第36話 二十人目③
荒癇 応供は女神を侮辱する不信神者を殴り殺して思った事はただ一つ。
女神様の素晴らしさを理解できないゴミが消えて世界が綺麗になったとか考えているのでまぁ、ヤバいわね。
もう、さっきからヤバいしか言えないわ。
荒癇 応供は外で扉を開けようとしている大人達を見てどうしたものかと考える。 両親も教師も警察の人間も病院の人間もどいつもこいつも自分がこんなにも真剣に女神様の美しさと偉大さと素晴らしさを伝えているというのにそれを理解しようとしない。 何故だ?
……いや、私が美しくて、偉大で素晴らしいのは絶対的な真実だけどそんなの私を知らない奴にいくら説いても理解できるわけないじゃない。 だって知らないんだから。
人間は愚かなんだから認識できないものは理解できないわ。
何故ならそれは想像力の外にあるから。 荒癇 応供はその辺の理解が足りていないわね。
色々と身に着けてはいるけどまだ十歳の子供。 この辺は歳相応ね。
どうするのかしら? このまま私の素晴らしさを広めるのは良いのだけれどこんな調子でやってたら人類を皆殺しにする事になりそうね。
荒癇 応供は悩む。 深く深く悩む。 自分はこれからどうするのかを。
こいつ凄いわね。 どうすれば理解力のない者に女神の偉大さを伝えられるのだろうかとか考えてるわ。
――で、結論は出る訳ないと思ったけど驚くべき事に出ちゃったのよねぇ……。
荒癇 応供は病室の窓から外へと飛び出し姿を消したわ。
全てから逃げ出した荒癇 応供がやる事は既に定まっているので行動に迷いはない。
こいつがやったのは山に籠る事よ。 傍から見れば何をやっているのこいつはと思うけど、一応ではあるけど理には適っていた。 こいつは自分には普通ではない力があると理解しているのでそれを使いこなす為に時間が要ると判断したからだ。
ガチャでの付与で私からの説明を行っている状態だったので何が使えるのかは概ね理解している事は大きいわね。
一日目。 山の奥深くへと潜り、大きな滝を発見。
二日目。 滝に打たれ始めたわ。 血迷っているように見えるけど、割と悪い修業方法ではない。
自然に触れる事でこの世界に流れている力の流れを強く意識し、制御法を学ぶにはいい選択ね。
三日目。 元々使えるって理解しているだけあって早い。 もう力の流れを可視化する術を身に着け始めたわ。
この世界の住民は構造的に魔法やそれに類する技能や技術を扱えないようになっている。
それは世界がエネルギーを必要としないから。 この畑は実った作物を大地に還元させずに何度も命を巡る事ができるように大きな力を与えた。 もしかしたら親心の類なのかもしれないけど、結果的に異世界に食い物にされているんだから皮肉な話よね?
荒癇 応供はあっさりと枷を取り払い、この世界の人間から逸脱した存在へと変貌する。
――というよりはもうこの世界の輪廻の輪から外れているのでその辺は今更か。
四日目。 エネルギー――当人は神通力と呼ぶ力を体外で扱える術を習得。
物を浮かしたりとかね。 所謂、
一度、コツを掴んでしまえば後は早く、炎や氷などを出す分かり易い能力に生体を流れるエネルギーの流れを整える事により治癒や強化。 特に力を入れて学んだのはこれね。
結局、修行に費やしたのは十五日間。
それと並行してどうすれば私の素晴らしさを世の中に認知させるかの計画を練っていた。
下山した荒癇 応供が行ったのは街の片隅にある橋の下へ向かう事。
そこには複数のダンボールとブルーシートで作られた家。
要はホームレスの居住区ね。 明日の希望もなく、今日一日を食つなぐのでやっとの者達。
そんな連中に荒癇 応供は夢を見せる事にしたみたい。 弱った体を癒し、力を見せつける事であっさりと信用と尊敬を勝ち取ったわ。
さて、もうここまで見れば大体、察しが付くかもしれないけど荒癇 応供がやろうとしているのは新しい宗教の創造だ。 まずは落伍者に夢を見せて頭数を確保。
次に確保するのは支援者だ。 いくら力があっても荒癇 応供は社会的には子供。
後ろ盾は必須だ。 で、こいつは何をしたのかと言うと裏社会――要は犯罪に近い事を生業としている人間を懐柔した者達に襲撃させ、それを助けるといったマッチポンプを行って恩を売りつつ力を見せつける。
案を知った時はこれ上手く行くのかしらと思ったのだけれども、荒癇 応供も上手く行かないと思っていたわ。 なら何でこんな真似をと思ったのだけれど意図を知って軽く引いた。
思惑が透けて見えたとしても力自体は本物なので取り込む価値があると見せつける事が本命だったみたい。 こうして荒癇 応供は裏社会に身を沈める事となったのだけどそれは目的の為の手段に過ぎなかったわ。
荒癇 応供は組織を後ろ盾にするのではなく内側から乗っ取ろうとしていたのだから。
どうも学校でクソガキを殺した時の失敗を自己分析して行動に反映した結果らしいわ。
組織は人の集まりである以上、洗脳しやすい者が一定数存在する。 荒癇 応供はそんな人間を取り込み徐々に組織を乗っていく。 そして扱いにくい、扱えないといった邪魔な人間は排除。
目的へ向けての合理的な思考形態は人間のそれから逸脱し始めているわね。
根本が違うから年齢からは考えられない合理性。 気が付けば組織を完全に乗っ取っていた。
その間、何と一年。 邪魔な人間は全て何らかの要因で姿を消し、荒癇 応供に都合のいい人間だけで構成された経営陣が完成。 驚異的な速さではあるけど、荒癇 応供からするとここまでやって前準備なのだ。 資金も後ろ盾も手に入ったので今度は団体を作る準備。
教義は非常にシンプルで私を信じ、敬う事。 星と運命を司る女神は当人に眠っている力を引き出し、新しいステージへと導いてくれる。
……まぁ、そこまで間違っていないわね。
正直、持ち上げてくれるのはありがたい。
信者が増えれば増えるほど私の所に力が流れてくるので、ガチャで他から徴収する必要がなくなるからだ。 ただ、それでも私はガチャは止めないけどね。
だって、私はガチャを引いた奴がどうなるのかを最後まで見ていたいから。
これは私の純然たる趣味よ! 人間の人生は十人十色、様々な彩があるわ。
面白いもの、くだらないもの、なんでもいい。 見ていればそれなり以上に楽しめる。
――それに――
この空間で何もしていないのは暇だからね!!! 退屈は敵よ!!!
