「暑いの、暑い」


 錯乱状態にある夏子は叫んだ。振り回す腕が、ぺチぺチと何かに当たる。


「温度を下げなきゃ。どうにかして下げなきゃ。アサギが死んじゃう!」


 その時だ。空気に割って入るように、夏子を呼ぶ声が彼女の耳に届いた。


「夏子さん」


 夏子の肩を押さえる青年は、アサギだった。ただし、翅はない。青いつなぎのような服の上に、白衣をまとっている。


「部屋から出てはダメだと言ったでしょう。さ、帰りますよ」


 夏子は呆然ぼうぜんと、辺りを見渡した。真っ白な廊下。自分はオレンジのシャツを着ていた。まるで、入院着のような。自分と同じようなシャツを着た男女が、面白がるように自分を見ている。


『また脱走か』

 誰かが言った。


「外に……」

 混乱する頭で、夏子はつぶやいた。


 アサギだと思った青年が、困ったように笑う。


「出たら、死んじゃいますよ。外は今日も、50度を超えていますから」


 どこからか、ラジオが聞こえてくる。


「2220年。8月21日。気温は51.4度を記録し、歴代最高気温を更新しました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界は今日もうだるように暑い 灰羽アリス @nyamoko0916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