第38話 エピローグ(?)
思えば、呆気なく、あっという間に終わってしまったものだ。
ああ、そうだ。美浜が盗まれたとか言ってたやつ。筆箱らしかったけど、普通に見つかったんだと。移動教室から戻ってきて、教科書ごとロッカーにしまってたとかいうオチだったらしい。
そんなことか、と思った諸君。俺も思った。
けど、現実なんて所詮そんなもんだ。入り組んだ謎も、仕組まれた罠も、殊勝なことは一切起きない。壮大で絶大な未来を思い浮かべていても、答えはいつも平凡で地味で、くだらないものばかりに溢れてる。
だから三次元に期待なんかしない。期待するのは二次元だけでいい。
鳥肌モノのストーリーと、脳が震えるくらいの神作画と、尊死するくらい萌えるキャラと、語彙力失うくらいの美麗なイラストがあれば俺は十分だ。
俺が最後に久遠と会ったのは、あの日の放課後。
そこから逃げ出すように別れて以来、話していない。
というのも、別に言い合ったとか、反発して別れたとかじゃない。不穏な空気にはなっていないのでご心配なく。ただ、機会を失ってしまったというだけだ。
曖昧なまま彷徨っている、契約の行方を聞くための。
一方的とはいえ、偽恋人の契約はなくなってしまったわけだし。
そもそも内気な性格だったから恋愛沙汰を強く鬱陶しいと否定できなかったわけで、今の久遠なら恋愛沙汰に絡まれても一蹴してしまうだろうし。
根本的に、関係を続けさせる意味は、もうどこにもない。
さっさと家路に着いているうちに、ほぼ家の前まで来た。
昨日は徹夜だった。朝を大きく回って仮眠を取ろうかと思ったときに、タイミング悪く市川から電話が来たわけだ。
駅前まで出向くからといって寄り道をする気はなかったし、今は適当に取り出した服と、ポケットに突っ込んだスマホと、ポケットに入らず財布から抜き取った千円札二枚しかない。
体重いわ頭回らないわ、嫌な相手と会うわ、今日は朝から散々である。
夜のリアタイに臨むべく、このまま帰って寝て起きて二度寝してついでに理由はないけど不貞寝して身体を休めたいところだけど、あいにく荷物が来るかもしれない。
録画はちゃんと回してるから最悪寝落ちしても……いや、でもなぁ。
「——ぁ」
録画じゃ雰囲気でないというか、決まった時間に見ることにもまた深い意味があるっていうかさ。録画だとCM飛ばせちゃうだろ? あの絶妙なシーンで切られてうずうずと待ち遠しくなるあの感覚も醍醐味みたいなものじゃんか。
「あの……」
仕方ない、コンビニ戻ってエナドリ補給するか。でもあんま好きじゃないしなあれ。
「てかまず朝から起きてるってこと自体、俺からしたらおかし——」
「さっきからわかってて無視しているでしょう貴方!」
「ん……? おお、久遠。久しぶり」
「何よそのわざとらしい反応は……」
いや、なんか聞き覚えのある声聞こえるなーとは思ってたけど、それより何倍も大事な取捨選択を決める方が大事だったから。悪い悪い。
「自分から家に来るなんて、なんか用か?」
「ええと、その……まあ、そうね」
「ほおん……」
俺とて、家の前まで来て立ち話をするほど礼節を弁えていないわけではない。てか自分の家の前にいて、なんで疲れている身を酷使せにゃならんのか。
けど、家に入るかと言い出せる雰囲気ではなかった。
「それで、その……私と貴方の、契約について、なのだけど」
「ああ……」
それは、曖昧な相槌というか。
少なくとも、忘れていたことを思い出して漏れた声ではなかった。
「よかったな。今まで通りグループにいれてるみたいだし、周りから下に見られることもなくなった。何より久遠自身が楽に自分を出せる。万々歳だ」
「え、ええ。やり方はともかく、貴方のおかげよ。感謝しているわ」
「そりゃもう、契約なんかなくってもいいくらいだろうな」
「え……?」
意地悪なことを言ってるってのは自覚している。
自分が素直じゃないってのも、まあ。
……ああもう、だから分かってるっての。
今の俺は、不貞腐れて拗ねてる子供だ。
「勝手に契約を破ったこと、まだ怒ってるの?」
「べつに」
「それに関しては悪かったと思ってるわ。貴方が善意で助けてくれようとしていたのはわかっていたのに、私が意地張って受け入れなかったのは、本当に」
「だから今更掘り返す気はないっての」
「……彩也くんはもう、嫌?」
「何が?」
「それは……私と、偽恋人の契約を続けることは」
「……」
「……」
「……」
「……あの、彩也くん」
…………。
〜〜〜〜ッ、ああ! くそ!
