第55話 初めてのお見合い

とうとう初めてのお見合いの日がやってきてしまった。

事前に織本オリモトさんをはじめとするスタッフの方々から様々なレクチャーやフォローがあり、なんとかここまで漕ぎ着けられた。



待ち合わせは、現地である都内にあるホテルのティールームの入り口だった。



「おはようございます」



現地に着くと、付き添いをしてくれるスタッフの女性がにこやかに出迎えてくれた。

事前にzoomというweb会議でお会いしていたが、実際に会うのは初めてだった。



「お、おはようございます」



第一声、声が少しうわずってしまった。



世話役は加藤さんといって、多分私より若い30代くらいの女性だ。




——どうしよう…なんか、お腹痛い気がする…——


昔から緊張するとお腹が痛くなるタイプだ。


これから会う相手は、クチコミサイトを運営している会社勤めの男性で、年齢は私と同い年で結婚歴のない人だった。

申し込みが来たとき、真っ先に気になってしまったのが、お相手の結婚できなかった理由だった。

自分だって人のこと言えないんだけど、やっぱり気になるものは気になる。

プロフィール写真での見た目は痩せていそうな感じ、メガネをかけていて決してイケメンではなかったが、かと言って不細工でもなかった。

収入もそこそこあって趣味は食べ歩きに旅行と無難で、全く女性に相手にされないタイプには見えなかった。

もしかしたら女性慣れしてなくて、なのかもしれない。

同い年という気安さと趣味の食べ歩きで気が合うのでは?と、会ってみることにしたのだった。



「加藤さん、お久しぶりです。エニシサポートの神田です」

先方は入り口付近ですでに待っていたようで、先方の世話役は50代くらいのメイクが派手で押しの強そうな女性だった。



「お久しぶりです、本日はよろしくお願いします」


神田さんと一緒にいる男性が、本日のお見合い相手だ。

身長は高すぎず低すぎず体型は痩せ型と写真で見た通りの印象で、目立たないタイプだけれど清潔感のある人だった。

真っ白いワイシャツはピシッとアイロンがけされていて、下に履いている黒いズボンもきちんと折り目がついている。

挨拶しようとしたけれど、目を合わせようともせずに軽く会釈されたので、こちらもそれに合わせ軽くお辞儀をしといた。



——どうしよう、最初によい印象与えてみたかったのに…——



「では、中へ入りましょうか」



私の不安をよそに、神田さんが率先して店内へ入り、予約であることを告げて席に案内された。


座席は奥まったスペースにあった。



「あっ、ちょっと待ってください!」



お見合い男性が突然声をあげ、バッグからゴソゴソなにか取り出したと思ったらアルコールスプレーとウェットティッシュで、座席と椅子の消毒をし始めた。



前橋マエバシさん、それは…」



先方スタッフの神田さんがやめさせようとするも、すでに消毒を終える。



「では僕はちょっと手洗いうがいに行ってきます」



神田さんが止めるまでもなく足早に去って行く。



「ごめんなさいねぇ、あの方きれい好きなんです。立ちっぱなしもなんですから、先に座っていましょうか」



お相手が戻るまで席につかずに待つのは店の人にも失礼かもしれないと判断したのか、とりあえず席につくことにした。


しばらくしてお相手が戻ってきた。


双方のスタッフによる簡単な紹介から入り、

それぞれの自己PRタイムに入る。



前橋マエバシ利次トシツグです。趣味は食べ歩きと国内旅行です」



私は、前橋マエバシ氏のPRが先にもらっていた情報通りであまりにも簡潔すぎたので、事前にレクチャーされたPRをして良いものか迷った。



宮坂ミヤサカミドリです、よろしくお願いします。スイーツが好きで、カフェ巡りが趣味です」



結局、前橋マエバシ氏に合わせるかんじになり、レクチャーされた通りにはならなかった。

チラと隣に座った加藤さんの表情を盗み見る。

てっきり、『あちゃ〜』な表情してるかと思いきや、意外にも営業スマイルをキープしていた、先方スタッフの神田さんも同じく。


ほどなくしてメニューが人数分配られたが、ここでも前橋マエバシ氏はウェットティッシュで消毒し、それを終えると再び中座しお手洗いへと向かった。

ここで初めて神田さんの表情が一瞬曇った。  



「ごめんなさいねぇ、なんかすごくきれい好きな方なんで…」



神田さん、笑顔が思いっきり引き攣っていて、半ばやけっぱちな感じ。

それに対する加藤さんの反応は、



