異世界軽トラジャガイモ無双(下)
ジャガイモがだいぶ頼りない量になってきたころ、それは目の前に現れた。
魔王の城だ。でっかい。僕の住んでいたところの市立病院よりでっかい。レンガと木を組み合わせたこの世界の民家のスタンダードを踏襲しつつ、想像をぶっ飛ばす巨大建築である。
「これが魔王の城かあ」僕は呑気にそれを見上げてそう言った。そのとき、魔王の城からバサバサッと鳥のようなモンスターが飛んできて、ルネさんを捕まえていってしまった。
「あ、ちょ、わああーっ」ルネさんはそう悲鳴を上げ、なにやら魔法で鳥のモンスターを打ち払おうとしたが、魔法はモンスターに一撃も通らなかった。
……つまり、僕が魔王の城に踏み込んで、ルネさんを助け出さねばならん、ということか。なかなかぞっとしない話である。僕は百姓だぞ。武器っぽい持ち物と言えば十徳ナイフくらいのもの。勇者の剣的なものは持っていないし、魔法の撃ち方もわからない。
でもルネさんを助け出さないことには魔王を退治することもできない。しょうがねえな。僕は魔王の城に一歩踏み出した。
魔王の城の中は、なぜか和風の作りだった。しかし和風と言っても城というより居酒屋に近い。地酒の取り扱いの多い和風居酒屋ってこんなだよな……。下駄箱があるがとりあえず無視して土足で進む。作業用長靴で強引に進むと、悪魔っぽいやつが出てきた。
「ウキキッ。人間だ」悪魔はそう言い、僕を手に持ったフォークのでっかいやつ――牛の飼い葉を運ぶのに使うようなやつ――で僕を突き刺そうとした。やべえやべえ。僕は猛ダッシュで城の中を進んでいく。
居酒屋で言えば厨房に当たるエリアを突破し、なんとか第一階層を突破した。ここ何階建てなんだろ……第二階層に上る階段を上りながら、ため息をつく。
「おや、なんで人間がここに?」さっきの悪魔より賢そうな悪魔が出てきた。とんがった鼻に、眼鏡をかけていて、眼鏡チェーンをじゃらじゃら鳴らしている。
「ABC予想が解けないものはここを通しませんよ!」
賢そうな悪魔はそう言い、ぼわんと黒板が出た。チョークで板書しているのを横目に通り過ぎようとすると、突然腕がなにかに掴まれた。
「ふふふ愚かな人間ですね! わたくしの数学を理解できない人間は、魔王様の生贄となるのですっ!」腕は後ろ手に、蜘蛛の巣のようなものでぐるぐる巻きだ。そのまま悪魔は僕をどこかにワープさせた。
……ワープ航法、実際にやるとめっちゃしんどい。
危機感の足りない僕は、ワープ航法のめまいにしばしくらくらしてから目を開いた。
「あっ! 稔さん!」
ルネさんの声がした。見ると、ルネさんが体をがんじがらめにされて座っており、床は大理石の部分以外ぐらぐら煮えていて、その大理石の奥にある玉座に、魔王がでんと鎮座していた。
「ふん。人間風情がわしに勝とうなんて愚かそのものよ」
魔王――たぶん両脇の狛犬から倒さないと倒せないやつ――は、ハナホジ的な態度でそう言うと、杖をかん、と地面に打ち鳴らした。どごごごごご……と音がして、突如南アメリカの古代遺跡によくある心臓をささげる台が出てきた。
「お前たちは生き血の最後の一滴まで、我の動力になってもらおう」
どうやら僕とルネさんは殺されて心臓をささげられ、血もしぼられてしまうらしい。それは困る。僕は、両腕を縛る蜘蛛の糸をどうにか切らなくてはならない。なにかないか。なにかないか。右手がなんとかポケットに届きそうだけど……待てよ。ポケットには十徳ナイフが入っているはずだ。大して研ぎもしていないし、そもそもふだんはドライバーしか使っていないのだが、それでももしかしたら――やった! ポケットに手が届いた。