だから荒癇 応供の事も最後まで見続けるわ。 ぶっちゃけ気持ち悪いと思ってるけど今の所は結構、面白いからどんな結末になるのかしら? そこが凄く気になるわね!
星運教は世間での認知度は低かったけど、有力者の認知度は高かったわ。
超常の力を振るう教主が存在する謎の宗教団体。 水面下でその勢力を広げ、表に出てからからたったの二年で信者数は二十万人を超えたわ。 こういったものは規模が大きくなればなるほどに磁石のように人を引き付ける。 しかも荒癇 応供は他者のエネルギーの流れに干渉し、異能を引き出す術を身に着けていた。 これは女神様から賜った奇跡で、それを分けてやるといった上で信者の能力を覚醒させている事も勢力の拡大に寄与している。
ここまで行くと段々と集団としても殺伐としてきたわ。
表向きは宗教組織であるが裏では超能力者を大量に抱えている。
超能力、異能はこの世界では珍しいが存在しない訳ではない。 つまり既に身に着けている者達が居るのだ。 そしてその利便性と優位性を十全に活かして社会に溶け込んでいる組織もまた存在する。
そんな連中がいきなり現れたぽっと出の集団の存在を知ったらどうなるのか?
まぁ、面白くないわね。 水面下でのやり取りを経て全面戦争へと発展したわ。
荒癇 応供がガチャを引いてからこの間、たったの五年。
それなりに長いスパンで色んな人生を見て来たけどここまで濃いのは割と珍しいわ。
こうして現代日本を舞台とした超能力者同士の大きな戦いが起こった。
場所は都心から少し離れた山中。 世間には知られずに起こった大きな戦いはこの世界の裏の歴史に刻まれる事となった。 荒癇 応供はその先頭に立って戦ったわ。
五年。 この歳月はただのガキを超越者へと押し上げた。
とにかく強い。 力の流れを感知できる眼があるので些細な違和感は即座に看破、あらゆる奇襲を返り討ちにし次々と敵を撃破して味方を勝利へと導く。
そしてその背中を見て奮起する彼の配下。
荒癇 応供はもしかしたら英雄的な資質もあったのかもしれないわね。
この世界ではそうそうお目にかかれない激しい戦闘が繰り広げられる。 戦況は星運教側が優勢だったけど、途中で参戦した別組織が現れてからそうもいかなくなった。
奇妙な本を持った一団でそれを用いる事で情報存在を限定召喚して使役するといった無秩序な異能ではなく体系化された技術を用いて襲い掛かってきたのだ。
しかも戦い慣れているのか戦況はあっさりと引っ繰り返された。
荒癇 応供は敗北を悟るが逃げる事はしない。
逃げるという事は女神の教えを否定する事。 それだけは死んでもできない。
……いや、別に逃げても私は怒らないわよ?
「――女神様。 貴女に俺は救われました本当にありがとうございます」
勝てない。 しかし逃げる事も出来ない。
ならどうするべきか? 荒癇 応供の決断は自身に内包されている全ての力を使って敵を道連れにする事だった。 盛大な自爆だったわ。
当人が死亡した事で観測不能になったけどまぁただでは済まないでしょうね。
死亡した事で元の空間に――戻らない!? どういう事?
荒癇 応供の知覚は奇妙な空間を認識していた。 当人には初見でしょうけど私には見覚えがあったわ。
あぁ、ここは世界の外ね。 死亡したのは確かだけど世界との断絶によってはじき出されたみたい。
大抵の場合、このまま消滅するかどこかの世界に引き寄せられて転生って流れかしら?
荒癇 応供の魂はこの環境に即座に適応を始めたのか謎の変異を始める。 お、おぉ、凄いわね。
この状態で外界を認識できるなんてどうなってるのかしら?
次はどうなるのだろうか? そんな期待を込めて食い入るように見つめるけど――
――あれ?
気が付けば元の場所へ戻っていた。 意識の接続が切れた?
何故と疑問を抱いたけどややあって気が付いた。 荒癇 応供の魂は変性――この場合は進化かしら?――を果たした事により私の干渉を受け付けないほどに存在としての格が上がったのだ。
もっと見ていたかったけどこれは仕方ないわね。
まぁ、あのまま消えてなくなるかもしれないけど上手く生き延びれば何かを成すかもしれない。
「それを知れる日を楽しみにしているわ」
静かになった空間で私は一人佇む。
そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。
次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。
私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。
フォルトゥナ・フォーチュン kawa.kei @kkawakei
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