愛の相談

志央生

愛の相談

「相談があるのだけれど」

 そう持ちかけてきたのは、私が親しくする女性でサークルの後輩だった。

 その神妙な面持ちにただ事ではないと察した。

 大学近くにある喫茶店『大黒」に入りホットコーヒーを注文する。

「それで相談って」

 対面に座る彼女に私は話を切り出す。彼女は落ち着かない様子で体をもぞもぞと動かし、恥ずかしそうに顔をうつむかせる。

 このとき、私の中にある男の性分がこれから起きることを予見する。

 これは世に言う、告白という物ではなかろうか。対面に座る彼女とは、そこそこに親しく世間話から趣味の話をする仲である。男女の関係の始まりは些細な共通点からシンパシーを感じることだ、と何かの本で読んだ記憶がある。これは、その例にピッタリと当てはまる。

 何より彼女の気恥ずかしそうな態度を見れば一目瞭然だ。告白するのに大層に緊張しているのだろう。

「あの、その」

 言葉を紡ぐ口がたどたどしく、その初々しさもまた良いものである。

「お待たせしました。ホットコーヒーでございます」

 ちょうど良いタイミングで店員がコーヒーを運んできた。私は少しだけ格好つけた声で「あぁ」と言って、店員を下げる。

 彼女もどこか気持ちが吹っ切れたのか顔を上げて言葉を告げた。

「実は、先輩のお友達を好きになりました。できれば、そのうまくいくようにお手伝いしてくれませんか」

 コーヒーカップを持ち上げた手が動きを止めた。予想外の言葉に動揺をしたのは言うまでもない。彼女は今なんと言ったのか。私の友達を好きになったと口にした。

 それはつまり、私を利用しようとしているのか。「私の友達を好きになったと。ようするに、君は私に友を売れと言っているのかな」

 ソーサラーの上にカップを戻し、私は口元に手を当てる。動揺がバレないようにするためだ。

「そんなことを言っているつもりじゃないのです。先輩に仲介をしてもらいたいのです」

「それは結局、私に大切な友を売れと言っているのと同じだろう。仲良くなり、あわよくば恋仲になれればと考えているのであれば自身の力で頑張るべきだろう」

 少し早口でしゃべりながら、私はずいぶんと彼女を突き放すようなことを言っていた。それが自分への告白ではなかったことの八つ当たりと言われてしまえば言い訳できないだろう。

「先輩はどうしても仲介をしてくれないのですか」

 彼女が私を見る目が「失望した」と言っているように思えた。

「仲介をする以前の問題と言っているのだ。なんの努力もせずに人の助力を請うのは、どうなのかとな。手を尽くした後で私を頼るのであれば、協力することもやぶさかではない」

 私は鼻を鳴らしながら、息を吐く。彼女は少しうつむいてから私のほうをもう一度見た。

「わかりました。お時間をいただき、大変申し訳ありませんでした」

 彼女は席を立ち、ズカズカと足音を立てて店を出て行った。扉に取り付けられたベルが大きな音を立てていた。

 私は少し冷めたホットコーヒーを啜る。ほろ苦さと酸っぱさが口の中に広がった。


                                  了

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愛の相談 志央生 @n-shion

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