第25話 第三章 7 <<脳内会議の時間です>>
暗くなった部屋の中で、このまま寝てしまいたいなとわたしは思った。
正直、ものすごく疲れている。
いろいろありすぎて、頭はパニックだ。
そういえば、寝ている間に人間の脳は情報を整理するらしい。
そんなどうでもいいことを思い出し、今のわたしはそれを意図的に行うことが出来るんだと気づいた。
シャルルとの話し合いがそれだろう。
(そうか。シャルルとの話し合いって情報整理一環なのか)
妙に腑に落ちた。
(働き者の日本人の典型みたいだな、わたし)
そんなことを考えながら自分の心の中に潜る。
シャルルに会いに行った。
話すことがたくさんある。
今日は本当に濃い一日だった。
わたしの心の中は本日、とても晴れ渡ったいい天気だ。
少し暑い。
涼しい服がいいなと思ったら、白いワンピースにリボンとレースがついたロリータ那ドレスが変わった。
(おおっ。可愛い)
スカートの裾を広げて、眺める。
悦に入った。
今のわたしの心理状態がこの天気らしい。
熱く燃えていることを示しているようだ。
「最初が野原で次が桜で。今はピーカン。……わたし、ちょっと情緒不安定じゃない? 大丈夫かな??」
不安を覚える。
さらに心配なことに、シャルルが迎えに出てこなかった。
「テレビに夢中になっているとかだったら、さすがに引くな」
わたしもテレビは大好きっ子だが、こんな人生の一大事に暢気すぎるだろう。
トントントンとドアをノックしてから部屋に入った。
外と違って室内は涼しい。
エアコンが動いていた。
「順応性高すぎるでしょ」
家電を使いこなしているシャルルに笑うしかない。
シャルルはやはりテレビを見ていた。
「いらっしゃい」
迎えてくれるが、振り返りはしない。
テレビに夢中だ。
「危機感、なさ過ぎない?」
わたしは背中に向かって文句を言う。
「アヤは働きすぎだね」
言い返された。
「あれだけいろいろあって、疲れていないの?」
不思議そうに聞かれる。
「疲れているに決まっているでしょ」
わたしはため息をついた。
「でも、後回しに出来ないことがたくさんあったから来たの。わたしはむしろ、人生の一大事に暢気にテレビを見ていられるシャルの方が不思議だわ」
あれだけいろいろあって、なぜ暢気にテレビを見ていられるのだろう。
後回しが苦手なわたしと同じ魂をわけあっているとはとても思えない。
わたしは夏休みの宿題は7月中に終わらせるタイプだ。
後に残すというのが生理的に受け付けない。
今日やっても明日やっても明後日やってもいいことなら、今日やりたいし、なんなら今すぐやってしまいたい。
いつかやらなければいけないことなら、今、終わりにしてしまいたかった。
今日と同じ明日が来る保障なんて誰にもないことをわたしは知っている。
当たり前の日常は案外、脆いものなのだ。
一つの魂をわけあっていても、わたしとシャルルは別々の人格なのだとしみじみ感じた。
こういうところが、シャルルはまだまだ子供なのかもしれない。
「話したいことがたくさんあるから、こっちを向いて」
シャルルを呼んだ。
「わかった」
シャルルはわたしの方を向く。
だが、テレビはつけたまま消さなかった。
「テレビを消して」
わたしはリモコンを指差した。
「え~」
シャルルは不満な声を上げる。
口を尖らした。
その顔が可愛くて、ちょっと絆されそうになる。
美少年は油断ならなかった。
わたしがダメダメと首を横に振ると、シャルルは渋々テレビを消した。
「そんなに真剣に何を見ていたの?」
わたしは少し気になる。
「いろいろ。アヤの世界は面白いね。鉄の塊が道を走っていたり、空を飛んでいたり。いろんな料理を山のように食べる人がいたり、男女が揉めていたり」
シャルルは自分が見たままを言葉にした。
