第10話

 ベアトリクス様と和解? というか、想いを確認し合った後……というのが信じられないし、物凄く照れるのだけれど……!

 と、とにかく! あの後、僕はサラさんのお屋敷に戻ろうとしたのだが、ベアトリクス様に大反対された。

 お屋敷の掃除も途中だしシチューだって残っている。

 でも、これ以上お屋敷に泊まることは駄目だと言われ、自警団に戻るように強く勧められた。

 それに、どうもサラさんと僕との関係を疑っているようだったので、「僕はサラさんのことは意識していません!」と言ったのだが、「ダーリン、それはあたしに効くわー」とサラさんが拗ねただけだった。

 違うんです!

 サラさんに魅力がないんじゃなくて、僕がベアトリクス様以外に興味が湧かないだけなんです! とフォローしたけれど、どんどんサラさんがやさぐれていくだけだった。

「もう好きにして~」と地面に寝転がって手を振るサラさんを残していくわけにはいかないと思ったのだが、マルク様と後から来た騎士様達がフォローしてくれるそうで、僕はベアトリクス様に引きずられるようにして自警団本部に戻ってきた。

 大量のシチューは自警団の人たちに食べて貰おうかと思ったが、サラさんに「やけ食いするから持っていかないで!」と止められたので置いてきた。


「はああああ」


 見慣れた自警団本部の門がいつもよりも大きく威圧的に見える。

 初めて来たときも緊張したけれど、あの時よりも緊張する。

 押しかけて置いて貰うようになったのに、勝手に出てきて……。

 恩知らずにもほどがある。

 本当に合わせる顔がない。


「シリル」


 動き出せないまま門を見上げていると、ベアトリクス様が繋いでいた手にぎゅっと力を込めてきた。


「大丈夫だ。叱られるなら私も一緒だ」


 月夜にベアトリクス様の綺麗な笑みが輝く。

 以前は初対面の人には分からないような表情の変化しかなかったベアトリクス様だが、今は誰が見てもうっとりするような優しい笑みを浮かべている。

 この表情を引き出しているのが僕だと自惚れてもいいのかな。

 思わずデレッとしてしまったけれど、今は気を引き締めないと!


「いえ。僕が悪いので、ちゃんと僕が叱られます」


 ベアトリクス様は何も悪くない。

 ここではしっかりと僕が一人で受け止めなければいけないだろう。


「でも、そばにいてくれたら嬉しいです」

「もちろんだ。何かあれば助太刀する」

「いえ。助けて欲しいんじゃなくて……」


 キリッと顔を引き締めたベアトリクス様には悪いけれど、助けて欲しいわけでも……心強いからいて欲しわけでもない。


「ただそばにいて欲しいだけです」


 えへへと照れながら笑うと、ベアトリクス様の顔が赤くなった。


「しょ、承知した」

「お願いしますね!」


 顔を見合わせて頷くとしっかりと手を繋ぎなおし、自警団の門を二人でくぐった。




 追い出されたらどうしようかと思ったけれど、門番をしていた団員さん達は特に何も言わず笑顔で僕達を通してくれた。

 この時間になると自警団本部も静かになってくる。

 誰もいない廊下が寂しい。

 この時間にみんながいるところといえばあそこだろう。

 僕が唯一役に立てる場所、食堂だ。


 食堂が近づいてくると人の気配や声はしてきたが、いつもと違って大人しい感じがする。

 あまり人はいないのだろうか。

 事件か何かがあって出払っているのだろうか。

 そんなことを考えながら、恐る恐る食堂の扉を開けた。


「失礼しますー……」

「あ、シリル!」


 小声で挨拶したのだが、僕に気づいた団員さんの一人が声をあげた瞬間、食堂にいた人の目が一斉に僕に集中した。

 うわあ、こんなに見られると怖い!

 それに人は少ないのかなと思っていたが、いつもと同じ満席だった。

 どうしてこんなに静かなの!?


「馬鹿シリルー!」


 注目されてどうしたらいいか分からず固まっていると、ナターシャさんに突進されて吹き飛ばされそうになった。

 何とか耐えたけど、かなり痛かったです!

