異世界軽トラジャガイモ無双
金澤流都
異世界軽トラジャガイモ無双(上)
おそるおそる、目を開ける。
確か、僕の運転する愛車はいまさっき、大きなトラックと衝突したはず。だが愛車――非常に不本意だが農業大学卒業のお祝いに買ってもらったのは、中古の軽トラであった――はどこも凹んだりしておらず、ラジオとカセットテープしか聴けないカーオーディオからは本人歌唱の津軽海峡冬景色が流れている。
周りはどうだろう。――あの、コンビニの駐車場が異様に広い故郷の田舎町ではないようだ。人がたくさんいる。たくさんの人は僕の軽トラ、カナクリ号を取り囲んでいる(韋駄天キャリィという車種なので……)。
たくさんいる人はみな痩せていて、疲れた顔をしている。
「え、ええと……」僕はどうしていいか分からず、当たりをきょろきょろする。人はみな、粗末な服を着ていて、カナクリ号からなにか略奪しそうな顔をしている。
「はい離れて! ここからは騎士団の仕事!」
拡声器で女の子の声が響いた。向こうから、拡声器をもったRPGの魔法使いみたいな服装の女の子がやってくる。胸にはきらめく剣と杖のバッヂ。カナクリ号を取り囲んでいた人たちは、ぞろぞろと去っていった。
「えーと。あなたは?」魔法使いはそう訊ねてきた。
「稔です。田中稔といいます」
「タナカミノル」魔法使いはそう、インコのように繰り返してから、
「どこから来たの? この乗り物は?」と訊ねてきた。
「え、えっと、秋田県大仙市です……ほら、大曲の花火で有名な」
「おーまがりの花火?」魔法使いはよく分かっていない顔だ。
「ほ、ほら、スターマインとか、空にばあーんって上がって、火で夜空に花を咲かせるあれ……浴衣姿のカップルのいちゃつく……」
「おーまがり? すたーまいん? ゆかた?」どうやら通じていないらしい。大曲の花火を知らないとは相当だぞ。ってことはここって異世界ってやつなのか?
まいったなあ。産直センターにジャガイモ納品しなきゃないのに。
「よく分からないけど異世界から来たということは分かりました。この乗り物は?」
「軽トラです」
「けいとら」
この乗り物が軽トラというものであり、積み荷がジャガイモであることを説明する。魔法使いはジャガイモがなんなのか分からないので、とりあえず魔法使いの勤めている「騎士団」の事務所で、ジャガイモを茹でてみることにした。
魔法使いは自己紹介してきた。
「わたしはルネといいます。このミデオンの地の騎士団副団長です」
「ここミデオンっていうのかあ。その若さで副団長ってすごいなあ」
しみじみと思ったことをつぶやく。騎士団の事務所に入ると、やっぱり疲れた顔の人たちが、事務作業だったり武器の手入れをしていた。隅っこにある給湯室――オフィスものドラマでOLさんが溜まってるとこ――で、ジャガイモの皮をむいて茹でて、バターもイカの塩辛も胡椒もないというので塩をぱっぱっと振って魔法使いのルネさんに食べさせる。
「ふまっ」ルネさんは叫んだ。「ふまっふまっふまっ」すごい勢いでジャガイモを食べている。喉に詰まるぞ。そう思ってハラハラしながら見ていると、
「この作物はなんなのですか? おいしいうえに明らかに栄養がある味がする」
と訊ねてきた。
「さっき言った通りジャガイモ……ですけど。もしかしてここってジャガイモがない?」
ルネさんは頷いた。
「わたしも農家の娘ですけど、こんな作物は見たことも聞いたこともない。タブラエに毎月送られてくる『魔導農業』にも載ってない」
魔導農業。『現代農業』みたいなもんなんだろうか。タブラエというのはタブレットかな。
