第7話
飲み屋についてから、アレンはクリスが話し始めるまで無理に急かすことは無かった。
2人で黙々と好きなものを食べ、好きなものを飲む。ちなみにクリスとアレンの好みは正反対な為、会計も1人ずつだ。
初めは今か今かと待ちわびていたアレンも、今はそのまったりとした時間を楽しんでいるようで、ちまちまとツマミを食べ進める。
「僕、さ。…今日、老衰する人に通達したんだけど。」
と、唐突にクリスは話し始めた。
「なんだかおばあちゃん見てたら懐かしいって、思ったからなの…かな。よくわかんないけど、聞いちゃったんだよね。」
「なにを?」
「僕にお迎えに来てほしいですか、って…。」
想定外の内容にアレンの手が止まった。
回収を阻止するような事さえなければ、基本的に通達という仕事自体に決まりなどはないが、精神的ダメージに弱いクリスが自らそんな質問をしたことに驚いていた。
「…そしたら?」
「…うん。すごく素敵な笑顔で“孫の年にも満たないような人に運ばれるなんて、不幸にも程があるだろ”って断られた」
「お、おぉ……」
これまた予想外の展開に、アレンの返事はもはや音になった。そもそも普通に会話してる状況も理解出来ていないのに、あのクリスがこれ程ダメージを受ける物言いをまさか人間がするとは。
てっきり、死神辞めたいとかそういう事を言うのだろうと勝手に予想していただけに、アレンは豆鉄砲を食らったような心境だった。
しかし珍しく、自ら話を進めるクリスに、アレンはちゃんと耳を傾けていた。邪魔をしないように。言いたいことを言いたいまま、口にできるように。
「だけどね、落ち込んでたのは断られたからじゃないっていうか。なんだか、前にも同じことを言われてすごく傷付いた気がするなって思って。考えたんだ。」
「…まだハッキリと思い出せた訳じゃないんだけど。…僕、自分のおばあちゃん、回収した気がするんだよね。」
「僕の、初仕事で。それでその時、今日の人と同じ事を言われた…と思うんだよね。たぶん。」
「やけに曖昧な言い方なのは、それがクリスの記憶のない所だからか?」
「そう、だね。そう思う。僕が仕事を好きになれないのも、そのせいなのかな、って。今日思った。」
ツマミの小魚を指先でつついたり、回したりしながらクリスはそう話した。時折考えるような素振りをしていたのは、クリスにもまだいまひとつ自信がないからなのだろう。
一つ一つ自分の気持ちを確認しながら分かる範囲で言葉を紡いだようだった。
そんなクリスに、アレンは変に気を使った返事をしたくないと思った。今のクリスは励ましや慰めが欲しい訳では無いからだ。率直にどうしたいのかを訪ねようとしたが、クリスは自ら話を続けた。
「思い出そうと、頑張って考えたら思い出せるかもしれない。思い出す方法とかも調べたらあるのかもしれない。でも今、僕がハッキリと分かっているのは、僕はおばあちゃんが好きだった。だけど、おばあちゃんには拒絶された。ってことだけなんだ。」
「だから僕は…もう、思い出したくない。これ以上、死神になんてなりたくなかったって考えたくないんだ。」
「…そうか。」
一通り言い終えたクリスは自分のグラスを傾けて、カランと半分に溶けた氷を鳴らした。
アレンからしたら言い返したいことはいくつかあった。クリスが思っているほど、悲しい仕事じゃないことをしっかりと伝えたかった。それが分かれば、もう死神になりたくなかったなんて言わずに済むと。
しかしアレンは何も言わない事を選択した。一方的だとしても恐らくクリスと一番長く関わっているのはアレンだ。クリスが自分で気付けることなら、とっくに気が付いている、と思うとクリスの考えに対して何も言い返す言葉はなかった。
「死神、辞めるのか?」
「うーん…どうだろう。そこはあんまり考えていないかな。」
「そうか。」
話の流れも途切れ、ふたりの間になんとなく気まずい空気が流れた。
「なんか…きっかけがあるといいな。」
「何に対して?」
「…なんだろうな。言ってみたけどわっかんねーわ!すんませーん!お会計くださーい!」
空気を壊すようなアレンの無理に明るい振る舞いにクリスは呆れた素振りをした。しかしアレンにその顔はなんとなく笑っているようにも見えた。
「じゃあな、明日は仕事頑張れよ!」
「これでもいつも頑張ってるよ」
お店を出てからは特にどちらと言うことも無く、それぞれの帰路へと足を向けた。クリスの顔は確認できないけれど、来た時よりも柔らかい表情になったな、とアレンは感じ取っていた。
そして帰り道。誰もいない道でアレンは呟く。
「…なんかのきっかけにお前が救われたらいいなって思っただけだばーか。…二度とあいつと飲みには行かねえ。」
死神の備忘録 駒縫 もな香 @m_komanui
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