Which is East?
涼宮紗門
第1話
――――2020年4月7日、政府が緊急事態宣言を発令したとき、誰かこの事態を想像しただろうか。
あの頃は誰もが、毎日ニュースで繰り返されるヨーロッパやアメリカの惨状を見ながら、しかし東京では起こらないだろうと思っていた。
毎日満員電車が走っているにも関わらず、それでも感染者はせいぜい100人程度だ。ならば土日さえ外に出なければ、何とかなるだろう。
そう思っていた。
しかし、それらは全て甘い考えだった。
専門家が警鐘を鳴らし続けていた通り、コロナウイルスの感染力は、想像以上に強大なものだったのだ。
ゴールデンウィークを迎える前、政府が外出に罰則を設けたときには、すでに東京の感染者は連日500人を超えていた。
我先にと東京を脱出した人々は地方に散らばり、そこで新たなクラスターを形成し、地方でも感染者が急増した。
5月末には、日本の感染者は8万人を超え、株価は1万円まで急落。主要な都市はゴーストタウンと化し、失業率は10%を超えた。
2020年夏。
追い込まれた政府は、かつてない奇策を講じた。
後でいう、「遷都宣言」である。
そう。
この絶望的ともいえる状況の中、6月についに岩手県が陥落してもなお、未だに感染者ゼロという奇跡を成し遂げていた県が2つだけ存在したのだ。
それは、田舎の2大巨頭。
「どっちが東で、どっちが西?」と聞かれてもぱっと答えられない、忘れ去られた日本の僻地。
――――島根県と鳥取県である。
*
2020年7月某日。
「遷都について政府関係者に対する島根県及び鳥取県に関わる有識者会議」
・内閣府職員3名、うち代表司会者1名
(東京都渋谷区出身。好きなものは、エシレ・メゾンデュブール丸の内のガトー・セック。以下、「司」とする。)
・島根県職員5名、うち代表者1名
(松江市出身。好きなものは、20世紀梨。以下、「島」とする。)
・鳥取県職員5名、うち代表者1名
(米子市出身。好きなものは、ふろしき饅頭。以下、「鳥」としたいところ、「島」とややこしいので「取」とする。)
・政府関係者10名
(両県の出身者なし。よって、島根県については出雲大社、鳥取県については鳥取砂丘が知識の限界。以下、「政」とする。)
なお、小声については( )で表記し、議事録には記載しない。
*
司「えー、それではただ今から、どちらに首都機能を移転させるにふさわしいか、両県の職員から各県の特徴等など、改めてご説明頂きたいと思います」
島「よろしくお願いします」
取「よろしくお願いします」
司「それではまず、島根県からよろしいでしょうか」
島「はい。まず最初に皆さまに知っていただきたいことは、我が県が平成20年度から11年連続で納税率が全国第1位という、この県民の意識の高さです。また、有機農業率も全国第1位であり、コロナウイルスで農業が改めて注目されている今、我が県が首都となるにふさわしい地であるといえます」
司「はい。では鳥取県の」
取「データについてですが、こちらは人口100万人当たりの多目的運動広場数日本第1位、青少年教育施設が日本第1位となっております。東京から離れて新しい生活を始める、これからの日本を担う若い世代に、我が県は最適の地であるといえます」
司「ええっと……」
島「まあ、うちは美肌グランプリ第1位ですけどね。太陽がささない同じ山陰地方なのにどうしてそちらは43位なんでしょうね」
取「そちら広いのは面積だけですもんね。大田区とほぼ同じ人口で、面積は大田区のほぼ100倍でしたっけ?どんだけ広いんですか」
島「まーそちらの人口の圧倒的少なさには負けますけどねえ」
司「ええっとすみません。一応進行がありますので……」
島「失礼しました」
取「つい取り乱しました」
政「(……どっちも何ともいえんな)」
司「首都遷都にあたって、知事にも大きな権限が与えられますが、両県のリーダ―についてはいかがでしょう」
島「リーダーといえば、うちからは竹下登先生が総理大臣として出ていますけど、そちらからはまだ一人も総理大臣を輩出してませんよねえ」
取「出た!竹下登!そうやっていつまでも過去の栄光に頼るのはどうかと思いますよ?まあ、うちには次期総理大臣有力候補の石破茂先生がいますから」
島「出た!石破茂!」
司「あのー、すみません。知事についてお願いします」
島「え?知事ですか?……(ごめーん佐藤さん!知事の名前ってなんだっけ?……え?丸山?)……あ、丸山知事です。本当に、あのー、素晴らしいお人柄です。えー、座右の銘は……(え?……臨機応変?マジで?)……臨機応変です!まさに今の日本の状況にぴったりの言葉であるといえます」
取「知事といえばお任せください。人は城、人は石垣、人は堀、我らが平井伸治知事です!我が県はカニの水揚げ量が日本一ですが、「蟹取県」として、知事は自らカニの帽子を被ってPRされていました。もっと我が県を世に売り出していこう!という本気度がそちらとは全く違います」
