第58話 婚活相手になぜか説教される!?

佐和子サワコがコロナに感染したことで、社内は軽くパニックになった。



「どうしよう、あたし濃厚接触者かな?」



栗木クリキカエデが一番パニクっていたけれど、抗原検査もPCR検査も陰性で、濃厚というほどの接触もしていなかった、との事…。



「そーいって仕事休みたいんでしょう?」



こんなこというのは同じインフォメーション嬢の松井マツイ芹香セリカだった。



「こら、意地悪言わないの!」



たしなめたのは、三笠ミカサ真紀子マキコ



真紀子マキコさんてば、またインフォメできんのが嬉しいんでしょー」



松井マツイ芹香セリカは時たま辛口だ。

それでも三笠ミカサ真紀子マキコはそんな言葉にも腹を立てずに、



「うん、張り切ってるよー!」



明るく答える。



三笠ミカサ真紀子マキコがインフォメーションへ出向いたため、コールセンターが手薄となる。



——まさか私にお鉢が回ってこないよね?——



心配してしまったが、それは杞憂だった。

驚いたことに、永沢ナガサワ藤子フジコがインフォメーションの手伝いとして出向くことになった。

彼女の万能さに驚いていると、



「やっぱりねぇ、彼女、もしも一生結婚できなかったことのこと考えて、色々キャリア積んでいたからねぇ」



小畑オバタ一美カズミのこのひとことで、私は急に先行きが不安になった。

本格的に相談所に入って婚活始めたけれど、縁がなかったらどうしよう…。

自分にはこれといったキャリアもないし、これから先一人で生きていく自信はなかった。

今の勤務先ビルだって、老朽化によりもうじき建て替えだ。

社員ではないから、建て替え期間中は給料が出ない。

リニューアル後に雇用してくれるとは限らない。



——転職活動もしなくちゃな…——



急に憂鬱になる。

今日もいつもと変わらず仕事を終えたが、

この後一件お見合いが入っていた。



——やだなぁ…——



緊張のあまり、またお腹が痛くなる。

今日のお相手は、自分より3つ年上の介護福祉士だ。

お見合い写真のお相手はかなりの巨体に見え正直タイプではなかったのだけど、とりあえず会ってみることにしたのだ。


前回とは違うホテル内のカフェでのお見合い、今回は違うスタッフが立ちあってくれた。



「お疲れ様です」



明るく挨拶してくれたのは、マネージャーの梅宮ウメミヤさん、30代くらいの明るくてきれいな女性ひとだった。



「よろしくお願いします」



お相手はすでに店内で待っているという。

私は緊張しながら梅宮ウメミヤさんの後をついて行った。

店内奥にずんずん入って行くと、太った男性と見るからにやり手そうな年配の女性が座って待っていた。



「こんばんは」



梅宮ウメミヤさんが明るく挨拶をすると、



「遅いじゃないか、こっちは10分も待ってたんだぞ?」



男性がいきなり文句を言ったのでびっくりした。



「いえ、こちらが早くきてしまったんで、気になさらないでください!」



あちら側の相談員さんがすかさずフォローをしてくれたが、お相手の男性の物言いに期待できない気がした。



お相手の名前は大垣オオガキ敦也アツヤ、結婚歴はない。

趣味は食べ歩きで気が合いそうではあったのだけど、先程のひとことでなんだかあまり一緒に食事はしたくない気がする。



注文はとりあえず私はミルクティー、お相手の大垣オオガキ氏はレモンスカッシュ、相談員さんらはホットコーヒーだった。



「たかだかレモンスカッシュに2000円もするのかよ」



メニューを見ているときの大垣オオガキ氏のこのひとことに、軽くドン引きする。

確かに高いけれど、今ここでそんなこと言わなくていいのに…。



「そんなこと言わないの」



相談員さんはたしなめるも、高いもんは高い、ぼったくりだと、やたらブツブツと文句を垂れ続ける。


飲み物が運ばれてきても、なんだか空気は気まずいままだった。

梅宮ウメミヤさんが一生懸命場を盛り上げてくれても、大垣オオガキ氏にすぐさま否定されてしまう感じで、話が続かない。

元々初対面の人と話すのが得意ではない私は、口をつぐんでしまう。



宮坂ミヤサカさん」



突然、大垣オオガキ氏に話しかけられる、



「はいっ」



私の声は上ずる。




「あんたさっきから黙ったまんま、貝ですか?」



突然おかしなことを言われてしまったので、

唖然としてしまってますます言葉が出ない。

貝って…。



「こら!失礼なこと言わないの!ごめんなさいねぇ、宮坂ミヤサカさん」



あちらの相談員さん、再び大垣オオガキ氏をたしなめ、私に謝る。



「はぁ…」



