03 不透過率1%の恋人
8月の太陽は、容赦のない熱線をコンクリートに浴びせていた。E01425の文字は、蜃気楼でぼやけていた。その様がだんだん鮮明になってくるのを、カンナは見ていた。
電話が切れてから4時間が経った。ゆっくりと鮮明になってくる視界。テーブル。椅子。自分の身体。涙を拭った手。これまで認知し得なかった世界が、「実像がある」というひとつの答えを、いま、提示している。
その時、どこからか、彼女の名を呼ぶ声があった。空間に消え入りそうな、どこかで僅かに響く声。カンナは堪え切れない感情を胸に、エアコンのきいた室内を抜け出した。
肌を焦がすぐらいの暑さだった。マンションの階段を、おぼつかない足取りで降りていく。
空には無人ヘリコプターが旋回している。どこか遠い場所で、獣が吠えるような声が聞こえる。恐ろしさと、胸が張り裂けんばかりの予感に、押し潰されそうになる。
もう少しで地上に降り立てる。あと一歩、というところで、足がもつれた。
前のめりになって宙を体が滑った。彼女は思わず目をつぶった。
しかし彼女が転倒することはなかった。彼女の体を、ひとりの少年が抱きとめたのだ。
彼女は再び目を開いた。そこにあったのは、彼女が想像していたよりもずっとずっと凛々しい、少年の顔だった。
「はじめまして、カンナ」
カンナは、両腕を、理玖の背中に回した。
空を戦闘機が飛んだ。地鳴りがこちらに近づいてくる。が、ふたりにとっては、どうでもよかった。
理玖の手触りと、1%の視界。それ以外、今のカンナには必要なかった。
目が見える、ということは、カンナが生まれてはじめて獲得した幸福であったからだ。
(了)
ザ・ブラインドネス——透過率99%の片思い 山根利広 @tochitochitc
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