わたしはそれを推察する。
「鉄の塊が道を走るのはたぶん自動車のことね。空を飛ぶのは飛行機よ。たくさん料理を食べるのは大食い番組だと思うけど、何でそんな番組があるのかは私にもわからない。飽食の時代の象徴なのかもね。あと、男女が揉めているように見えたのは恋愛ドラマのことだと思うわ。男二人が女を取り合っていたり、女二人が男を取り合っていたりしなかった?」
問うとシャルルはちょっと考えた。
「そういえば、していた」
大きく頷く。
「アヤの世界では恋愛は男女しかダメなのか? 気が合うのが男女とは限らないのに」
小さく首を傾げた。
「わたしの世界には子宝の種はなかったのよ。子供は男女の間にしか生まれないから、いろいろ難しいの。人間も生物だから、子孫繁栄・種族保存は大前提だからね」
わたしの説明にシャルルは納得する。
「いろいろ大変なんだな」
気の毒な顔をした。
「いやいや。わたし的には貴族が迷信に縛られて髪を伸ばしたり、男女の結婚の方が歓迎されるのとかの方がせっかくボーダーレスな恋愛感の世界に生きているのに勿体無いと思うわよ」
わたしは反論する。
するとシャルルはふるふると首を横に振った。
「いや、最近は貴族でも同性の結婚の方が増えていると聞いている。そもそも、貴族は異性と知り合うより同性と知り合う機会の方がずっと多い。知り合うことがなければ、恋に落ちようもない。男女で結婚しているのはほとんど親が勝手に決めた場合で、自分で相手を決めた場合はほぼ同性だそうだ。ちなみに、親が勝手に結婚を決めるのは上級貴族に多いので、未だに男女の結婚の方が主流には見える」
貴族の結婚事情を説明してくれたシャルルに、わたしは少なからず驚く。
そんなわたしをシャルルは奇妙そうに見た。
「どうした?」
問う。
「シャルが貴族の恋愛事情なんてものに詳しいのが意外すぎて。そういうの、まったく興味ないんだと思っていたわ」
わたしは小さく笑った。
「好きで詳しくなったわけではない。知らないと、対処も出来ないだろ」
シャルルは困った顔をする。
(一応、本人なりにいろいろ考えているのね)
わたしが思っているより、本人にとっては深刻なのかもしれない。
「なんか、ごめん。軽く考えていたのはわたしの方かも」
謝った。
「軽く考えていたのか?」
シャルルは顔をしかめる。
「どうしようもなかったら、アンドリューと婚約するしかないとちょっと諦めが入っていた」
わたしは正直に告げた。
「諦めるなっ」
シャルルに叱られる。
「だってアンドーさん、意外といい人みたいだし。なんか嫌いにはなれないのよね」
わたしはため息をついた。
自分でも不思議だが、メアリーアンとの結婚は絶対に無理だと思った。
だがアンドリューにはそこまでの拒否感はない。
それはシャルルの気持ちが影響しているのかもしれないと密かに思っていた。
わたしは真っ直ぐ、シャルルを見る。
「一つ確認したいんだけど、シャルは他に好きな人がいるの? その人と結婚したいから、婚約したくないの?」
問いかけた。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
シャルルは嫌な顔をする。
答えたくないようだ。
「聞かなきゃわからないからよ」
わたしは答える。
「他に好きな人がいるから婚約したくないのと、ただ結婚するのが嫌だから婚約したくないのでは全く違うでしょう? どちらなのか、はっきりして」
迫った。
「お茶でも飲むか?」
シャルルはわかりやすく逃げる。
立ち上がり、お茶を淹れに行った。
急須を使っている。
(どんどん日本人ぽくなるな。髪は黒くても顔立ちは確実にフランス人形なのに)
わたしは心の中で笑う。
ミスマッチなところが微笑ましかった。
お茶を受け取って、シャルルが座るまで待つ。
一口、お茶を啜った。