十徳ナイフを取り出し、腕を縛る蜘蛛の糸を切る。蜘蛛の糸は強靭な繊維で、罪人が何人ぶら下がろうが切れるものではない……らしいが、文学的には切れてもらわないと困るわけで、これも芥川龍之介の「蜘蛛の糸」と同じく小説ゆえ簡単に切れた。よっしゃ助かった。
糸が切れていないふりをしながら、そろりそろりとルネさんに近寄る。
「どうした。死ぬ前に口づけでもかわす気か」
「あ、いえ、その、えーと……まあ、そんなとこですね」
呑気にそう答え、僕はルネさんに耳打ちした。
「ロープを切るよ。切ったら走って逃げるよ」
「走らなくても『戻り道の魔法』が使えるはず」
戻り道の魔法というのはRPGでダンジョンを脱出できるやつかな。なんで使わなかったの、と訊ねると、両腕を縛られていては魔法の印を切れないから、だという。
とにかくルネさんの腕を縛るロープを切る。ルネさんは自由になった両手で、素早く印を切ると、戻り道の魔法を詠唱した。魔王と、その横にいる狛犬は目を点にしていて、悪魔たちがわっと僕とルネさんに襲い掛かろうとしたが、こちらのほうが一瞬速かった。
またワープ航法のめまいでくらくらしながら立ち上がる。魔王の城の前に駐車した軽トラの前まで戻ってきたのだ。
「振りだしに戻る……かあ……」ルネさんは溜息をついた。
「そもそも僕、武器ってこの十徳ナイフしか持ってないよ」そう言って十徳ナイフを出す。ぱちぱちとナイフやらドライバーやら缶切りやらを見せると、ルネさんは、
「すごくカッコイイけど実戦ではなんにもならなそうね」と答えた。
「……待てよ」僕はふとあることを思いついた。それは、ルネさんが中で捕まっていたら、ぜったいにできない方法だ。ルネさんに魔物から守ってくれるようお願いして、僕は軽トラのドリンクホルダーに入っている麦茶、もとい無限ガソリンのペットボトルをとった。
「なにをする気ですか?」と、ルネさん。
「魔王の城、丸ごとガソリンで燃やしちゃおう。これはすごくよく燃える油だから、木造の魔王の城なら簡単に燃えるはずだ」
魔王の城のぐるりにガソリンを撒き、ついでに木造の部分にもかける。僕はてっきり、魔王の城は石づくりのロマンチック街道の城みたいなもんだとばかり思っていたが、案外木でできた部分も多い。なぜなのか、ルネさんに訊いたら「経費削減でしょうね」という悲しい理由だった。ついでに言うと、どうせ人間の勇者はやってこないだろう、という理由もあるらしい。しかし経費削減て……。
ひととおり放火の準備が整った。僕はルネさんに、最大出力の火炎魔法を、魔王の城にぶつけて欲しいと頼んだ。ルネさんは印を切ると、たぶん漢字で書いたら地獄の業火がうんたらみたいな名前になりそうな、ヤバい火炎魔法を放った。
火炎魔法は魔王の城の、ガソリンを撒いたあたりに着弾し、爆発的に燃えた。炎上だ。魔王だから本能寺の変だ。僕は思わず、
「人間人生五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり……」と、敦盛を口ずさんだ。ルネさんはよく分からない顔をしている。
そのうち火の手は魔王軍の火薬庫に回ったらしく、ネズミーランドのシンデレラ城よろしく花火が上がり始めた。ルネさんに、
「あれが花火だよ」と説明する。
「きれいですねえ」呑気にそんなことを言うルネさんと、夜空をバックに火振りかまくらのごとく燃え盛る魔王の城を眺めた。そのとき。
「グワァーッ」という魔王の絶叫が聞こえ、魔王の城はひどい音を立てて爆発四散した。え、いまので魔王倒しちゃったわけ。火事で死ぬ魔王って弱すぎやしないか。
