第27話 第四章 濃い(恋?)異世界生活 1 <<噂が噂を呼び真実になる>>
異世界で目覚めて、三日目の朝が来た。
天蓋の間から差し込んでくる日差しに、目が覚める。
「まだ三日目か」
ため息がこぼれた。
(異世界生活、濃すぎ)
心の中でぼやく。
正直、昨日までの二日間でわたしは前世の一生分以上の恋愛や人の想いについて考えた気がする。
恋バナが楽しいのは自分に無関係だからだ。
当事者は少しも楽しくない。
十分すぎるので、これ以上は遠慮したいくらいだ。
だが実際には、まだ何一つわたしの問題は解決していない。
(呪い云々の前に結婚問題でこんなに振り回されるとは思わなかった)
シャルルは12歳の子供なのに、結婚のことで悩まなければならないなんて早過ぎる。
愚痴ったところでどうしようもないが、愚痴の一つも言いたくなった。
わたしは一つ大きく息を吐いて、ベッドの上で身を起こす。
伸びをした。
そこにラルクが入ってくる。
すでに起きているわたしを見て驚いた。
だが何もなかったように朝の挨拶をする。
わたしは昨日のお使いの件を確認した。
ラルクに尋ねる。
父が侯爵家にいたと聞いてほっとした。
酒を飲んでいたらしい。
凹んでいたようなので、慰めてもらっていたのかもしれない。
わたしの手紙を読んで、侯爵家に泊ることにしたそうだ。
朝食を食べたら侯爵と二人でやってくることになっている。
フラグが立たなくて良かったとわたしは安堵した。
「ところで、おじ様の仕事は大丈夫かな? 呼びつけておいてなんだけど」
心配すると、ラルクが苦笑する。
「今日は休日です」
教えてくれた。
心配はいらなかったらしい。
身支度を整えて、わたしは着替える。
寝間着から寝間着に着替える意味はやはりわからなかった。
「もう元気なのに、今日もベッドにいなきゃ駄目?」
いい加減、ベッドにただ座っているのも苦痛になってきた。
甘えた顔でラルクを見る。
「そういう許可はわたしの一存では出せません」
ラルクは首を横に振った。
許可を出せるのは父しかいない。
だが父はまだ帰ってこない。
わたしは何も言い返せなかった。
話題を変える。
「ジーク兄さまやマックス兄さまは元気? ユリウス兄さまは?」
昨日一日顔を見なかったので、気になっていた。
「お変わりないですよ。お三方とも昨日、シャルル様が寝ている時に様子を見においででした」
知らなかったのでびっくりする。
昼食後に来たらしい。
横になってそのまま昼寝をしてしまった時だ。
「起してくれたら良かったのに」
わたしは恨めしげにラルクを見る。
「起すのは可哀想だから、そのままでと言われましたので」
すやすや眠っている様子を見て、兄たちは安心したようだ。
「兄さまたちのお客様はどうしているの?」
わたしは青流とリューイを気にする。
「青流さまはジーク様のお部屋で寝起きをしていらっしゃいます。リューイ様は客間をお使いになっています」
ラルクは説明してくれた。
「ジーク兄さまは青流様のことをなんて説明しているの?」
尋ねるとラルクが苦笑する。
「ご友人と紹介なさいました」
答えた。
「友人を自分の部屋に泊めるのは無理があると思うけど」
わたしは苦く笑う。
「正直に恋人だと紹介すればいいのに」
ぼそっと呟いた。
「……それは難しいかと思います」
ラルクは困った顔で私を見る。
「何故?」
わたしは聞き返した。
「人と鬼が番うのは可能ですが、簡単なことではありません。許可が必要なのです。シークフリート様に許可が下りるのは難しいかと思います」
ラルクの声には同情の響きがある。
「それは種族が違うから?」
わたしは尋ねた。
種族は違うと言っても、鬼族とは国交もある。
日本人と外国人くらいの違いなのだとわたしは軽く考えていた。
しかし、違うらしい。
「それもありますが、一番の問題はジークフリート様が先王の孫であり、王家の血を引いていることでしょう」
ラルクは答えた。
「王家の血を引いているとそんなに不味いの?」
わたしは考える顔をする。
「鬼族と結婚した場合、生まれてくる子供は角が生えた鬼の子か角のない人の子のどちらかになります。人の子はこの国で暮らせますが、鬼の子供は最終的に鬼の国に帰らなければいけません。鬼の子がこの国に住めるのは成人するまでなのです。それがどういうことを意味するか、お分かりになりますか?」
問われて、わたしは頷く。
「王家の血を引く鬼の子が鬼の国に住むということ」
どう考えても問題が起きそうだ。
「国王がどのように判断されるかはわからないですが、議会は揉めるでしょう」
ラルクの言葉に、わたしはため息をつく。
「ただ好きで、一緒にいたいだけなのに。たったそれだけのことがひどく難しいんだな」
ぼやいた。
「恋とはそういうものなのかもしれませんね」
ラルクは頷く。
(ラルクの恋もそうなの?)