「さて、さっきの続きだけど。ちゃんと答えて。お茶くらいで誤魔化されないわよ」
シャルルを問い詰める。
シャルルは眉をしかめた。
「好きな人なんていない」
諦めたように答える。
「本当に?」
わたしは疑った。
最初から素直に答えなかったのが、なんだか怪しい。
「本当だ。だいたい、引きこもっているのに出会いがどこにあるというんだ?」
逆に聞かれた。
「確かに」
わたしはとりあえず納得する。
「じゃあ、頑なにアンド―さんとの結婚を嫌がる理由は何?」
改めて尋ねた。
「アンドーさんというのはアンドリューのことか? その呼び方はなんなんだ?」
一度は流したが、やはり気になったらしい。
シャルルは変なあだ名で呼ぶわたしに困惑した。
「呼びやすいだけだから、理由はないので気にしないで。わたしの世界ではたまに出会う苗字で、響きに馴染みがあるだけだから」
わたしはシャルルに説明する。
「それより、あんなに愛されているのに嫌な理由は何なの?」
もう一度、聞いた。
愛されているから、自分も愛さなければならないということはない。
だが、愛せないことに理由はあるはずだ。
その理由がわたしは知りたい。
答えてくれるまで何度でも聞くつもりでいた。
そんなわたしにシャルルが折れる。
「アンドリューが僕を好きだというのはアヤの誤解だ。アンドリューが本当に好きなのは僕じゃない」
シャルルはため息混じりに答えた。
そこに嘘は感じられない。
少なくとも、シャルルは本気でそう思っているようだ。
「どうしてそう思うの?」
わたしは尋ねる。
「アンドリューが僕に好きだのなんだの言い始めたのは、魔力検査で僕に巨大な魔力があることが判明した後からだ。その前には一度も好きだなんて言われたことない」
シャルルは答えた。
「それは子供だっただけかも。6歳とか7歳の子供が日常的に好きだと口にするかどうかは個人差があると思うよ」
わたしはアンドリューをフォローする。
好きを連呼する子供もいるが、まったく言わない子供だっている。
そんなことで自分の気持ちが嘘だと決め付けられるのは可哀想な気がした。
「だったら魔力検査の後、急に好き好き言い始めたのは何故だ? 僕の力が国のために必要なら、素直にそう言えば協力くらいならするのに、懐柔しようとするのが腹が立つ」
シャルルは口を尖らせた。
嫌いじゃない相手だから、逆に許せないのかもしれない。
「でもメアリーアンに対抗心を燃やしていたり、シャルルのことは本当に好きなように見えたけど……」
わたしはなんか釈然としなかった。
もやっとする。
アンドリューの気持ちのすべてが嘘だとは思えなかった。
「嫌われてはいないと思う。幼馴染だし、好意はあるだろう。だけど、アンドリューには本当に好きな相手がいることを知っている」
シャルルはぼそっと呟いた。
「誰なの?」
わたしは尋ねる。
好奇心がむくむくと沸き起こった。
「……言わない」
わたしの野次馬根性に気づいたのか、シャルルはぷいっと横を向く。
わたしはイラッとした。
「ああ、そう。別にいいわよ――なんて言うわけないでしょう。なんとしても言わせるわよ!!」
わたしはシャルルににじり寄った。
シャルルはぎょっとする。
「何をする気だ?」
怯えた顔をした。
「白状するまで、擽る」
わたしは答える。
両手をわきわきと動かした。
「何度そこまでして知りたいんだ?」
シャルルは後ずさりながら、問う。
「どう考えてもフラグだからに決まっているでしょ。これは絶対、折っておくべき案件よ!!」
わたしは言い切った。
「意味がわからないっ」
シャルルは喚く。
「わからなくていいから、白状しなさい」
わたしは迫った。
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