【16話】赫気術

 俺は、ユニオンから離れた場所へ向かって歩きながら周りを観察していく。


 門から遠い外縁部に行けば行くほど、服が汚れたり破れている人が増えて来たし、物乞いみたいな奴もいる。

 もしかしたら、ここら辺はスラムって奴なのかもしれないな。

 なら、あんまり奥まで行かないうちに引き返した方が良いか。


 その時、少し離れた場所に他の家などよりも立派な教会のような建物があるのが見えた。


「なんか古ぼけてるけど、あれは教会か?」


 寂れているみたいだから人がいるかも怪しいが、どんな場所なのかも少し興味があるし、最後にあれだけ見て行くか。


 教会の扉を開け中を見てみると、床には薄らと埃が積もっていた。


 もしかしたら、あんまり人が来ていないのかもしれないな。


「誰かいらっしゃいますかー?」


 念のため入り口から声を掛けてみるが、返事が返ってこない。


 ただ、静寂が相も変わらず返事を返すだけだった。


 しょうがない、人も居なさそうだし勝手に見て行くか。


「失礼しまーす」


 中に入ってみると、神父の話を聞くためにか、木で出来た背もたれのある長椅子が聴講席としてずらっといくつも並んでいて、奥には祭壇のようなものがある。


 こういうちゃんとした教会に来るのは初めてだな。

 あんまり神だの何だのってのは信じてないが、なんか、空気が静謐って言うのか?

 よく分からないけど、そんな感じだ。


 ゆっくりと歩きながら教会の中を見渡していると、不意にガタッとどこかから小さく音が聞こえた。


 自分1人だけだと思っていたため、一瞬ビクッと体が反応するが、その後は何も聞こえず再び静寂が訪れる。


 今のはネズミかなんかだったのか?

 それか、建物が古過ぎて変な音が出ただけかもな。


 気を取り直して止めていた足を動かして周りを見ていくと、またガタッと先程よりも大きな音がした。


 今の音の感じ、ネズミや建物の音じゃ無さそうだよな。

 一体何の音だっていうんだ?

 多分、こっちの方から聞こえて来た気がしたんだが……。


 そーっと、息を殺しながら音が聞こえて来た方向に歩いて行く。


 目に見えないものって怖いんだよな。

 昔から幽霊とかは得意じゃ無かったし。


 音が聞こえた場所に近づいて行くと、何やら呼吸音のようなものが聞こえてくる。


 何か生き物がいるってことか?

 でも、ここは日本じゃないから何がいたっておかしく無い。

 さっきの音の感じだと、この椅子の辺りだと思うんだが。


 万が一のために身構えながら慎重に椅子の裏手から正面に回っていく。


 ドクドクと脈打つ自分の心臓の音がうるさい。


 そこにいたのは、モンスターや幽霊などではなく、50代前後に見える聖職者らしき男が横になって眠っていた。


 俺は、知らず知らずのうちに止めていた息を盛大に吐き出すと、肩の力を抜いた。


 良かった……。


 何だよビビらせやがって。

 眠ってるなら眠ってるって言ってくれよ。

 でもまあ、何で寝てるのかは知らないが、多分この人がこの教会の神父かなんかだよな。


 俺が起こそうと手を伸ばすと、


「ふぁーっ、よく寝ました」


 俺の手を払い除けるように伸びをしながら居眠り男が起きて来た。


「おや? あなたはどちら様ですか?」


 すぐに俺の事に気付くと、不思議そうな顔で尋ねてくる。


「俺はマコトってもんです。 そこら辺をぶらついてたら、たまたまここが気になって入ってみたんですけど、駄目でしたか?」


 物腰が柔らかいせいか分からないが、居眠り男と話す時はあんまり緊張しないな。


「いえ、駄目なんて事はありませんよ。 ただ、珍しかったもので」


 俺が頭に疑問符を浮かべていると、それに気付いたのか居眠り男は苦笑を浮かべる。


「実はこの教会は、私個人で建てたものなんです。 この街には既に紳試教会という有名な教会があるので、こんな寂れた零細教会にはなかなか人が来ないのですよ」


「そうなんですね」


 俺は肯定をしても否定をしても、良く無いかと思ったが、上手い言葉が見つからなかったので、ただ相槌を返した。


「ここに来たのも何かの縁です。 何かお困りの事があれば相談に乗りますよ?」


 すると、居眠り男は自分の事は棚に上げて相談に乗ってくれると言う。


 せっかくだしお言葉に甘えて少し話でもしてみるか。


「強くなれる方法を探してるんですけど、何か知っていたりしますか?」


「ふむ……それは何のための強さですか?」


 何のため?