「いえいえ…まだまだコロナ用心したほうがいいですしね」



そつなく返答。



「皆さん、注文は決まりましたか?僕はホットコーヒーで」



前橋マエバシ氏、戻ってくるなりこれ。


私は慌ててメニューに目を通したが、なんだかすぐ決めなきゃならないような気がし、温かいミルクティーを注文することにした。



「では、無事に顔合わせも終了したことですし、私たちはこれで…」



神田さんが突然立ち上がった。

先程から表情を崩さなかった加藤さんがここで初めて驚いたような表情で神田さんを見つめ、



「あの…もう少しお二人が慣れるまで同席したほうがよいのではないでしょうか?」



こう提案するも、



「あら、もう大丈夫よね?前橋マエバシさん」



と、前橋マエバシ氏を見つめつつ却下、

対する前橋マエバシ氏も、



「ええ、僕はかまいませんが」



加藤さんは少し考え、



宮坂ミヤサカさん、大丈夫ですか?」



優しく訊いてくれたが、



「はい、大丈夫です」



あまり大丈夫ではないのに大丈夫と答えてしまう自分がうらめしかった。

この流れ、なんだか不安…。



「では、困ったことがあれば、連絡くださいね」



「はい、ありがとうございます」



実際困ったことがあったとしても、なんだか連絡なんてできそうにない雰囲気だ。

先方のスタッフ神田さんがさっさと退席したのに対し加藤さんは、何度もこちらを振り返りながら店を出た。



ほどなくして、注文したコーヒーとミルクティーが運ばれてきた。


なんと前橋マエバシ氏は、コーヒーカップの取手と口をつける部分までウェットティッシュで拭き出した。



この人、きれい好きというより潔癖症かな?と思っていたら、こちらの考えを見越したのか、



「すみません、僕は潔癖症なので」



自ら公言した。

やっぱりそうなんだ…。

私はいつもはそんなことしないのだけど、なんとなく自分もティーカップの取手と口を拭かなければならないような気がし、バッグを開けた。

…あいにくウェットティッシュは入ってなくて、仕方なくティッシュで拭くことにした。



「ウェットティッシュは持ち歩かないんですか?」



いきなりな質問。



「最近は持ち歩くようにはなったんですけどね、今日はなんだか忘れてしまったみたいです」



私は正直に答える。



「最近は、ってことは、コロナ前は持ち歩いていなかったんですか?」



「え、あ、、持ったり持たなかったり…」



これまた正直に答えたのだけど、初めてのお見合いで最初に話す話題がウェットティッシュって、どうなんだろう?と、思う。



「女性たるもの、ウェットティッシュは必ず持たなきゃダメじゃないですか」



返す言葉もないが、初対面で言われることなんだろうか?



「でもあなたはまだいいですね、ちゃんと手洗いとうがいをしてきたようですし」



まだいいですね、って…。


それから延々と消毒の話に、これまでお見合いで出会ってきて消毒しなかったありえない女性のことばかりが話題になり、私は段々いやになってきた。



「前回会った人なんて酷すぎたんですよ、マスクせずに現れただけでなく、手指消毒もしなくて。指摘すれば、キレられましたし…」



そりゃあそうだ、いきなり初対面でそれはない。



——なんだかこの人、自分のことばかりで私のことなんにも聞いてこないな…——



出会ってから10分もしないうちに、この人とはダメな気がしてきた。

結局ずっと話をしていたのは前橋マエバシ氏、そもそも私は自分から話題を提供するのは苦手だけれど、こちらのこと何も訊いてこないので、あちらも私には興味がないのかもしれない。

それにしても前橋マエバシ氏の潔癖ぶりは半端なく、話の途中でもテーブルやら手をウェットティッシュで拭いていた。

拭き終えたウェットティッシュを小さなポリ袋に入れ、それをさらにカバンとは別に持ち歩いていた小さな紙袋に入れていた。



——なんだかこの人が結婚できない理由、わかる気がする…——



結婚できなかった自分も人のこと言える立場ではないんだけど、ここまで極端な潔癖症な男性に会うのは初めてで、帰宅してからドッと疲れが出た。



初めてのお見合いで、いきなりすごい人に当たってしまったな…。


けれどもこれはまだまだ序の口で、この後アクの強い人物ばかりに遭遇するなんて、この時は想像だにしなかった。


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