喉まででかかった言葉を、わたしは飲み込んだ。
そんな無神経な質問を投げかけることができるほど、無神経ではない。
ラルクは自分の立場をよく理解していた。
ユリウス兄さまとどうにかなることなんて望んでいないだろう。
貴族と平民の身分差は大きく、駆落ちでもしない限り一緒にはなれない。
だが、そんなことをしたら公爵家だけでなく自分の実家とも縁を切ることになるだろう。
待っているのは貧しい暮らしだ。
公爵家でなに不自由なく育ったユリウスが質素な生活に耐えられるわけがない。
お金で愛は買えないが、お金がないと愛もなくなってしまう。
愛とは生活が保障された上で初めて生まれるものだとわたしは考えていた。
もっとも、そんな駆落ち云々の心配をする前にラルクの恋が成就するのは難しいことをわたしは知っている。
アンドリューとユリウスのことを知ってしまった今、わたしは少しばかり後ろめたい気持ちになっていた。
さすがに恋のライバルが王子様ではラルクに分が悪すぎる。
(いろいろ複雑になってきたなー)
心の中でぼやいた。
だが今は他人の恋愛の心配をしている場合ではない。
まずは父と侯爵を説得しなければならなかった。
「とりあえず、朝食を食べたら紙とペンを用意して。手紙を書くから」
ラルクに頼む。
「はい」
ラルクは返事をした。
メアリーアン宛にわたしは手紙を書いた。
散々迷って、二人に再婚して欲しいと思っていることを正直にしたためる。
週の半分もどちらかの家で一緒に過ごしているなら、いっそ結婚して同じ家に住めばいいと思っていること。
父も侯爵も互いを憎からず思っているとわたしは感じていること。
これから先の長い人生、二人が一緒に生きていくなら息子として安心出来ることなどを書き綴った。
そして最後に、兄弟になりたいと誘う。
父と侯爵が再婚してくれるよう、協力を頼んだ。
親の再婚というデリケートな話題なので、慎重に言葉を選ぶ。
書き終えた手紙を読み返した。
自分では上手く書けたと思うが、不安なのでラルクにも読んでもらう。
「問題ないと思います」
OKが出た。
わたしは一仕事終えた気分になる。
だが全く何も終わっていなかった。
とりあえず、手紙を届けてもらう。
その手紙が着くか着かないかくらいのタイミングで父が帰ってきたようだ。
馬車が玄関先に着く。
ざわつくので、父の帰宅は直ぐにわかった。
そのまま私の部屋にやってくるかと思ったのに、二人はなかなか来ない。
仕方なく、ラルクに迎えに行ってもらった。
ラルクは侯爵だけ連れて戻ってくる。
父は部屋で着替えているらしい。
「お呼びしてすいません」
わたしは侯爵に謝った。
侯爵は穏やかな笑みを浮かべる。
気にしなくていいと首を横に振った。
だがその顔色がいつもより青白い気がする。
疲れているように見えた。
体調が良くないのかもしれない。
わたしは無言でラルクを見た。
ラルクは小さく頷く。
椅子を持って来た。
ラルクも侯爵の様子は気になっていたらしい。
「おかけください」
わたしは促した。
「では、お言葉に甘えて」
侯爵は椅子に座る。
それさえ、少し辛そうに見えた。
なんだか申しわけない気持ちになる。
「昨夜は父が無理をさせたのではありませんか? すいません」
父に代わって謝った。
飲ませすぎたことを心配する。
だが、侯爵は別の解釈をした。
耳まで真っ赤にする。
「何故、それを……」
わかりやすく動揺した。
「え?」
感情を押し殺すことに慣れている貴族とは思えない反応に、わたしの方が戸惑った。
侯爵の具合いの悪さは、二日酔いのせいではないのだと悟る。
思い当たるのは一つしかなかった。
(そういうこと? 長い間何もなかったのに、とうとう関係を持っちゃったの?)