 強くなる方法を教えてくれるのかと思ったら、予想外の返しに一瞬言葉に詰まる。


 俺は、俺たちの故郷を取り戻すため、仇を討つために強くなりたいと思った。

 その発端は、仲間を殺されて故郷を奪われたからだ。

 だから俺は、同じ事が起きないように、仲間も故郷ももう二度と奪われる事の無いように、全てを護れるくらい強くなりたいって思った。


 なら、答えは……


「俺の仲間と住む場所を護るためです」


 俺は、静かにこちらを見つめる居眠り男の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


 居眠り男は、しばらくじっと俺の目を見つめていたが、ふっと笑み崩れる。


「そうですか。 なら、良ければ私が一つ術を教えましょう。 きっと役に立ちますよ」


 術?

 一体何の事だ?


「その術は赫気術、と言います。 まあ、口で説明するのも何ですし、まずはお見せしましょう」


「まずはこれが、バリア!」


 居眠り男の声と共に目の前に半透明な盾が浮かび上がる。


「これを殴ってみて下さい」


 言われた通り右手で殴ってみるが、見た目通り頑丈なのかびくともしない。


 というか手が痛ぇ。


「次は、インパクト!」


 また居眠り男が何やら呟くと、今度は衝撃音と共に盾が破砕した。


「うぉっ! 痛てて」


 その音に驚いて尻餅をつくと、居眠り男が俺に近づいて来て、また何事かを呟く。


「ヒール」


 すると、たちまちお尻の痛みが消え、先ほど盾を殴ってまだ痛みが残っていた右手の痛みさえ完全に消え去っていた。


「なんかすげぇー」


 思わず敬語を忘れて声を上げてしまった。


 俺の感想を聞いた居眠り男は言葉遣いなど気にした様子もなく、確かにと頷く。


「ええ、この赫気術は、とても素晴らしい力です。 しかし、何の代償も無しに使えるという訳でもありません」


 代償?

 何かを消費してるって事か?


「魔法であれば、魔力というエネルギーを消費しますよね? それと同じように、体を動かすのにもエネルギーを消費しています。 このエネルギーに着目して生み出されたのがこの赫気術なんですよ。 そのため赫気術は、自らの体力を代償に奇跡を生み出す事が出来ますが、その分早く疲れてしまうという欠点も併せ持っています。 それも、体力が無くなっても行使を続けてしまうと、体力の代わりに生命力を消費してしまい、最悪死に至る事もあります」


 なるほど。


 確かに欠点は相当に大きいが面白そうな術だ。

 それに、俺の場合はダンジョンマスターだから死ぬ事は無い分、相性も悪く無いかもしれない。


「すぐにバテてしまうので、ユニオンの方々にはあまり人気はありませんが、教わるかどうかはあなた次第です、どうしますか?」


 今のままだとどうせ弱いままだ。

 なら、この居眠り男に赫気術とやらを教えてもらうのも一興だ。

 どこまで強くなれるか分からないし、出来れば並行して他にも強くなる方法が無いか探していけば良いだろ。


「その赫気術とやら、良ければ俺に教えて下さい」


 居眠り男は俺の答えを聞くと、パァーっと目を輝かせ満面の笑みになった。


「なら、明日から教えますので、一緒にお布施を持って来て下さい。 今回は特別に無料として、そうですね、あなたはあまりお金を持って無さそうですので、一回1000ゼニーとしましょうか。 よろしくお願いしますね」


 は? 今何て?


 先程までの雰囲気はどこへやら、突然の変わり身に呆然としていると、居眠り男は嬉しげにスキップなんかをし始める。


「いやー、明日からは美味しいご飯が食べられそうです。 これも神の思し召しでしょうか?」


 無料で教えてくれる雰囲気だったのに金を取るのかよ……。


 もしかしたら、この教会が寂れた本当の理由は、有名な教会があるせいなんかじゃなくて、実はこの生臭坊主の性根のせいではないかと、俺は本気で疑問に思うのだった。

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ダンジョンマスターなのにダンジョンを奪われました!? 〜俺も仲間もダンジョンさえ、奪われ殺され希う。 いずれ全てを護る最強へ〜 565656 @gorogoro56

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