第59話 三度目の正直なるか?


「お見合い期間は3ヶ月しかないから、行動しなきゃもったいないわよ?」



私が入会した結婚相談所の活動期間は3ヶ月しかない。

3ヶ月なんてあっという間だし、そんな短期間で結果が出せるとは思えない。

正直入会したことにほんの少し後悔しはじめていた。

前回のお見合い相手に説教されたことで軽く精神的にダメージを受けてしまい、次に進めなくなっていた。

2回目のお見合いが終わって3週間がすぎたころ、永沢ナガサワ藤子フジコに行動しなければもったいないと言われてしまったのだ。



「私…今まで非正規でしか働いたことなくて、今だってパート勤務なんです。こんな自分が結婚できるのか自信なくて…」



高学歴高収入の永沢ナガサワ藤子フジコにはわからないだろうな…。

そう思っても口にできなかったが、私の本音を見透かしたかのように永沢ナガサワ藤子フジコは自分のことを話してくれた。



「なにを求めるかは人それぞれだと思うのよね…私って自分で言うのもなんだけど、高学歴で収入もそれなりだけどね、それを敬遠する男の人は少なくなかったわよ?君は一人でもやっていけそうだと、何度断られたかわからないわ」



先日のお見合いの後に梅宮ウメミヤさんが『自分より収入多い女性を避ける』と言ってたことを思い出す。



——やっぱあれは永沢ナガサワさんのことだったんだな——



「そういう人たちって、正社員でそれなりに稼ぎあっても自分より収入低いのがいいんでしょうね。男女問わず相手に求めるものが多すぎてしまうと、それだけ縁が遠くなるものなのにね…最低限これだけは譲れない条件だけ取っておいて、あとは目をつぶるしかないのよね」



最低限の条件かぁ…。

私にとってそれは何なんだろう?

とりあえず気が進まなかったのだけど、

今度の土曜日に3人目とお見合いをすることになった。


次のお相手は、大手自動車メーカーで経理の仕事をしている男性で、私よりひとつ年下だった。

名前は、平戸ヒラト哲也テツヤ、趣味は美術館巡りにカフェ巡りで、真面目そうな印象だった。



——誰かに似ているなと思ったら、俳優の松尾マツオサトルかな?——



一回目や2回目の人たちと違い、初対面のホテル内カフェのお見合いは好感触でもう一度会うこととなり、仮交際が成立した。



——永沢ナガサワさんのいうとおり、思い切って行動しといて良かった——



今度こそうまくいくかもしれない。

相手の休みに合わせ、お見合い一週間後の土曜日に会うことになったのだ。

行き先は平戸ヒラト氏の知人の画家の個展で、その後で彼推薦の紅茶専門カフェへ行くことになっていた。



——おかしくないかな——



私は全身がうつる鏡で自分のコーディネートをチェックした。


オフホワイトのタートルネックセーターにボトムはネイビーのフロントボタンのロングスカート、そしてアウターは淡いグレーのショートダッフルコートだ。


デートらしいデートなんて、いつぶりだろう?


待ち合わせ場所の都内の駅の改札口へ向かうと、すでに平戸ヒラト氏が待っていた。


ダークブラウンのコートに真ん中に黒い折り目のついたズボンで、イケメンではないもののとても知的な印象を受けた。



「すみません、お待たせしました」



待ち合わせ時間には遅れてなかったけれど、

一応は詫びる。



「いえ、私も来たばかりですから」



画廊は駅からそう遠くはない場所にあった。



「これ、チケットです」



中へ入る前に細長いチケットを手渡される。



「ありがとうございます」



こうしてチケットまで手配してくれる男性って、いいな…。


展示されていたのは油絵で、大半が静物画だった。

私は絵のことは全くわからないのだけど、なんとなく好むのは風景画だったため、花瓶にいけられた花やテーブルの上のフルーツばかりが描かれた作品を見るのは、少しばかり退屈だった。



