第30話 エピローグ



 そこは薄暗い部屋だった。


 参加者間に序列をつけないよう、円卓が置かれ、出入り口すら席の数だけ設けられているという徹底ぶりだった。


 今そこに、幾人かの人影がある。


 年齢はおろか、男女の性別すら判然としない。何故なら彼らは頭まですっぽりと覆うローブをまとっているからだ。


 顔には祭で使うような、装飾が施された仮面をつけているのでお互いの正体すらわからない。


 そうした間柄でこそ遠慮のない話し合いが行えるという理念のもとに作られる円卓会議だった。


「今日の議題はザントゼーレ帝国について」


 仮面のせいで声はくぐもっており、そこから正体を探ることもできなかった。


「同盟軍は失敗したようですな?」


 その声には、特に嘲るという気配はなく、淡々と事実のみを確認していた。


「問題あるまい。勝てればよし、勝てずとも彼の国の恐ろしさの一端でも引きずり出せれば儲けものといった予定だったのだからな」


「その意味では、我らの被った損害も、予想を上回るものではなかった」


「巧妙に、王国勢から優先的に被害に遭うように仕組んでおいたのでな」


「正体まではわからないが、やはりあの皇帝の力、侮ることはできんか」


「然り。かの暗黒教団とも繋がりがあるという噂もある。やはりお飾りの王女だけに任せておくには限界があるだろう」


「待て待て、お飾りというが、あれはあれで中々の傑物ぞ?」


「確かにな。今回の遠征には非協力的だったが、帝国の危険性がよりはっきりした今、王女もこれで本腰を入れてくれるであろう。もしそうならなければ、またこの世から退場してもらって別のお飾りをいただけばいいだけよ」


 物騒この上ない結論に落ち着いたにも関わらず、列席者は「くくく」と意地の悪い笑みを漏らしただけだった。


「ならば、我々としては今後どうするつもりなのだ?」


「それぞれの国から援助に乗り出すという形で、同時に王女にも動くように圧力をかけていく、というのが妥当なところであろう?」


「うむ。ならば、これまで通り、誰がどこにかけあうか、どこがどれだけの資金を拠出するか、そもそも金を出すのか人を出すのかすべては闇の中ということでよいな?」


「むろん。それこそが、この賢人会議の肝であろう」


「そう、あくまで自然発生的に、すべての事象は紡がれる。誰かが我らの存在を勘ぐることはなく、たとえ勘ぐられたとしても実態が明るみに出ることはない」


 それがこの会議の性質だった。


 確かにすべての手札を見せて、互いの役回りを振り分けた方が効果的に状況を動かせるだろう。


 だが有機的につながった組織は、全貌を掴まれた瞬間対応策を練られてしまう。


 ならば多少無駄が出たとしても、その行き違いさえある種の目くらましとして、敵に対処されることを防ぐのだ。


 彼らの有り余る財があってこそ可能な組織図。


 彼らはこうして世界を影から操ってきたのである。


               ◆◆◆


 ザントゼーレ帝国、帝都ザムニスを離れ、海路で数ヶ月進んだ小島に、暗黒教団トラグフェルの教団本部があった。


「お母様、クリームヒルトです。ただいま戻りました」


 クリームヒルトは帰還の挨拶をしながら教団の聖殿へと足を踏み入れた。


「クリームヒルト、何度も言いますがここでは教母と呼びなさい」


「はい、お母様」


 まるで承知した様子がないクリームヒルトに、トラグフェルの教母は諦めの吐息を漏らす。


「それよりも、ザントゼーレについては聞いておられますか?」


 船旅の間、食料や水を補給するために立ち寄った港で同盟軍が帝国領に向けて侵攻した話を耳にしていた。


 ハルトの雄姿を見たかったのだが、心配はしていなかった。


 そしてその通りに圧倒的な数を誇る同盟軍を撃退したという報せは、島に到着した際に聞き及んでいる。


「ええ、さすがは暗黒皇帝として我らの上に君臨される方。お前の見立ては間違ってはいないようですね」


「はい。用が終わればすぐさま帝国に戻り、ハルト様と、そしてあの力の傍から離れないようにいたします」


「期待しています。全ては暗黒神のお導きのままに」


 予定通り、暗黒皇帝としての力の片鱗を見せはじめたハルトの働きに満足し、クリームヒルトは運命の日に備えて動き出すのだった。


               ◆◆◆


 気づいたとき、遥人は暗闇の中にいた。


 これが、夢であるという自覚があって、それを認識した瞬間――、


(マジかよっ!)


