第26話 第三章 8 <<王子様が好きな人>>




 1Kの部屋に逃げ場なんてない。

 わたしはシャルルを捕まえて、馬乗りになった。

 擽りまくる。

 ひーひー声を上げて、シャルルは悶えた。


「もう、無理っ」


 ギブアップの声を上げる。

 わたしは擽るのを止めた。


「誰なの?」


 優しく尋ねる。


「……」


 シャルルはキュッと唇を噛んだ。


「まだ、足りない?」


 わたしは脅す。

 我ながら、容赦ないと思った。


「もう、十分」


 シャルルはうな垂れる。


「……ユリウス兄さま」


 ぼそっと呟いた。


「……え?」


 予想外の名前に、わたしは固まる。


「マジで?!」


 驚いた。

 あまりに予想外で、動揺する。

 こくりとシャルルは頷いた。


「何か、勘違いしていない? なんで、そう思うの?」


 わたしは確認する。

 アンドリューがユリウスをなんて想像できなかった。

 だが、ユリウスは優しいし可愛い。

 好きになったとしても不思議ではなかった。

 ただ、とても意外に思う。


「まだアンドリューが家に遊びに来ていた頃、二人がキスをしていたのを見たことがある」


 シャルルは打ち明ける。

 もう隠す必要がないからなのか、すらすら話した。


「見間違いではなく、本当に?」


 わたしは念を押す。


「見間違いじゃない」


 シャルルはきっぱりと言った。


「それは……」


 わたしは言葉に詰まる。

 シャルルの複雑な気持ちが理解できた。

 兄にキスしておきながら、魔力が強いことがわかると自分の乗り換えた(?)アンドリューを許せないのは当たり前だろう。

 アンドリューは自分だけではなく、兄も傷つけたことになる。

 例えそれが、王子として国のためであったとしても。

 わたしでもアンドリューを嫌いになれそうな気がした。

 それでも、長く生きたおばさんのわたしにはまだアンドリューに同情することが出来る。

 王子の立場や国のために苦渋の選択をしたアンドリューを慮ることは可能だ。

 だが、6歳の男の子には無理だろう。

 しかも母親を亡くしたばかりの頃なら心に余裕があるわけがない。

 アンドリューを嫌いではないからこそ、裏切られた気持ちになったに違いない。

 そんなシャルルを誰も責められないと思った。


「アンドーさんが無理なことはとりあえずわかったわ」


 わたしは頷く。


「うん。無理」


 シャルルは大きく頷いた。


「いろいろ難しいわね」


 わたしはため息をつく。

 シャルルは苦く笑った。


「ちなみに、父さまの再婚の方はどうなの? ラルクとわたしの話、聞いていたわよね?」


 わたしが確認すると、シャルルは頷く。


「テレビを見ながらだけど、聞いていたよ。反対するつもりはない。父さまとおじ様はいい加減、自分の気持ちに正直になっていいと思う。ただ、メアリーアンが賛成するか反対するかはわからない」


 メアリーアンの名前に、わたしはどきっとした。


「メアリーアンは反対するかしら?」


 不安になる。


「わからない。でも、昔からメアリーアンは父さま大好きっ子だよ。僕を好きなのも、自分の父親に似ているからだと思う」


 シャルルは淡々と答えた。

 わたしはシャルルをじっと見る。

 確かに、侯爵とよく似ていた。

 並んで立ったら、親子に見えるだろう。


「どうしてこんなに似ているの?」


 わたしは気になっていたことを聞いた。

 さすがにそんなことは他の誰にも聞けない。


「血が繋がっているから」


 シャルルは簡潔に答える。


「おじ様も僕も先々代の侯爵に似ているらしいよ」


 侯爵家ある肖像画を見たことを教えてくれた。

 確かに似ていたらしい。


「メアリーアンの曾おじいさまね」


 わたしは指折り遡った。


「そう。その曾おじいさまの娘が母さまの母親で、息子がおじ様の父親」


 思ったより血が近いことがわかる。


「侯爵家の娘が子爵に嫁ぐなんて、ちょっと意外ね」


 わたしが驚いていると、シャルルは小さく笑った。


「駆落ち同然だったみたいだよ。子爵家の跡取りでもない娘と恋に落ちて、周囲の反対を押し切って結婚したらしい。侯爵家の娘を娶ったので、子爵家は跡取りを急遽娘の方に変更したそうだ。そして子爵家をその夫婦に継がせた。……当然、いろいろ揉めるよね」