——どうしよう…やっぱりじっくり見なきゃなんないのかな?——



平戸ヒラト氏はひとつひとつの作品をじっくり眺めていて、絵によってはメガネを上に上げて顔を近づけたりしていた。

そんな姿を目にしたら、ゆっくり見なければならないものなのかと思う。


展示数はそんなに多くはなかったのに、かれこれ2時間近くはいた気がする。



泉原イズミハラさんは今日いらっしゃはないのですか?」



帰り際に平戸ヒラト氏は受け付けの女性に訊いていた。



「はい、今日は来る予定がないそうです」

「そうか、残念…やはり事前に連絡すべきだったかな」



平戸ヒラト氏は残念そうだったけど、人見知りな私は安堵する。


個展を出た後、平戸ヒラト氏オススメの紅茶専門カフェへ向かう。



「いらっしゃいませ」



若い男性店員が出迎えてくれる。



「予約していた平戸ヒラトです」

平戸ヒラト様、2名さまですね、お待ちしておりました」



店内奥の窓際の良い席に案内される。

メニューを見て驚いたのは、紅茶の種類がたくさんあったことだった。



——どうしよう…ミルクティーは好きでも、茶葉の種類までわからないよ…——



一般的によく耳にするダージリン・セイロン・アッサム・アールグレイしか知らなくて、

しかもそれぞれのちがいがわからなかった。



「お勧めはこちらのクリームティーセットですよ」



平戸ヒラト氏が見せてくれたメニューには、美味しそうなスコーンのセットの写真が載っていた。



「じゃあ、それにします」



セットメニューだと紅茶の種類が決まっているようで、ストレート・レモンティー・ミルクティー・ロイヤルミルクティーと選べたので、

ロイヤルミルクティーを選んだ。



「いかがでした?今日の個展は?」



いきなり感想を訊かれ、どう答えてよいのかわからなくて返答に困る。



「素敵な絵だと思います、色使いも華やかで」



なんて表現が貧困なのだろうと、我ながら悲しくなる。

けれどもそれ以上の感想を抱けなかったから、しかたがない。



「私の大学時代の先輩だった人の個展なんですよ、彼は昔から素晴らしい絵を描く人で、力強い描写タッチに大胆な色使いが好評で…」



その後色々と絵についてのうんちくを熱っぽく語ってくれたのだが、さっぱり理解できずひたすらにこやかに相槌を打つしかなかった。



——どうしよう、私アホみたい…——



早くクリームティーセットきてくれないかなぁ?


「お待たせしました、クリームティーセットです。ストレートティーのお客様」



平戸ヒラト氏はストレートティーを注文したのね…。

高そうなティーポットが目の前に置かれ、その上からカバーがかけられた。



——わぁ、ポットカバーかけられてるのを生で見るの初めて!——



私はひそかに感動する。

残念ながら私がオーダーしたロイヤルミルクティーはポットではなかったけれど、温かい紅茶にホイップ状のものがふんわり乗っていてとても美味しそうだった。



「ここの紅茶はすごいんですよ」



平戸ヒラト氏、今度は紅茶について熱く語りはじめた。



「アールグレイティーがラプサンスーチョンから作られていて、ラプサンスーチョン自体が松脂で香りづけされてるためか正露丸を連想する日本人が多くて受けがよくないのですが、ここのはフレーバー具合が絶妙で、飲みやすいんですよ」



なんだかさっぱり訳わからないけれど、平戸ヒラト氏の博識さには感心してしまうばかり。

茶葉に関するうんちくはその後も続いて私的には楽しかったのだけど、翌日にはお断りの連絡がきて、かなり落ち込んだ。



——好感触だと思ったのに、なにがいけなかったのだろう?——



なんだか泣きたい。

素敵な紅茶専門カフェに連れて行ってもらい、スコーンも紅茶もすごくおいしかったのに…。


思い当たることがあることがあるとすれば、平戸ヒラト氏の話題に対し頷くばかりであまり言葉を返していなかったことで、咄嗟に気の利いた話ができない自分をつくづく嫌になってしまった。



——どうしよう、12月いっぱいで婚活期間終わっちゃう!申し込みしてきた残り6人全員とは会えないかも…——



断られたこともショックだったけれど、相談所により決められた婚活期間の期限がそんなにないことに気づき、衝撃を受けた。

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婚活、はじめました。 帆高亜希 @Azul-spring

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