 さすがダンテさんの娘さんだ。


「馬鹿馬鹿! 黙って出て行くなんて! 今度やったら許さないんだから!」

「ご、ごめんなさい」


 ナターシャさんが涙目で掴みかかってきた。

 こんなに怒ってくれるなんて……。

 年上なのにしっかりしていない! と、嫌われているのかと思っていた。


「家出息子が帰ってきたね。おかえり」


 普段は調理場にいるモニカさんも、エプロンで手を拭きながらやって来てくれた。

 まだまだ忙しい時間にごめんなさい。


「モニカさん……いてっ」


 目の前に立ったモニカさんが僕の頭にコツンとゲンコツを落とした。


「家出する時はね、母親には行き場をこっそり教えて行くもんさ。心配するだろう? 今度出て行く時はちゃんと言って行くんだよ」

「もう黙って出て行ったりしません。すみませんでした……」


 周りにいる団員さん達も口々に叱りながら「おかえり」と声をかけてくれる。

 いつの間にかここが僕の帰る場所になっていたんだなあ。

 涙が込み上げてきている僕の前に、一際大きな人が立った。


「ダンテさん……」

「シリル、戻ったか」

「……ごめんなさい」


 ダンテさんは何も言わず大きな手で頭を撫でてくれた。

 やっぱりダンテさんにこうされるのが一番泣けてくる。


「ダンテさん、僕……ここにいていいですか?」

「お前がここを選ぶなら、いくらでもいるといい」

「迷惑ではありませんか?」

「迷惑ならとっくに追い出している」


 本当に?

 俯いていた顔を上げると、ダンテさんが笑顔を見せてくれた。


「お前が出て行く前に言った俺の言葉だがな、お前に荒事が向いていないから出ていけと言っていたんじゃない。お前が強くなりたい、腕っぷしで生きていきたいというならいくらでも鍛えてやったが、お前は食堂にいる時の方が活き活きしていた。だから無理をして鍛えるのではなく、お前の力を生かせる場所をお前の戦いの場とすればいいんじゃないかと言いたかったんだ」

「戦場はいくつもあるからねえ。この食堂――私の戦場では、あんたは主砲さ! それにあんたがいない食堂はむさ苦しい上に葬式みたいに辛気臭くてねえ」


 頬に手を当て、ため息をつくモニカさんに「癒しがないと食が進まん!」と団員さん達から抗議があがったけれど、「だったら食うな!!!!」と叱られれみんな黙った。

 い、癒し?

 あ、子供と離れてここで暮らしている人も多いから、自分の子供と僕の姿を重ねていたのかな?

 もしくは動き回るおもちゃや小動物的な感じで見られていたのだろう。


「うぐっ!?」


 考えている僕の背中に衝撃が走ったと思ったら、またナターシャさんからの攻撃だった。

 今度は背中に肘打ちだ。


「馬鹿シリル! 悩んでいたのなら相談くらいしてよね! 仲間で家族でしょ! それにまだ大事な言葉を聞いていないけど?」

「ごめんなさい?」

「それは何回も聞いてる!」

「うぐっ」


 ナターシャさん、ヘッドロックはやめよう!?

 ベアトリクス様も今は見守るだけじゃなくて助けてくれてもいいですよ!?

 なんとかナターシャさんの腕から逃れたけれど、僕は一瞬意識が遠くへ旅立った気がしたよ……。

 へろへろになっている僕をナターシャさんは睨んでいるが、周りのみんなは何故か微笑まし気に見守っている。


「みんな『おかえり』って言っているでしょ!」

「あ」


 そ、そうか……。

 申し訳ない気持ちばかりで、大事なことを言えてなかった。

 こうやって注目されながら改めて言うのは照れるけど……。


「ただいま!」


 ダンテさんだけじゃなく団員さん達にも頭を撫でられて揉みくちゃになっている途中、ベアトリクス様と目が合った。

 にこりと微笑んでくれたから僕も笑顔を返した。

 僕って幸せだなあ。


「……ところで」

「?」


 ナターシャさんが腕を組んで仁王立ちした瞬間、周りの団員さん達の動きが止まった。

 僕もなんだろうと彼女を見て停止した。

 物凄く目が合っているけど……目が冷たいけれど……僕、何かしました?