なんと返して良いやら…。

梅宮ウメミヤさん表情かおには出さないけれど、相手の態度に引いてそうな感じだった。



「いや、僕はヒトと結婚したいんですよ?なにも反応してくれないんじゃ、困るんですよー!」



うっ、痛いとこ突かれちゃった…。



宮坂ミヤサカさん、初対面だと緊張しちゃうんですよ、慣れれば問題なく会話成立しますよ〜」



梅宮ウメミヤさん、フォローを入れてくれた。

でも、相手からこんな言い方されたら、ますます話せなくなってしまう。

せっかく梅宮ウメミヤさんがフォローしてくれたけど、話をしたいと思えなくなってきていた。



宮坂ミヤサカさん、あなたパート勤務だって話ですけど、ちゃんと将来考えているんですか?男に養ってもらう気満々ですよね?自分は介護福祉士で高給取りではないから、相手も正社員並みに稼いでくれる人でないと困るんですよね」



なんで初対面の人にここまで言われなきゃならないんだろう!

しかもお見合い申し込みしてきたのは相手だったので、なんだか物凄く腹が立ってきた。



「あ、あのっ、私のほうからお見合い申し込んだのならまだしも、そちらからでしたよね?申し込みするときに私の釣り書きを見なかったんですか?ちゃんとパート勤務であること記載されてたはずですが?」



私にしては珍しく思い切った発言をした、声がうわずってしまったけれど、言わずにはいられなかった。



大垣オオガキさん!いい加減にしなさい!なんでまたお見合い相手にそういうこと言うんです!」



相手方の相談員さんが大垣オオガキ氏を叱る、『なんでまた』という発言からすると、過去にもあったのだろうな…。



「あの〜」




ここで梅宮ウメミヤさんが言葉をはさんだ。



宮坂ミヤサカも言ったように、今回のお見合いはそちらからの申し込みで、当然結婚を視野に入れている訳ですから事前に釣り書きを見たはずですけど、どういうことなんでしょうか?」



言い方はとても丁寧で表情にも出してはいないが、もしかしたらかなり怒っていそうな気がした。



「ぼかぁね、世の中の甘ったれた女が大嫌いなんですよ、だから素直そうな女性見ると直してもらいたくなるんですよ」



なんだ、偉そうに…。

私のこと素直そうに見えたというよりおとなしそうに見えたんだろうな、なんかそれに気づいてしまうとますます怒りが込み上げてきた。



大垣オオガキさん、それはダメだと言ったでしょう?全くアドバイス聞いてくれないんだからぁ」



相談員さんは見るからにやり手なベテランさんに見えたけれど、さすがに手こずっているようだ。



「あの、最初から正社員の女性を選んだらよろしかったのではないでしょうか?」



またもや梅宮ウメミヤさんの発言。



「正社員の女どもはだいたい生意気で、こっちが介護福祉士だと見下すからな」



大垣オオガキ氏、憮然としてこたえる。



——介護福祉士だから、というより本人の問題では?——



場の空気がかなり悪くなってきてる、まだ前回お見合いした潔癖症のほうがマシな気がしてきた。



「この話、なかったことにしましょう!」



ここで突然、梅宮ウメミヤさんが立ち上がった。



「申し訳ありません、ここのお会計はこちらでもちます」



相手方の相談員さんは申し訳なさそうに深々とお辞儀する。


「なんだよ、今度もダメかよ」



この人こんな調子じゃ一生結婚できないだろうな…。

私も席を立ち、梅宮ウメミヤさんに続いてカフェを出た。

なんだかものすごーく不愉快だった。


「申し訳ないですっ」



ホテルを出ると梅宮ウメミヤさんが深々とお辞儀し詫びる。



「いえ、梅宮ウメミヤさんが謝ることじゃないです」



本当にそう思う、たまたま当たりが悪かったんだ。



「あの、なんか美味しいケーキでも食べに行きませんか?お詫びになにかご馳走しますから」



スイーツに目がない私は快諾した、気分悪いまま帰宅したくないのは、私も同じ気持ちだったので提案に乗った。



連れて行かれたのは個人経営の老舗っぽい喫茶店だった、まさにカフェと呼ぶより喫茶店と呼びたくなるような佇まいだった。


店内は自分たち以外に一組いるだけだった。



「いらっしゃいませ、お好きな席どうぞ」



感じのよい年配の夫婦ににこやかに対応される。



——こんな感じの夫婦いいな——



年を重ねても仲良くいられる夫婦が理想だ、

今まで婚活で出会ってきた人たちだと、こうはいかない気がする。



梅宮ウメミヤさんも私もホットケーキとミルクティーのセットを注文する、最近はパンケーキブームの陰でホットケーキの存在が目立たなくなってきているので、老舗喫茶店の味が楽しみだ。