わたしも動揺する。
どうやら、わたしはフラグを折るつもりで別のフラグを立ててしまったようだ。
このタイミングで皮肉だと思う。
父と侯爵の再婚が難しくなる気がした。
関係を持っていない方が、二人はすんなり受け入れてくれただろう。
(うーん。困った)
心の中で愚痴るわたしを見て、侯爵は自分が余計なことを言ったことに気づいた。
「いや、その……」
さらに動揺する。
「昨日はジェファーソンがとても酔っていて……」
言い訳しようとした。
父を名前で呼ぶ。
「……」
だが、何て言えばいいのかわからなくなったようで、黙り込んだ。
(可愛い人だな)
わたしは微笑ましい気分になる。
たぶん、父も侯爵も前世のわたしより年下だ。
そう思うと、何でも許せる気がしてくる。
この気まずくなった空気もわたしかなんとかしようという変な使命感が芽生えた。
「実は、今日来ていただいたのはお願いがあるからなのです」
わたしは唐突に切り出す。
そんなわたしに、今度は侯爵が困惑した。
だが、黙って話を聞いてくれる。
「実は、おじ様に父さまと再婚してもらえないかと思っています」
そう言うと、侯爵は固まってしまった。
予想外の言葉に戸惑っている。
「違うんだ、シャルル。昨夜のことは間違いで、私たちはそういう関係ではい」
首を横に振った。
だがわたしはそれを無視して説明を続ける。
「父さまとおじ様には僕のために結婚して欲しいんです」
自分のためを強調した。
その方が、侯爵は受け入れやすいだろう。
自分たちのための再婚なら首を縦に振らなくても、シャルルのためなら考えてくれるかもしれない。
予想通り、その言葉に侯爵の顔つきが変わった。
落ち着きを取り戻す。
貴族の顔になった。
「どういう意味だい?」
真面目な顔でわたしを見る。
わたしはアンドリューが婚約を進めようと動いていることが噂になっていることを話した。
もしかしたら王宮への呼び出しもそれに関係あるかも知れないと思っていることも伝える。
「その噂はわたしの耳にも届いている」
侯爵は頷いた。
「では、おじ様と父さまが僕とメアリーアンの婚約を決めようとしているという噂は?」
わたしは真っ直ぐ侯爵を見る。
「そんな根も葉もない噂が?」
侯爵は眉をしかめた。
さすがに当人の耳には入っていなかったらしい。
父と侯爵の仲が良すぎるせいで、そんな噂が立ったこと。
その噂のせいでアンドリューが焦っているらしいことも教えた。
もっとも、それらはどれも噂でしかない。
ただの噂なのに、真実のよう聞こえるのが厄介だ。
そして噂は別の噂を呼ぶ。
みんなが振り回されていた。
「おじ様と父さまが再婚して、メアリーアンが爵位を継げば、僕とメアリーアンの婚約の噂はなくなるでしょう。少なくともアンドリューが焦る理由はなくなる。婚約を諦めることはないにしても、急いで決めることは止められるかもしれません」
わたしの言葉に、侯爵は考え込む。
さすがに直ぐに決断は出来ないようだ。
そこに着替えを終えた父がやってくる。
難しい顔で考え込んでいる侯爵を見て、心配な顔をした。
「シャルル?」
わたしを見る。
わたしは父にも侯爵にしたのと同じ話をした。
人生二回目なので、フラグは立つ前に折っていくスタンスです。 みらい さつき @miraisatuki
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