「どうしてあの人と手を繋いでたの?」


 ナターシャンが「あの人」と言って指さしたのはもちろんベアトリクス様で――。


「え!? それは……」


 手を繋いでいたのを見られていたのかと思った瞬間、僕の顔の熱が瞬時に上がった。

 ベアトリクス様にも僕と同じ現象が起こったようで、誤魔化すためか顔をそらして窓の向こうを見ている。

 耳が真っ赤だからバレバレなんだけどね……。


「え……どういうこと?」

「えっとー……」


 どう説明したらいいだろう。

 両想いでした! と一言言えばいいだけなのかもしれないが、照れてしまって何も言えない。


「シリル! お。お前……おれ達が心配している間に大人の階段登ったりしてたのか!?」

「どういうことだよ! 詳しく、事細かに詳しく聞かせろ!」

「食ったんならさっさと部屋に戻りな!!!!」


 団員さん達がやたら興奮した様子で騒ぎ出したけれど、モニカさんに雷を落とされて散っていった。

 あのテンション、なんだったのだろう……。


「全く、静かに食事出来ないわね」

「? え、サラさん!?」


 端にあるテーブルからこの数日で聞き馴染んだ声が聞こえてきたと思ったら、サラさんが優雅に座ってシチューを食べていた。

 どうしてここに?

 シチューは持ってきたのか?


 食堂の扉を見ると、口を「すまん」と動かしているマルク様がいた。

 あと見覚えのある……あの感じが悪かった騎士様が、物凄く疲れた様子で座り込んでいた。

 な、何があったんだ?

 なんだかサラさんに怯えているようにも見えるけど!?


「あたし、気が付いたの」

「え?」

「シリルが出て行っても、あたしが自警団本部に行ったらシリルのご飯が食べられるじゃん! って。だからたまに泊りに来るね」

「ここは宿ではないのですが!」


 ずいっと前に出たナターシャさんに、サラさんが小袋を投げた。


「それ、宿泊費」

「どうぞお好きなだけお泊りください」


 小袋の中身を確認したナターシャさんが瞬時に丁寧な対応になった。

 中には結構な額のお金が入っていたようだ。

 ナターシャさんがサラさんに買収されてしまった!

 自警団は食費だけでもかなりかかるので貧乏だ。

 モニカさんと一緒に経理をしているナターシャさんはいつも資金不足を嘆いていたからあっさり落ちてしまった。


「どういうつもりだ」


 終始穏やかに見守ってくれていたベアトリクス様が纏っていた空気が、突如威圧的なものに変わった。

 相変わらず魔法のように上品な食べ方で凄い量を流し込んでいくサラさんに魔物を始末する時の様な目を向けている。

 もぐもぐと食べていたサラさんはどこから出してきたのか、自警団にはないナプキンで口を拭くと一休みし……叫んだ。


「だってシリルのご飯、美味しいんだもの!! シリルの体はあげたんだから、ご飯くらい食べさせて貰ってもいいでしょうが!!!!」


 こ、声が大きい、耳が痛いよ!

 本部中に響き渡るような大声だ。


「何を言う! シリルのかっ、か、体を貰ったなどと!」

「サラさん言い方ー!」


 そしてまた悪意のある言い回しがひどい!


 このサラさんの大声はやはり広範囲に届いていたようで……。

 僕はしばらく団員さんたちに、サラさんとベアトリクス様との間に何があったのだ!? と勘繰られることになったのだった。






 それから数日後。


 王都では盛大なパレードが行われ、勇者様一行が旅立って行った。

 騎士団も自警団も当日は忙しく、完全に食堂の担当になった僕まで街まで手伝いに駆り出された。


 自警団に戻り、食堂の仕事も終えた頃には時計の針は一番高いところをとっくに過ぎ、二回りほどしたあとだった。


「シリル」


 部屋に戻ろうと廊下を歩いていると呼び止めれた。

 この声は……!


