第4話 気の迷い

 駅へ向かう途中、俺は本屋へ立ち寄った。普段、活字の本はもといマンガさえも読まないのだが、何故か本屋へ吸い込まれるように入っていく。入口の近くには最近になって話題になった自己啓発本のようなものが平積みされており、その奥には数えきれないほどの本が陳列されていた。

「(何か面白そうなものは無いかなっと…)」

 目的も無く、狭い本棚の間を歩いていると一冊の本が目に留まった。おどろおどろしい鮮血で書かれた文字が背表紙に書かれているその本は、何故か俺の興味を引いたのだった。どうやらミステリー系の小説のようだが、本棚の下の方の端っこにひっそりと置いてあって、少しほこりをかぶっている。

「(へぇ~『迷宮』か。うわ!もう20年以上前の本かよ。こんな長い間誰にも買われずに放置されているなんて、よほどつまらないんだろうな。)」

 本の最初のページを開けてみる。中古本だったので所々に折れや焼けた跡がある。

「(ふみおと…ゆう?なんて読むのかしらないけど、聞いたことのない名前だな。まぁ本なんか読まない俺が作家の名前なんて知るはずもないけど。んで、この不気味な表紙の本はいくらなんだ?……おいおい、100円って、まじで安いじゃん。)」

 何を思ったか、その本を手に取ってレジに向かった。本を手にしている間、なぜか少し優等生にでもなった心地がする。

「いらっしゃいませ。こちら一点で105円になります」

 おつりと商品を受け取ると、少し軽い足取りで本屋を出た。雨はさっきよりも強くなっていた。

「まじかよ……どっかで雨宿りしていくか」

 俺は向かいのファストフード店に入り、コーヒーを一杯頼む。席につき、強くなっていく雨を、ぼおっと眺めていた。


 

 20分ぐらい、何も考えず窓の外を眺めていた。時間だけがただただ過ぎていく。その時間軸には、俺の感情は存在しない。俺というたんぱく質の塊がそこにいるだけ……。

「(止みそうもないな。しゃーねー、さっきミハルにもらったレジュメに目を通しておくか)」

 安田の講義はいわゆる”楽単らくたん”と呼ばれる、単位が楽に取れる科目だ。しかし、学期末テストはレジュメがないと問題が解けないので、授業をさぼる者どもは必至でこのレジュメを調達する。さっとレジュメに目を通し講義の内容を確認する。

「(まぁ楽勝だな。そんなに難しそうな内容でもないし。……おっ、雨止やんきたな。そろそろ帰るか)」

 荷物をまとめて店を出ようとすると、後ろから声をかけられた。

「あの……お隣よろしいですか?」

 あまりに美しそうな女性の声に、少し緊張してしまった。顔をしたに向けながら後ろの女性に声をかけた。

「あっ、どうぞ」

 少しおどおどした俺に、その女性がふっと笑った。顔を眺めると、なんとそこにいたのはミハルだった。

「ミ、ミハル!?なんでここに?」

「バイト終わりに、お腹が空いたから寄ったの。来てみたら、何やらカッコつけてたそがれてる少年がいたからさ~(笑)」

「うるせぇなぁ~……じゃあ俺はもう帰るからな」

 鞄を持って席を離れようとすると、

「待って、どうせ暇なんでしょ。だったら私の話に付き合ってよ。なんかおごるからさー」

「ったくしょがねーなー。ちょっとだけだぞ」

 ミハルにハンバーガーをおごってもらい、俺は彼女の話を聞いてやることにした。

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不協和音が響くとき 文音 憂 @yu-ayane795

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