 と突っ込んでいた。


 夢だからなのか、今ひとつ記憶が曖昧模糊としている。


『俺、死んだんだよな。で、「フェーゲフォイア・クロニーケン」の世界で……。ちょ、おい、まさか、夢オチか!? いやいやいやいや、でも、死んだところまでは本当? さすがにそのあとは夢?』


 夢の中で混乱しまくる遥人だったが、


『どもども、すっかりご無沙汰しちゃいましたが、お元気ですか? 僕ですよ、あなたの分身、ディートくんでっす!』


 聞き覚えのある声が出現する。


 相変わらず相手の姿は見えない空間だ。それだけに、このハイテンションな登場は忘れようとも忘れられるものではなかった。


『ディートリッヒ! あんた、今までどこに行ってたんだよっ!』


 思わず声を上げていたが、これでさらに混乱が深まってしまった。


『え、でも、いや、どこへ行っていたって言うか、あんたが出てくるってことはやっぱりアレ現実だったのか?』


『も・ち・ろ・ん、で~すっ! いやぁ、見事な初陣でしたね!』


『見てたの!?』


『ばっちり!』


『ばっちり、じゃないだろ! あんた何やってたんだよ! 暗黒皇帝なんだろ? なんか、イマイチ貫禄ないけれど……』


『え~、暗黒なんて、人聞きが悪いじゃないですか!』


 突然の再会に、これまで言ってやろうと思っていたあれこれが、とっさには出てこない。


『なんていうか、俺が知っている暗黒皇帝と全然キャラが違うんだけど?』


『ああ、こっちが僕の地ですよ。まぁ、召喚の儀式をするために、ちょっと色々混じっちゃったので違和感はあるかもしれませんが』


『色々混じったって……』


『いひひひ、それは後々わかってくると思いますから大丈夫です!』


『大丈夫とか大丈夫じゃないとかって問題じゃないと思うけれど……』


 ディートリッヒがどこかこの世界からズレているような違和感の正体は、教えてもらえないらしい。


 後々わかると言われても、本当かどうかは疑わしい。


 そういう、疑いの目を向けられている気配を感じたのか、


『じゃあ、ちょっとだけ真面目に。すみませんでした御苦労をおかけしてしまいまして』


 急に神妙な言葉遣いになる。


 こちらとしては、いきなりに真面目になられても困惑することしかできないのだが。


『……色々言いたいことはあるけれど、アリーセが悲しんでいたぞ! あと、沢山村人達が死んでしまって! あれ、お前が皇帝を続けてたら助けられたんじゃないのか!?』


 遥人は確かに戦争を乗り切ったかもしれない。それでも、皇帝という役目については素人であることに変わらない。


 そもそも、安易に和平会談に乗り出さなければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれないという疑念が拭えなかったのだ。


 もちろん、それが八つ当たりなのは自分でも理解していたが、ちゃんと皇帝としての教育を受けたディートリッヒなら、こんなに安易な行動を起こさなかったのではと思うと、どうしても責めるような言葉が口から出てしまった。