 ちなみに今は母の弟が子爵家を継いでいるそうだ。

 しかし、家と子爵家にはほとんど縁がない。

 それは母が一旦、侯爵家の養女になっているからだ。

 母の縁者は侯爵家ということになっている。


「ねえ。その子爵家の人間がシャルルを呪ったという可能性はないの?」


 わたしは心配した。

 人の恨みなんて、買うときは理不尽でも買うものだ。

 そしてそれは些細なことであったりする。


「それは僕も考えた。でも、子爵家の関係者には火の属性の人間はいないはずだ」


 シャルルはうーんと唸りながら答えた。


「なんで知っているの?」


 わたしは驚く。


「調べたから」


 シャルルは当たり前のように答えた。


「どうやって?」


 わたしは不思議に思う。


「魔法で」


 シャルルは意味深な顔をした。

 わたしが説明を求めると、教えてくれる。


「魔力で鳥や猫などを作って、その目を通して遠隔地の様子を見ることが出来るんだ」


 思いもしないことを言われて、びっくりした。

 イメージとしては鳥や猫の形をしたカメラ付きのドローンを飛ばせるということたろう。


「見るだけ? 音は聞こえないの?」


 問いかけにシャルルは首を傾げた。


「音を聞こうとしたことはないから、わからない」


 そう答える。


「そんなこと、いつから出来たの?」


 気になって聞くと、小さな頃からという答えが返ってきた。

 わたしは思い出そうとしてみる。

 その記憶はわたしの中にもあるはずだ。

 そして、見つける。

 最初、鳥や猫は遊び相手だった。

 兄たちと庭で遊んでいる時、シャルルは一人であちこち探検する。

 ユリウスはいつも自分を気にかけてくれたが、それが鬱陶しいこともたまにはあった。

 わざとはぐれて、一人になる。

 庭は広く、隠れる場所はたくさんあった。

 敷地は塀で囲まれているので、外に出ることは出来ない。

 多少姿が見えなくなっても放っておいてもらえた。

 そんな時、シャルルの相手をするように鳥や猫が現れる。

 一緒に探検してくれた。

 だが他の人が来ると、鳥や猫は忽然と姿を消してしまう。

 それが自分の魔力が作り出したものであることに、最初、シャルルは気づかなかった。

 だが成長するにつれ、自分がそれらを作り出していることや鳥や猫と視界を共有出来ることを理解した。

 それからは鳥や猫を単独であちこち行かせる。

 自分の知らない世界を、鳥や猫の目を通して見た。

 アンドリューがユリウスにキスしたのを見たのも、実は猫の目を通してだ。

 風邪を引いて部屋から出してもらうなかった時、退屈なので猫を作る。

 外に行かせて、庭で遊んでいるみんなの様子を眺めていた。

 すると、アンドリューとユリウスがみんなから離れて二人でどこかに行こうとしている。

 何気なく、シャルル(猫)は追いかけた。

 二人は迷路になっている庭園を歩いている。

 何か言い合っているようにも見えた。

 突然、アンドリューがユリウスの肩を掴む。

 ユリウスは驚いていた。

 アンドリューは強引にキスをする。

 見ていたシャルルも驚いた。

 慌てて、猫を消す。

 見たら不味いのはさすがにかった。

 アンドリューとユリウスがそういう関係だったことを知らなかったので、動揺する。

 たいしたことがなかった熱が上がって、二・三日、寝込むことになった。

 それから間もなく、6歳になったアンドリューには王宮での教育が始まる。

 公爵家に遊びに来ることはほとんどなくなった。

 シャルルは二人がキスしていたことは誰にも言わず、口を噤む。

 忘れることはなかったが、そのことを意識することもなく1年が過ぎた。

 6歳になったシャルルは魔力検査を受ける。

 そこで魔力が高すぎることが判明し、急にシャルルの周囲は騒がしくなった。

 縁談がたくさん持ち込まれるようになり、その中にアンドリューの名前もある。

