた思い出を共有させてくれ!」


俺の土下座に友達は呆れたように答えた。


「……わかったよ。だけど、これからは勝手に思い出を増やさないでくれよ。

 こっちにはどこまでが本当の思い出なのか区別できないんだから」


「もちろん……もちろんだよ!」


友達が差し出した手を取り固く握手した。


「俺、この思い出ぜったいに忘れない!」


思い出分与による独占合戦はなくなり、ふたたび思い出は二人の心へと共有された。

何言われるかと思うと腰が引けたが、あのとき店主の言葉にしたがって本当に良かった。


この思い出は俺の大切な財産となった。




数日後、片付けていない自分の部屋から空きのカプセルが見つかった。


『友達との和解の思い出  期限:2020年4月13日マデ』

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