「前置きはなしだ。今日、今、お前はここに、何をしに来た? それだけ話せ」
つくづく自分が嫌になる。
勝手に契約を破られた仕返しとかじゃなくて。
オタクとして、布教を途中放棄されたことに対する怒りとかじゃなくて。
ただ、単純に。
久遠との時間を楽しいと感じていた、なんて。
それを認めたくなくて、自分から契約を続けようって言いたくないだなんて。
久遠を見る。表情に出すまいとして、きっと今の俺は無愛想なことだろう。
久遠は少し怯えていた。俺が怯えさせてしまっていた。
深呼吸する。堂々と、凛とした吊り目が合う。
「私と、これからも偽恋人の契約を続けてくれないかしら?」
そう、久遠は言ってきた。
「まあ、最初っからそのつもりだ」
「えっ?」
目を見開いた久遠の呆け面に、思わず吹いてしまった。
「ふはっ。あのな、俺が、いつ、契約解消認めるだなんて言った? 俺の布教受けといて途中退場とか、許さないし嫌と言われても逃す気はない」
「でも、だってさっきまで嫌そうにしていたじゃない」
「演技に決まってんだろ。言葉の真偽には鋭いんじゃなかったのか? 聞いてて笑えるぞ」
「なっ、騙していたのね……!」
「俺は嫌とは一言も言ってないぞ」
勘違いした方が悪い。世の中そんなもんだお嬢様よ。
ともかく、これで契約続行だ。
「でも、なんで契約続けようだなんて思ったんだ?」
「中学の頃そうだったように、私がこの姿でいても告白してくる輩はいるもの。
まあ、モッテモテな毒舌キャラを陥とすアニメもあるわけだしな。
「それに、」
「それに?」
「その……」
「……?」
「ほ、他にもアニメのこと、私に教えなさい」
わっちゃっふぁっ?
「おまっ、それってまさか、」
「ち、違うわよ! 中途半端に知ってしまったことをそのままにしたくないだけで、別にハマったとかそういうわけでは……なくは、ないけれど」
素直かお前。
「くはっ」
「なによ……!」
「いや、悪い悪い。理由はなんであれ、俺としては大歓迎だ。まあもしハマってなくても、お前には布教を受けてもらうけどな」
「そ、そう……」
まあ、そういうことにしておいてやろう。
「そういや久遠、足元のそれなんだ?」
家の表札前に置かれた段ボール箱。朝出たときは置いてなかったはずだけど。
「貴方がくる少し前に、家の前で待っていたら、宅配便? という人が来たのよ。貴方の友人だと言ったら、サインでもいいからって受け取ったのだけど」
グッジョブ久遠! 持つべきは毒舌高飛車でもいいからオタクの布教相手だな!
「久遠、これから時間あるか?」
「特に予定はないけれど」
「ならすぐ部屋いくぞ。これで全四巻ワンクール分の円盤が揃ったからな」
それも萌えて切なくて泣ける、青春の全てが詰まった神ラブコメだ。
「すぐって、まさかアニメ見せられるの……?」
「何言ってんだ、見るに決まってるだろ」
俺の部屋にそれ以外の何があると言う?
「今からオタクの重要語句、『萌え』ってものが何か教えてやるよ!」
第一章 完
偽恋人になったら自分を好きにしていいと言われたから毒舌お嬢様をオタクに染め上げる。 文字捨て場の海鼠 @Mofuri_K
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