崩壊した魔王の城に炎が収まり、なにかいいものはないか焼け跡をうろついた。宝箱がある。開けてみるとビカビカと輝く伝説の剣が入っていた。
「それは、かつて神々から人間へ下賜された勇者の剣では……?」
ルネさんがそれを調べてそんなことを言う。なんでも、初代勇者が魔王討伐に出かけた時に、神々が勇者にそれを渡したものの、勇者は結局灼熱地獄で死んでしまったのだという。
ほかにもたくさん、歴代の勇者の武器や防具がぞくぞく出てきた。
「でもこんなにたくさん、なにで運びます?」とルネさんが訊ねてくる。
「僕らには軽トラがある」と、僕は答えた。歴代の勇者の装備を軽トラの荷台に乗せて、僕とルネさんは王都に戻る道を走り始めた。
ルネさんはタブラエをぽちぽちいじって、
「国王陛下に、魔王を討ち滅ぼしたと連絡しましたよ」と画面を見せてくれた。文章のやりとりは実に軽いノリで、「魔王倒しましたー」「まじかー褒美とらせるわー」というような内容。そしてかわいいスタンプも押してある。いやLINEかい。
王都がだんだん近づいてきたころ、ルネさんのタブラエがスマホの着信音そっくりの音を立てた。ルネさんは、「ウワァーッ」と叫んだ。なんだなんだ。見ると、農業研究所から、「ジャガイモの促成栽培に成功しました! 収穫大量です!」というメッセージがきていた。
「促成栽培ができるなら食糧難起きないんじゃないの?」
「魔王によって大地が呪われて、促成栽培以前に作物が芽を出すことすら難しかったんです」
と、ルネさんは答えた。
「魔王の呪いもなくなって、畑も安泰だし……ジャガイモがたくさん収穫できれば、人々の栄養状態もよくなる。やりましたよ稔さん!」
ルネさんはそう言って喜ぶ。どうにか王都にたどり着くと、盛大な歓迎が待っていた。王都はお祭り状態で、宿をとるのもやっとだった。
王様に謁見して、ルネさんは実家の農地を広げるお許しをもらった。そうか、ルネさんの実家は農家だ。ルネさんは、
「働き手が欲しいなあ。できれば男性の」
というようなことを言っている。これは遠まわしに、僕に婿になれと言っているのではなかろうか。軽トラに収穫されたジャガイモを載せて、ルネさんの実家に帰ると、僕は非常な歓待を受けた。うまい酒――米から作ったものでほぼほぼ日本酒――が用意され、貴重な干し肉、つまりサラミみたいなやつを使った料理もでんと出ている。
日本酒そっくりの酒(味的には高清水の純米大吟醸と同じ)をくいくい飲みながら、ルネさんは、
「あの。……わたしの知っているうわさでは、異世界から来た人は魔王を倒せば帰れるって聞いたことがあったんですけど、そうじゃありませんでしたね」と言ってきた。こいつベラボーに酒に強いぞ。
酒に強いことに定評のある秋田県民の僕は、ほんのり酔っ払いながら、
「そうだね、この世界にいざるを得ないってことか」と答えた。
「あの……それなら、わたしの夫に、なりませんか?」
強引な逆プロポーズだった。僕は日本酒そっくりの酒をくいっと飲んで、
「いいよ。元の世界じゃ農家に嫁に来る女の子なんかいなかったから結婚は難しかったし、僕も女っけ皆無だったし……ルネさん、結婚しようか」
双方、同意である。
というわけで、結婚式のご馳走は僕がルネさんの母親に教えたコロッケとポテトサラダだった。ジャガイモ、おいしいよね。
異世界軽トラジャガイモ無双 金澤流都 @kanezya
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