「いまこのミデオンの地を含む、セラの国では……魔王が原因のひどい飢饉が起きています。見たでしょう? 街の人たちがガリガリに痩せてしまっているのを」
「あー……飢饉かあ。ジャガイモ、植える?」
「え? あれって実ではないのですか? 種は?」
「あれは食べるために収穫したイモだけど、芽の位置に注意して適当に切って埋めとけば、そこからジャガイモが採れるよ。花がこれまたかわいいんだ」
ルネさんが「ごくり」とつばを飲むのが聞こえた。そんなにおいしかったかぁ、ジャガイモ。そう思っているとルネさんは急に黙ってしまった。
「どうしたの?」そう訊ねるとルネさんは子供のようにはにかみ、
「稔さんは、背が高いですね」と呟いた。
「農家のせがれで子供のころは毎日浴びるほど牛乳飲んでたからなあ。いまはうち、牛はやってないけど。やっぱり動物は責任が大きいからなあ。あ、ごめん脱線した。どうせ異世界転生なら元の世界には帰れないだろうし、ジャガイモ、植えていいよ」
「魔王を倒せば帰れるといううわさもありますが……では! ジャガイモとやらを植える準備の前に、ぜひ国王陛下に献上しましょう! 王都まではたったの120キルテです。二日歩けば着きますよ」
キルテというのはキロのことかな。二日歩けば……ということはおそらくそういうことなのだろう。軽トラでいけば2時間ぐらいで着くのでは。それを提案すると、ルネさんはぽかん顔で僕を見た。
「どういうことです?」
「だから、あの車は時速60キロくらい……要するにたぶん、時速60キルテで走れるから、その距離なら二時間でいけるってことさ」
「ひょえ」ルネさんは奇声を発した。
というわけで軽トラで王都に向かうことになった。ルネさんは軽トラの速さにビビっていた。騎士団とはいえ馬に乗れるのは団長だけらしく、ルネさんはこんなすごい乗り物に乗ってしまったことにびっくりしているようで……やべ、ガソリンがなくなる。
もちろんこんな異世界にガソリンなんて期待できない。野垂れ死にを覚悟して、とりあえず落ち着こうとドリンクホルダーに入れてあったペットボトルの麦茶に手を伸ばし、キャップを開けた。……これ、なんか麦茶じゃない匂いがするな。……まさか、ガソリンか? ガソリンらしき液体は、ペットボトルを傾けると無限にどんどんあふれてくる。
たしかガソリンの色ってこんなだったよな。試しに砂漠に少量垂らし、なにか火を付ける方法はないか考える。それをルネさんに教えると、ルネさんは一番弱い炎の魔法を放った。
ぼっ!
麦茶、もといガソリンは激しく炎を上げて燃えた。やっぱりこれガソリンだ。恐る恐る給油すると、カナクリ号は無事走り出した。どうやらこの世界における僕のチートスキルは「ガソリンを生み出す」ことらしい。
王都に着き、ルネさんは王様にジャガイモを献上し謁見しようと言いだした。仕方がないので、僕もそれに参加することにした。いいのか、ワークマンで買った作業着着てるんだけど。
謁見の間に通されて、王様が席に着いた。
「面を上げよ」
「はっ」ルネさんはそういい顔を上げる。僕も恐る恐る顔を上げた。
「さきほど食べたが、ジャガイモというのは美味であるな」王様は恵比須顔でニコニコしている。そして、
「いまこの国は食糧難に苦しんでおる。稔よ、あの美味なジャガイモが、この国を救ってくれると朕は信じておるぞ。そなたは朕の国を救った勇者だ」
めっちゃ褒められている。恥ずかしい。
「――それで。セラの国の王家に伝わる言い伝えなのだが――『異世界より来たりて民草を飢えより救うもの、魔王をも倒す』という言い伝えがあってな」
……は?