 遥人が指摘すると、ディートリッヒは珍しく困ったように言い淀んだ。


『そこを突かれると、僕も弱いですねぇ。でも安静にしていても半年も生きていられなかったので、仕方なかったんです』


『死ぬって、オストヴァルト達が言っていたのは本当だったのか?』


『え、疑ってたんですか? やだな、僕はそんな嘘つきに見えますか?』


 充分見えると言いたいが、本当に死んでしまうのだとすると、正直な感想を口にするのは躊躇われた。


『とにかく、これは夢だけれど、ザントゼーレで起こった出来事は本物?』


『もちろんですよ~! これからも僕の身代わり、お願いしますね?』


 どうやら、皇帝の身代わりを押しつけられ、『フェーゲフォイア・クロニーケン』によく似た世界で東奔西走していた経験は、本当のものであるらしい。


 だとすると、今度は理由が気になる。


『何で、俺を選んだんだよ』


『なんて言うか、あなたには、この世界が合うと思ったんですよ』


『合う……?』


 なんとも曖昧な言い方に、遥人は今一つ納得できなかった。


『出会ったとき、どうでもいい、みたいなことを仰っていましたけれど、そんなあなたがずいぶん感情を露わにしていらっしゃったじゃないですか?』


 確かに、我ながら久々に喜怒哀楽が目まぐるしく入れ替わった一ヶ月だったとは思う。


 いつの間にか、遥人はこの世界で活き活きと振る舞っていた、のかもしれない。


『どうですか? 僕の国の連中は?』


『どうって言われても……』


『可愛くないですか? 顔が恐いと言ったり、あなたの戦果に目を輝かせたり……』


『いや、顔が恐い呼ばわりは余計!』


『じゃあ、あなたの活躍を我がことのように喜ぶ素直さは?』


 戦場で浴びた喝采を思い出す。


『……まあ、悪くはない、かな』


 遥人が応えると、ディートリッヒからは「うんうん」と頷いているような気配が伝わってきた。


『恐い顔は余計って言うけれど、逆にそんなあなただから、人間も亜人も分け隔てなく接してくれると思ったんですよ』


『まぁ、さすがに顔で先入観はないわな』


 いささか自嘲気味に同意したが、ディートリッヒは嬉しそうに勢いづく。


『でしょでしょ? 最初はどさくさ紛れに押しつけちゃった形でしたが、どうですか? このまま皇帝業、引き受けてはくれませんかね?』


 皇帝「業」という言い方も妙だが、たぶん、最初はどれだけ説明されても何もかもが面倒になっていた遥人は聞く耳を持たなかっただろう。


 だからこそ、説得するのは諦めた、などと言ったのだろうか。


『僕は、僕の国で生きている者達が大好きなんですよねぇ』


 肩から力の抜けた物言いだが、だからこそ、飾ることがない気持ちが伝わってきた。


『でも僕にはもう時間がなかったから、あとはあなたに頼みたいんです。ダメですかね?』


 ザムニスで活き活きと過ごしていた人々や、遥人の活躍に目を輝かせる兵士達、恐い顔云々は脇に置いておくとしても、そうしたものが眩しく見えていたのは確かだ。


『でも、また失敗するかもしれないぞ』


『いえ、今回の勝利は、あなたが仰る失敗を取り返して余りある快挙でしたよ! 次からは慎重さも身につくでしょうし、家臣を使うことも覚えるでしょう? その上で、今回の戦術眼はそのまま我が国に留まるのですから迷う要素なんてありません。もちろん、犠牲になった本人にしてみればたまったものではないでしょうけれど、みなの無念は僕が一緒に連れていきますよ。何より、僕が、ぜひあなたに、あなたのような人だから、僕が何より大切にしている国と民を任せたいと思っているんです。いかがですか?』


 正直に言って、ズルいなと思った。


 ずっとふざけてばかりだったというのに、こちらが驚くほど飾り気のない言葉で真っ直ぐに訴えてくる。


 おかげで、遥人の心の中にディートリッヒの言葉がすとんと落ちてしまった。


『ま、やってやらんこともない』


 素直に引き受けたいと言い出すのも恥ずかしいので、少しもったいぶった答え方をするが、それでもディートリッヒは満足そうに頷いた、ような気がした。


『でも、本当に、消えちゃうのか……?』


『ええ。民達と、妹のことをお願いしますね』


『……できる限りのことはするよ』


『それで充分ですよ。二度目の生を楽しんで下さい! ではハルト殿、お元気で! 死んだらまたお会いしましょうね!』


 などと、どこまでも明るいまま、ディートリッヒの気配は再び消えていった。


 彼が言っていた、後々、という言葉も気になるし、遥人が干渉したことで元の『フェーゲフォイア・クロニーケン』からズレつつあるのも確かだ。


 それでも遥人は、この世界ともう少しつき合っていく気持ちになっていたのだった。



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転生先はSRPGの悪役皇帝!? ~帝国は滅びるからと和平を目指したら、英雄側に裏切られて大ピンチ!~ 氷上慧一 @k_hikami_online

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