「びっくりしましたね〜、これまでクセの強い方に遭遇したことはありましたけど、初対面のお見合い相手に対し攻撃的な人は初めてです」



「そうなんですか」



「おふじちゃんがお見合いしてきた人たちもなかなかでしたけどね〜」



「おふじちゃん?」



「あ、ごめんなさいね、永沢ナガサワさんのこと、彼女とは織本オリモト先生の占い講座の同期なんですよー」



「そうなんですか」



それは知らなかった。



「なんかごめんなさいね、おかしな人紹介してしまって」



「いえ、いいんです」



梅宮ウメミヤさんが謝ることではないのに…。



「一応お相手がどんな感じなのか、厳選しているつもりなんですけどね、会ってみなければわからない部分あるんですよ〜!それにしたって、あんまりでしたね」



今ひとつ、どういった仕組みなのかよく把握しきれてないので、相談所側には落ち度がない気がする。

ましてや同じ相談所内同士のお見合いではないから、梅宮ウメミヤさんはなにも悪くないと思う。



「なんだかあちらさん、ああいう人だとわかってたっぽいですねー」



私もそう思う。

もしかしてこういう場合、相手方の相談所にクレームでも入れるんだろうか?



「ほんとにあんまりですよね、わざわざ正社員ではない女性選ぶなんて、悪質すぎます!」



梅宮ウメミヤさん、やや怒り気味。

確かに初対面なのにひどいこと言われちゃったが、いい年をして結婚もしてなければ一人で生きていけるほど稼いでるとは言えないのは事実なんで、少し落ち込んでしまう。



「やっぱりアラフォーにもなって、独身で彼氏いなくて仕事も非正規なのって、ダメなんですね…」



思わずつぶやいてしまう。



「気にすることないですよ、今日のは相手が悪すぎました」



梅宮ウメミヤさん、フォローはしてくれたけれど…。



「私が今勤めてる商業ビルって、来年3月には閉館してしまうんです」



色々不安がたまっていた上に追いうちをかけるかのように婚活相手に気にしてたことを突かれたので、思わず梅宮ウメミヤさんに不安を吐露する。



「そういえばそうでしたね、おふじちゃんからも聞いてます」



「今日コールセンターに空きが出て、永沢ナガサワさんが急遽入ったんですよ」



「あら、永沢ナガサワさんがコールセンター?」



「そうなんです、あの人私が入職したときは経理だったんですが、いつのまにか人事に移動していて、なんだか彼女ってオールマイティだなぁって」



永沢ナガサワさんみたいな優秀な人は、

自分なんかと違いどこでもやっていけそうで、私には眩しい存在だった。



「今日お会いした人は極端なのかもしれませんが、今時の婚活は正社員として働いている女性のほうが人気があると耳にもしているので、この先結婚できるのかどうか不安で…」



婚活はじめてから私なりに情報を収集してきて、昔みたく専業主婦を希望する女性より働く女性のが今時は人気だというのをよく知っていて、パートといえど一応は働いてはいるから大丈夫かな?と思ってたけど、やっぱり甘いのかもしれないと今回痛烈に感じている。



「そうですねえ、確かにそれなりに安定した収入のある女性が人気なのは事実ですけど、男性とはなかなか求めるものが大きくて、自分より収入の多い女性を避ける傾向にもあるのですよ」



梅宮ウメミヤさんのこの話に私は絶句した。



——なにそれ!——



「現にうちの会員さんでもそれで婚活苦労していた方もいらっしゃいましたし」



梅宮ウメミヤさんは誰とは名指しはしなかったのだけど、それはなんとなく永沢ナガサワ藤子フジコのような気がしてきた。



「こういうのもご縁ですから」



梅宮ウメミヤさんがこう言い終えたタイミングでホットケーキが運ばれてきた。



「お待たせしました」



「わぁ、おいしそう!」



黄金色にまん丸くふっくら焼けたホットケーキを見た私、思わず感嘆した。



「さ、美味しいもの食べてイヤなことは忘れちゃいましょう!いま宮坂ミヤサカさんは結婚の流れがきてますから、きっとご縁はありますよ」



このひとことと美味しいホットケーキのおかげで、しばらく頑張れる気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る