第56話 お昼休憩時に

初めてのお見合い相手の前橋マエバシ利次トシツグ氏、こちらからお断りする前にあちらからお断りの連絡がきた。



宮坂ミヤサカさん、申し訳ないです。加藤がしっかりフォローできなかったようで」



織本オリモトさんには謝られてしまった。

通常は、あのような状態で仲介者が帰ってしまうのは、あってはならないことなのかな?

断られた理由は、告げられない。

ただ、あれだけ潔癖だったら、私のこと不衛生な女だと思ったんだろうな。

もしかしたら普通の女性だったら怒るところなのかもしれない、妙に潔癖症すぎる男性なんてこちらから願い下げ、と思う人がほとんどだと思うので。


自分から断るのが苦手な私からすればホッとしたのだけど、なんだか『断られた』ということ自体は少し落ち込む。



「落ち込むことないって、ご縁がなかっただけよ」



永沢ナガサワ藤子フジコは慰めてくれたのだけれど、なんとなく自分自身全てを否定されたような気がしていた。



「話聞く限りだと、その人は殆どの女性をお断りしていると思うよ?自分と同等かそれ以上の潔癖症さんに出逢わない限りね」



そうなのかもしれない。



「なにか面白そうな話してるじゃなーい!」



突然後ろから声をかけられる、振り向けば小畑オバタ一美カズミだった。

今はお昼休憩時間、ここは勤務先ビル内にある休憩所なので、不特定多数の人が集まる。



「久し振りね、これからお昼休み?」



小畑オバタ一美カズミと同期である永沢ナガサワ藤子フジコは、気安く応える。



「そうなの!ミドリちゃんがとうとう本格的に婚活はじめたって聞いて、気にはなっていたのよねー」



そう言って小畑オバタ一美カズミは私の向かい側の空いている席に座った。

婚活自体は去年からはじめてはいたのだけど、紹介所のようなとこに入会したのは最近だ。



最近いつもの女子会メンバーで集まってはいないが、こうしてお昼休憩時にかぶったときに報告はしていた。



「私、初めてのお見合い断られちゃいました」




極力明るく振る舞って、伝えたつもり。



ミドリちゃんのことだから、相手に非があっても落ち込んでいるんじゃないの?」



うっ、よくわかっている…。



「はい…」



私は素直に認めた。



「どんな人だったの?」



小畑オバタ一美カズミは興味津々だ。



「とても潔癖症な方でした、カフェのテーブルからメニューまでウェットティッシュで拭きまくりで、話題はこれまでお見合い断ってきた女性についてが中心でした」



私はありのまま話した。



「うわ、それはないわー!」



小畑オバタ一美カズミはドン引き、

そして



「次の方にご縁があるといいわね」



慰めてくれた。



「大丈夫よ、宮坂ミヤサカさん、占術ではちゃんと結婚の時期きてるから、行動を起こせば結果は出てくるよ」



永沢ナガサワ藤子フジコがさらに慰めてくれたのだけど、



「ねぇ、藤子フジコちゃん…最近あなた占いに凝っているようだけど、大丈夫なの?」



小畑オバタ一美カズミは心配そうに永沢ナガサワ藤子フジコを見つめる。



「大丈夫心配しないで、壺売りつけるとかそんなことしない先生だから」



壺って…。

世間の占いに対する評価はざっくり二分にわかれると思う。

永沢ナガサワ藤子フジコや私のように肯定的な人もいれば、否定的な人もいる。

占いと称し、わけのわからない壺やグッズを破格の値段で売りつけ暴利を貪っている話を私でさえこれまで何度か耳にしてきているので、

情報魔の小畑オバタ一美カズミが心配するのは無理もない。



「いやさぁ、壺じゃなくてもね、ここ数年あなたパワーストーンのブレスレットつけてるじゃない?あんなにアクセサリーつけない人だったのにさ、そのブレスレットでめちゃ金取られてない?」



言われてみれば、永沢ナガサワ藤子フジコは左腕にパワーストーンのブレスレットを常に身につけている。

石の名前はわからないけれど、ピンクと紫と水色の組み合わせで綺麗だなと思っていたのだけれど…。



「ああ、これね!そんな高い値段は取られなかったわよ?これを身につければご利益が必ずあります、なんて売りつけられた訳じゃないし、私自身がこのデザイン気に入ってるし」



「そんな高くないとか言うけどさ、大丈夫かな、うん十万とか取られてんじゃないの?」



小畑オバタ一美カズミは、なおも心配そう。



「あはは!そんなしないってば!」



永沢ナガサワ藤子フジコは笑い飛ばす。



「まぁね、藤子フジコちゃんがが幸せならそれでいいんだけどさ、昔よく当たるとかいう占い師にみてもらったとき、あなたは絶対に結婚できませんって言われてたから、今回はできますと言われて本当に結婚できちゃったから、信じ込むのは当然よね」



小畑オバタ一美カズミはまだ疑わしげだ。



「おい、お前ら三密だぞ?」



ここで井澤イザワ部長に声をかけられる。

そういえばコロナ禍がはじまったばかりのころ、3つの密を避けましょう、とかいわれてたなと思い出す。



「ハハハ、ちょうど3人だしね!井澤イザワくん、相変わらずね」



永沢ナガサワ藤子フジコが気軽に応えたから驚いたけど、考えてみれば年齢的に変わらないのと彼女自身も役職に就いているから問題ないのかもしれない。



「いや、笑ってはいられないんだ、さっき清川キヨカワから陽性になったと連絡を受けたばかりだ」



清川キヨカワって…、やだ!佐和子サワコ!?」



小畑オバタ一美カズミが驚きの声をあげる。



「そう、清川キヨカワ佐和子サワコだ。やっとインフォメーションに戻れたのに、また三笠ミカサにお願いしなきゃならんな」



とうとう女子会メンバーのうちの一人がコロナに感染した、佐和子サワコは私の婚活仲間でもあるから心配はなおさらだ。



——あとでラインしてみよう——



このラインで、佐和子サワコの婚活がかなりの波乱を迎えているのを知ることになるとは、このとき想像もつかなかった。

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婚活、はじめました。 帆高亜希 @Azul-spring

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