「陛下。わたくしもそれを考えておりました。彼ならば、魔王すら倒せるのではないかと。魔王を倒せば、この飢饉も終わりましょう」
「決まりじゃ。稔よ、どうか魔王を倒してくれぬか。魔王を倒せば大凶作も終わろう。魔王の城は遥か世界の果てにあり、歴戦の勇者であっても魔王の城にたどり着く前に死んでしまうという。稔、そちは軽トラとかいう、とんでもなく速い乗り物を持っているのであろ?」
「え、ええまあ……しかし僕はただの百姓ですよ。魔王を倒すなんてそんな」
「ルネよ、そちも供をせよ。魔法学院を首席で卒業したそなたなら、よい旅の供となろう」
「光栄ですっ」
ちょっと待って、僕の意見はどこに消えたんだ。こめかみがピクピクする。
……どうやら、本当に僕は勇者として扱われているようで、軽トラに乗り込み王都を去るとき、たくさんの人が横断幕や国旗の旗をかざしていた。
ジャガイモは王都の「農業研究所」に半分預けて、種芋の切り方を説明して僕とルネさんは王都を出た。
旅の間食べられるものはジャガイモだ。栄養足りなくて死ぬわい。
軽トラの中でルネさんはタブラエをポチポチしている。本当に現代のタブレットみたいだ。
「ルネさんは農家の娘って聞いたけど、なんで魔法使いに?」
「いま魔法使いは農業をする家には一人必要、って言われてるんです。畑を荒らすモンスターを退治したり、促成栽培魔法を使ったり、錬金術で作物を加工品にしたり」
「へえー。騎士団に入ったのはなんで?」
「農業と二足の草鞋ですよ。親が言うには、騎士団で適当な婿を見つけてこい、って」
OH、農家の一人娘……。
「さ、くだらないこと言ってないで、魔王の城に向かいましょう! ここから先は灼熱地獄ですけど、どうします?」
灼熱地獄と言ってもただ砂漠からひどい陽炎が昇っているだけだ。窓を閉めて冷房を入れる。
「うわ! すごい! 涼しい風が出る!」
ルネさんがいちいち素直に驚くのが面白くて、僕はカーオーディオの電源を入れた。津軽海峡冬景色が流れ出す。ルネさんは目を白黒させている。
「こ、この機械のなかに、歌姫が……?」
「違うよ。これはカーオーディオっていって、別の場所で録音した音楽を聴けるんだ」
「しゅんごい……お腹減りませんか? ジャガイモ、アンチョビと合いそうな気がします」
比較的涼しい木陰に車を止め、ルネさんは持っていたアンチョビの缶詰でジャガイモを料理し始めた。あっこれ絶対おいしいやつだ。二人でそれをぱくつき、車に戻る。
見たことがないほどぎっしりの星と、二つの月が輝いている。
ルネさんはタブラエを助手席でいじりながらうとうとし始めた。何をしているか見ると、ツムツムのようなゲームだった。いや遊んでるんかい。
ルネさんの眠気がピークだったらしく、ルネさんはかっくん、と首を僕の肩に預けた。
お、おおお……女の子の匂いがする……!
僕は農業高校を出て農業大学に進学した生粋のイモボーイで、高校から大学を出るまでの七年間、女っけのない暮らしをしていた。農家の一人息子と付き合おう、結婚しようと考えてくれる女の子はそうそういないのである。
可能性があるとすれば「地域おこし! 農家民宿! 古民家カフェ!」みたいな女の子だが、そういうのはなんというか、こちらから願い下げだ。
農家の実情も知らんでキラキラ部分だけ摂取しようという女なんぞ興味はない。現実世界の我が家がちゃんと食べていけるのは、僕の大学進学と同時に三十頭いた牛をぜんぶ肉にしたからだぞ。そういう悲しみと向き合う気のない女なんぞ興味はない。
おっと悲しいことを考えてしまった。とにかく、僕はペットボトルから無限にあふれてくるガソリンで、灼熱地帯や極寒地帯を軽トラで走破した。
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