第2話 不思議な空間
あのオーディションの日からわたしの気になっていた子の話を友達から聞いた。名前は桑原あゆみ、だったかあやみ、だったか定かではないのでここからはKさんと呼ぶことにしよう。Kさんは小さい頃から地元の児童劇団に通っているらしく、将来は女優を目指しているという。親が芸能関係の仕事などに就いているという訳でもなく、Kさんは昔から生粋のNHK連続朝ドラオタクらしい。このKさんについての話は友達から聞いたが、友達は清潔感もなく、格段可愛い訳では無いKにはなれる訳ないと言っていた。そのときのわたしは、友達の言葉に合わせることしかできなく、わたしもまた女優なんてそんな遠い世界の住民に田舎の娘っ子ひとりがなれる訳ないと思ってしまった。しかし、あの芝居は忘れることが出来なかった。
中学3年になったわたしは高校受験などのプレッシャーやストレスから何か現実逃避できるものを探していた。それまで特段趣味を持っているわけでもなく、部活動にも入っていなかったわたしには、これといって没頭できるものがなかった。そんなわたしが受験勉強の合間に心休めるものを見つけた。それは当時スマホのアプリとしてあった携帯ラジオであった。夜遅くまで勉強しているときはずっとラジオをだらだら流し続け、好きな番組が始まる時間までに勉強を終わらそうと得意でない勉強に勤しんだ。そんなわたしにもうひとつ趣味ができた。それは当時1番仲良かったさえちゃんからおすすめされたアニメだった。青春もののバスケアニメで今まで触れてこなかったジャンルに魅了されてしまった。そのときのわたしはオタクという言葉に合っていたかもしれない。さえちゃんと好きなキャラの話で盛り上がり、好きなキャラのグッズなどを見せあったりした。わたしは中学3年になってやっと趣味や没頭できるものを見つけたと思ったが、心のどこかでなぜか息苦しさみたいなものを感じていた。これは厨二病のようなものではない、どちらかというと思春期にある自分らしさとは何かを探していたのだと思う。中学3年で進路のこともあり、自分は将来何をしたいのか、何を頑張りたいのか、果てにはなんのために生まれてきたのか。淡々とした日々に虚無感を感じながら、中学3年の3月になった。
受験は第2希望の高校に合格し、良くもなく悪くもなくという結果に終わった。卒業式を1週間後に控えたわたしは式の歌やら贈る言葉などの練習のためまだ学校に行っていた。そのときのわたしは少し前にハマったアニメの熱も冷めてしまっていた。唯一ラジオだけは暇な夜の時間に流しながら眠りにつくのが日課となり、好きなものは何かと聞かれたらラジオと答えられるくらいはちゃんとした趣味になっていた。そして卒業式の前夜、明日は中学生活最後ということもあり、髪型は何にしようか、誰と写真を撮ろうかなどを考えながらいつものようにラジオを聞いていた。その日流れていたラジオは知らないアニメのラジオ番組でそのアニメの声優が出演していた。bgmくらいのつもりで聞いていたわたしの耳にふと聞き覚えのある声が入ってきた。この声、どっかで聞いたことあるような、考えこんだわたしは部屋の本棚の上に置いてあったフィギアが目に止まった。この声の正体は昔さえちゃんからおすすめされてハマっていたアニメのキャラクターの声だった。久しぶりの好きなキャラの声と、いつもとは違う口調にわたしは聞き入ってしまった。
たしかにわたしの好きだったあのキャラが喋っている、しかしわたしが夢見たアニメの世界とは違い、私たちと同じところにいるような感覚で普通の日常会話をしている。この声の主はいったいどこの世界にいるのだろうか、わたしはこんなファンタジーの世界のようなことを考えた。アニメの世界でもない、しかしわたしたちと同じ世界にいるようにも思えない。とても不思議な空間のように思えた。わたしは声の主がいる世界に強く心惹かれた。この世界をもっと知りたいと思った。それからわたしは声優という仕事を急いで調べはじめた。
有名声優までの道のりは遠いらしい 鍵屋 @nh_Add01
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