 記憶の片隅に追いやっていたキスシーンが蘇った。

 さすがに、ユリウスを好きな相手との結婚は無理だと思う。

 それでも、次期国王である王子の役目として結婚を望まれたのなら受けたかもしれない。

 貴族の結婚は愛情より打算の方が大きい。

 上級貴族になればなるほどそれは顕著で、結婚とはそういうものだと思っていた。

 それなのに、アンドリューは好きだなんて言い出す。

 シャルルは腹が立った。

 あのキスはなんなのだと問い詰めたかったが、見たことを説明出来るわけがない。

 あの日、シャルルが部屋から一歩も出ていないことはアンドリューはともかくユリウスは覚えているだろう。

 上手い言い訳が見つからない。

 いくら子供でも、猫や鳥を作り出し、その目を通して周囲を見ることが出来るなんて言っては不味いことは判断できた。

 シャルルは意図的に、自分の魔力を隠している。

 出来ることはほんの一部しか、周囲に明かしていなかった。

 魔力が強すぎるが故、様々な苦労を実はしている。


「なんか、いろいろ思い出した」


 わたしは呟いた。


「アンドリューのことも?」


 シャルルは聞く。


「うん」


 わたしは頷いた。


「確かに、キスしていた」


 ため息をつく。

 シャルルは苦く笑った。


「その力で鳥を飛ばして、子爵家の様子をたまに確認しているんだ。母さまの葬儀の時、子爵家を継いだ弟が参列していて、初めて顔を見たから。ちなみに彼は茶色い髪で土の属性持ちだった。その家族も土の属性を持っている人が多い。たまに水の属性を持っている人もいたかな。でも、火の属性はいなかったよ」


 属性は髪の色でわかるので判別しやすい。

 子爵家の様子を定期的に確認しているらしいシャルルの慎重さに、自分っぽさをわたしは感じた。


「貴族社会ってしがらみが多いわね」


 やれやれという顔をすると、シャルルに笑われる。


「貴族じゃなくても、しがらみは多いんじゃない?」


 尤もなことを言われて、わたしは何も言い返せなかった。


「とりあえず、明日は父さまとおじ様の件を頑張る。そして、メアリーアンが賛成してくれるように努力するわ。ちなみに、メアリーアンの説得に有効なものって何かしら?」


 好きなものでも教えてもらおうとしたが、シャルルは微妙な顔をした。


「知らない。メアリーアンに捕まるとごっこ遊びに付き合わされるから、それが嫌で逃げ回っていた」


 メアリーアンが苦手な理由を教えてくれる。


「そんなにメアリーアンは苦手?」


 わたしは苦笑した。


「苦手ってわけじゃないけど……。女の子の格好をさせて僕を妹にしたがったり、赤ちゃんのふりをやらせたがったり。そういうのが嫌」


 シャルルは口を尖らせる。

 メアリーアンはままごとがしたかったようだ。

 女の子らしくて微笑ましいが、付き合わされる男の子は嫌なのだろう。


「妹とか赤ちゃんをやらされたの? お父さんとお母さんの役を二人でやるのではなくて?」


 わたしは確認した。


「うん。それが何?」


 シャルルはわたしが何を確かめたいのかわからないらしい。


「だったら、なんとかなるかも」


 わたしは閃いた。

 メアリーアンが欲しかったのは、兄弟かもしれない。

 彼女は一人っ子だ。

 兄弟がいるシャルルが羨ましかったのかも知れない。

 お姉さんになりたかったのなら、家族になりましょうという提案を受け入れてくれるかもしれないと思う。

 だがシャルルにそれを説明しても、ピンとこない顔をされた。


「そういうもの?」


 首を傾げられる。


「わからないけど、可能性があるならそこにかけてみるわ」


 わたしは微笑んだ。

 そろそろ現実の方に戻って、寝ようと決める。


「じゃあ、そういうことで」


 シャルルに手を振って、部屋を出た。






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