「ベアトリクス様?」


 ベアトリクスも忙しいだろうと思っていたから、起きていることは不思議ではないけれど……どうしてここに?


「夜中にすまない。どうしても君と話したくなった」


 好きな人にそんなことを言われて喜ばない人はいないと思う。

 僕は今日の疲れが吹っ飛ぶくらい嬉しくなった。


「少し歩こう」

「はい」


 進んでいくベアトリクス様のあとを追う。

 ベアトリクス様は自警団から出ると、近くの高台へと足を向けた。

 この辺りは民家もないし、自警団の人達も休んでいるから誰もいない。

 静かで真っ暗だ。

 月と星がとても輝いて見える。


「もう少し登る」

「あ、はい」


 この先には何もないはずだけれど……。

 段々急な斜面になってきた。

 まだ登るのかな?

 疑問に思いつつも大人しくついて行った。


「着いた。ここだ。……見てくれ」


 ベアトリクス様は涼しい顔をしているが、僕は息が上がっている。

 ちょっと待って!

 深呼吸をしてから、ベアトリクス様の元に行く。

 言われた通りの方を見たら……。


「わあ……、ここから王都が見渡せるんですね!」


 眼下に広がるのは王都の夜景だった。

 パレードがあったからか、こんな時間でも明かりがついているところが多い。

 一際眩しく光っている場所は花街かな。

 一番壮観なのは、暗闇の中でも浮かび上がって見える美しい城だ。


 ベアトリクス様率いる王都騎士団と、ダンテさん率いる自警団がこの場所を……ここに住む人達を守っている。

 本当に凄いことだ。


「勇者の力は素晴らしい。だが、彼が守るのは世界だ。魔王を倒すのが彼の使命だ。そしてこの王都を守るのが、私の使命だ」


 王都を見下ろしながらそう話すベアトリクス様の横顔は綺麗で格好良い。

 思わず見惚れてしまう。

 僕は剣を持って一緒に戦うことは出来ないけれど、ベアトリクス様が思うがままに突き進めるように支えていきたい。


「シリル。君に要請がある」

「要請、ですか」

「そうだ」

「なんでしょう?」

「これを伝えたくてここまで来て貰った」

「はい」

「君は分かっていると思うが、私は言葉にするのが得意ではない」


 何を言われるのだろうとドキドキするけれど、ベアトリクス様の方が緊張しているように見える。


「…………」


 中々切り出してくれないけれど、ベアトリクス様が話し出すのを静かに待った。


「私にとって君は……」

「……はい」

「君の存在は、不可欠だ。君がいないと私は情緒が安定しない。生活がままならない。だから……生涯私に寄り添って欲しい。私を支えて欲しい」

「ベアトリクス様……」


 要請って言っているけれど、まるでプロポーズだ。

 でも……それもなんだかベアトリクス様らしい。

 僕の返事はもちろん。


「その要請、お受けします」


 要請がなかったら、僕から申請していましたよ。

 ベアトリクス様。











 ※あとがき※

 短い間でしたが、本編は完結です。お付き合いくださりありがとうございました。

 元々自粛期間中の読書のお供の短編として書き始めたのですが、今頃になってしまいました。

 もっと掘り下げたいところも多々あるのですが、短編にすると決めていたので駆け足になってしまいました。

 美味しいところだけギュッとした感じの濃縮仕様ということで……。

 他作品が落ち着いたらサラさんについてや、また捜索されているエピソードなんかを書こうかなと思いますが、今のところは完結としておきます。

 それでは、読んでくださりありがとうございました!


 勇者が気になってくださった方は、お時間がありましたら『多分僕が勇者だけど彼女が怖いから黙っていようと思う』の方も読んで頂けると嬉しいです。

 書籍版ではなく、web版の方と繋がっています。

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高嶺の女騎士様にフラれて去った僕は何故か騎士団に捜索されています 花果唯 @ohana

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