政「(……ネプリーグで見たことあるな)」
司「えー、では、コロナウイルスが収まった後、たくさんの外国人観光客が戻って来ると思いますが、両県の観光資源についてはいかがでしょう」
島「そちらは砂丘しかないですよね?」
取「そちらも出雲大社しかないですよね?」
島「あらら、出雲大社の最近の盛り上がりをご存じない?パワースポットとして全国各地から女子たちが詰めかけていますから。世の中の流行はこういう女子たちが作るんですよ?」
取「こちらには名探偵コナンがありますし、鬼太郎ロードもありますけどね。あの天下のNHKの朝ドラで「ゲゲゲの女房」になりましたけど、そちらは朝ドラになったことありませんよねえ」
島「ああ~、あのセンスのない「米子鬼太郎空港」と「鳥取コナン空港」ですね?」
取「そちらの「出雲縁結び空港」もなかなかの適当ぶりだと思いますけどねえ」
島「まあ、うちの仁摩サンドミュージアムにある砂時計は世界一ですが、確かそちらに世界一のものはありませんよねえ」
取「ハッ!砂時計?あの砂がただ落ちるだけの時計ですか?うちは去年外国人が訪れるべき日本の観光地ランキング第1位ですけど?」
島「へえぇそうですかあぁ。初めて聞きましたけど?」
司「あの、どちらも落ち着いて下さい」
島「うちにはあの世界の錦織圭がいますから」
取「うちには世界のイモトアヤコがいますけどねえ」
島「宮根誠司」
取「辛坊治郎」
島「田中美佐子!」
取「よっしゃ!瀧本美織!」
司「落ち着いて下さい!」
島「はあはあ」
取「はあはあ」
政「……(何だこの微妙な戦いは)」
島「フン……いいでしょう。これだけは言いたくなかったですが、仕方ないですね。ある事実……歴史をお話ししましょう。
皆さんご存知でしょうか?1876年から1881年までの5年間……そちらの鳥取県は存在していなかったという事実を」
取「!!!」
島「そう……鳥取県は、我が県、島根県に併合されていたんですよ」
取「ふ、触れてはいけないことを……ッ!」
司「えー、確認しますね……。(ねえ山田さん、何言ってんのこの人たち……)え?9月12日?」
取「そう……!9月12日は「とっとり県民の日」……!この日、我が県民たちは島根県から独立した日として愛国心を高め、もう二度と誇りを失わないことを誓う……!」
島「史実が示しているんですよ。どちらが上か、ということをね……」
取「き……貴様ッ!」
司「はーい、落ち着いて下さーい」
島「ふふふ……所詮、鳥取県は島根県の属国に過ぎないというわけです」
取「それ以上の侮辱は県民代表としてこの私が許さん……ッ!!」
島「許さない?どうするんですか?らっきょうでも持ってきますか?」
取「く……ククク……ッ!墓穴を掘ったな……!」
島「……どういう意味ですか?」
取「食べ物で勝負をしかけてくるとはいい度胸だ……!桃鉄で物件が出雲そばしかなくて、すぐに独占されるのはどこの島根県だ……?」
島「!!!」
取「そうさ、うちにはらっきょうがある。蟹がある、温泉がある、スイカ畑もある……!その物件の豊富さはハドソンが証明している……!」
島「す……スタバの出店はうちのほうが先だ!」
取「初日売上の国内最高記録は我が県、シャミネ鳥取店だ。何が田中美佐子だ!島根県民はせいぜい小さ過ぎて食べられないシジミの身でもほじくってるんだな!」
島「き、貴様言わしておけば――――ッ!」
司「あ、ちょっと!席に座って下さい!」
政「……(もう最後に立ってるほうが勝ちでいいな)」
第三者「すみません!会議中失礼致します!たった今、情報が入りました!コロナウイルスの……ウイルスの特効薬がついに開発されたそうです!」
全員「!!!」
政「そ……それは我が国の会社がかッ!?」
第三者「はい!港区白金にあるラストフロンティア製薬です!」
島「港区……!」
取「白金……!」
司「ラストフロンティア……!」
島「か……勝てない……!うちは津和野がおしゃれの限界……!」」
司「やはり……やはり「最後の砦」は東京だったのだ……!ふはは……ふはははは」
取「くそ……!唯一のSNS映えべた踏み坂でも太刀打ちできない……!」
司「ふははははは―――――!ラストフロンティア東京万歳!!」
島「…………。」
取「…………。」
島「…………帰るか」
取「…………んだな」
*
かくして遷都宣言は、発令からわずか3日で撤回された。
政府はその責任を追及されかけたが、新薬開発で一気に世界中から注目され、面目躍如。コロナウイルスの恐怖はもはや過去のものとなり、オリンピックの熱気はすぐに再燃。首相は無事、9月の任期満了まで務めることとなったのである。
*
最後に筆者からこれだけは伝えたい。
島根が西で、鳥取が東です。
「ねっとり」って覚えてね!
*
終わり
Which is East? 涼宮紗門 @szmy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます