~覚醒~5
私は走る。
薄暗い道は徐々に暗黒が支配していく。唯一の頼みの街灯の光も間隔が広くなっていき私を助けてはくれなくなる。
人の文明より自然に近い環境に足を踏み込んで行く。
外でこんなに暗いところにいるのは初めてだ。そして周りには誰もいない。通りがかる人も、助けてくれる人も、みどりも、雅人も。
怖い。家に帰りたい。暖かい布団に入りたい。そして優しい夢を見て、いつものように朝が来て、いつものように仕事に行き、帰りにみどりに癒されて、雅人とバスを待って、そしてまた朝が来る。当たり前だけど、今はその当たり前に浸りたい。
ただそれだと今までと同じ。相田さんを捜しに行かなければいつもと同じ朝が来る。でも私は変わると決めた。走ると決めたのだ。
過去の自分を振り切るように私は走り続けた。相田さんを捜す為ではあるが、強い自分を捜す為でもあるのだ。
月の光で辛うじて前の道を確認できる。目も慣れてきたので道に足を取られることもない。
(どこまで行ったんだよ、こんなところに一人で来るなんて。)
足にガタがきていた。膝に手をついて息を整える。気温は低いのに手は汗でぐっしょり濡れていて、自分がどれだけ汗ばんだ状態かわからない。しかしそんなことには気を止めず、少し息を整えてまた走り初める。
しばらくして右に大きくカーブする道に差し掛かった。そのカーブの道端にパイロンが三つポツンと立っている。そのパイロンから先を見ると枯れ葉がかかってはいるが少し広い山道があるのがわかる。
(あの男の子が言ってた鉱山跡への入り口ってここかな。もしかして他の道を見落としてるんじゃ...。今は考えてる暇はない。)
私は隙間からその道に入り足下を警戒しながらゆっくり進む。
少し進んだところで携帯電話を出しライトを点灯させる。私の通ってきた道を見るとしっかり枯れ葉を通ってきた跡が残っているがこの先を見るとそれはない。
(ここじゃないのか。いや、風が跡を消した可能性もあるか。でも雨は降ってないからそんなにすぐは消えないはず。)
私はその道を後にしてまた走り出す。確信はないがここではないと思った。
山道だから仕方がないが傾斜が徐々にきつくなり足への負担が限界まできていた。どれだけ走ったかわからない。最初に見たパイロンからしばらく走った。
途中鉱山跡の入り口だと思われる脇道がいくつかあったが私は入らなかった。この道中で倒れている可能性もあると考えたからだ。
あの男の子が言っていたこの先は国道につながっているという情報。国道で倒れているなら救助されるだろうが、そこまでの道ならわからない。私はどこか脇道に入った可能性よりも歩き続けてどこかで座り込んでいる可能性をとり、とりあえず国道に突き当たるまで走ると決めた。もし見つからなくても帰ってくるときに脇道は確認できる。私の体力が続けばの話だが。
不意に携帯電話を取り出し画面を見る。
(二十時三十分。クソ!圏外か。これじゃ下の人の様子がわからない。)
増援は諦めて携帯電話を閉じる。すると道路の上に青看板が見えた。この先は国道だ。
(ダメだ。ここまで来たけど見当たらない。やっぱり脇道なんだ。)
私は疲労でまともに動かない頭を使って考えたがいい案が浮かばない。目の前の突き当たりの道に横切る車の光が見える。
(足が動かない。少し休憩しよう。)
私はその場に座り込んでしまった。今まで走ることに夢中で気がつかなかったが遠いところまで来てしまった。多分三時間は走り続けただろう。そしてしゃがんで休んだからか足が全く動いてくれない。完全に見切り発車だが帰れる気がしなかった。
怖い。国道までくれば見つかると思っていた。見つからなかった今捜索範囲は広くなってしまった。残りの体力的に今度は私が危ない。唯一の頼みの綱が切れて呆然とする。
暗いせいからかわからないが目が霞む。
腕も上げようとするが動かない。
このままでは、帰れなくなる。
気づけば私は泣いていた。
普段は何にも気づかなくて、行動を起こしたときには思い通りにならなくて、そんな無力で惨めな自分が恥ずかしかった。悔しかった。変わろうと決めてもこんな結果しか待ってない。私は何かできる人間ではないようだ。
(もうダメだ。雅人...。助けて...。)
私は自分を隠すように小さくなりうなだれた。
「....ちだよ。」
!?
今何か聞こえた気がした。私は涙を拭い顔をあげる。辺りを見回すが誰もいない。
「こっちだよ。」
やっぱり何か聞こえる。男の人の優しい声だ。私は声がした方に目を凝らす。
視界が霞んでるせいか白い人の影の様なものが立っているのが見える。この声は白い人影からしているようだ。
「こっちだよ。」
私はすくっと立ち上がり歩きはじめた白い人影についていく。
なぜかその不思議なものに嫌悪感はなく、どこか懐かしさを感じる。
しばらくついていくとその白い人影は急に止まった。
「ここだよ。」
そこには木々の間にロープが張ってある小さな脇道への入り口があった。来たときは全く気づかなかった。
私はその入り口に足を進めた。
「ここからはいけない。」
振り向くとその白い人影は泣いているようだった。なぜかわからないが、泣いているようだった。
私は会釈をしてロープを飛び越し走り出した。走り出した時、微かに声が聞こえた。
「大きくなったね。」
「うわ!!」
私は驚き顔を上げた。先程うなだれてしゃがみこんでいた場所だ。辺りは真っ暗で、体の疲労は残ったままだ。どうやら私は少し寝てしまっていたらしい。
(夢?あの人影、もしかして...。あの場所に行こう。)
「ふぅーーーー!」
私は力を振り絞り立ち上がる。
白い人影が夢で案内してくれた方に歩きだす。足の疲労を気にするようなぎこちない歩きだ。
入り口があった側を注意深く見ながら進む。夢での出来事にすがるなんてアホらしくも思うが私はその場所があるような気がしてならなかった。普段からそういうことを信じる方ではないが、他に可能性が乏しいからかより注視しながら歩く。
夢での距離は覚えていないが少し歩き、見当たらないので諦めかけていたその時。
「うそ。...あった。」
木々の間隔もその通りでその場所はあった。夢と違うところはロープが千切れていた。ただその他は夢で見た景色と同じで焦る。誰かがここに導いてくれた不思議な出来事に困惑する気持ちとは裏腹に私は相田さんがここにいると確信していた。
「相田さーーん!!」
当たり前だが返事はない。
「連れて帰ってやる!」
私は意を決して山道に足を踏み込んで行く。
道幅は狭いが木々が道を避けているように生えていて進むには苦労しない。
木の傘で月の光が遮られ、不完全ではあるが暗黒が目の前に広がる。足下に注意しながら少しずつ進む。
ただ不思議なことに前に進むことに全く恐怖を感じていなかった。体の疲労は引き続きあるものの少し心地よささえ感じていた。
自然が誘っているような、自然と同化するような感覚。このまま身を委ねてしまいそうになる。
(ここだよ。)
頭の中で声がした。
ボーっとしていた私は我に返り辺りを見回す。左側が崖とまではいかないが急な斜面になっていた。このまま進んでいたら危なかったかもしれない。
そのまま視線を下ろすと明らかに自然物ではないものが横たわっていた。
「相田さん!!!」
私は木を足場にして斜面を滑りその物体まで一直線線に下りていく。
やはり倒れていたのは相田さんだった。仕事着姿のままで所々服が破れている。
(ほ、ほんとうにいた。)
暗いので相田さんの状態を確認しづらい。私は斜面に腰かけてうつ伏せになっていた相田さんを抱き抱える。
「相田さん!起きて!相田さん!!」
返事はない。
私はボロボロな状態の相田さんを見て不安になった。顔や服が泥まみれだ。恐らく私が下りてきた斜面をここまで落ちてきたのだろう。どこか打ち付けている可能性もあるので優しく抱く。
まずは脈があるか確認する。恐る恐る手首に指をやり感覚を研ぎ澄ませる。あった。脈はまだあってくれた。そして耳を相田さんの口へと近づける。呼吸も不定期だがしている。
「ま、、てね。私も...い、から。」
うなされているのか相田さんがボソボソっと何かを言う。
「相田さん!長尾です。帰りましょう。みんな待ってますよ。」
相田さんは体を震わせてる。泣いているようだ。しかし意識は復活していない。顔をよく見ると泣き跡が凄まじかった。衰弱しているからか目の下のクマも目立つ。私は服の裾で顔の汚れを少し拭ってあげる。
(なんでこんなところまで、こんなになるまで...。相田さん...。どんな辛い想いだったのよ。)
私も少し泣いてしまう。水分も出尽くしたと思っていたが相田さんのことを考えると涙してしまう。
斜面の上を見る。道に出るにはここを上らなければならない。相田さんのこの状態からすると意識が戻るはおろか、このまま置いて誰かを呼びに行ったとしても戻ってくる頃には...最悪のパターンになるかもしれない。とりあえず二人で道にさえ出れば国道で助けを呼ぶこともできる。
私は決心した。相田さんを抱えてこの斜面を上ると。
相田さんになるべく負担をかけないように上るには私が寝そべりその上に相田さんを乗せて上るしかない。引きずっていくことは物理的に難しいだろう。斜面の影響でとても背負いにくかったものの体制はできた。しかし大人二人分の体重でこの斜面を上るのは容易なことではなかった。お腹を引きずりながら一歩、また一歩と匍匐前進を進めていく。掴むものは土か木の根っ子ぐらいしかなく、このときには握力もほとんどなかった為ミリ単位でしか進まない。
「あいだ、さ、ん。今から帰るよ。」
手が生暖かい。力みすぎて気にする余裕もなかったが、擦れて手から血が出ているようだ。もはや痛覚さえも忘れるほど相田さんを助けるという一つのことに集中していた。
相田さんの腕を私の首のところで固定しながら着実に進む。
どれだけ時間が経ったかわからないが、一歩一歩順調に進んでいき上の道が見えかけたその時、相田さんの腕が首からするりと抜け私の上から落ちかける。それを庇い片手を離し相田さんを掴んだ。
バキっ!
不運なことにもう片方の手で掴んでいた木の根が折れ体勢を崩し、一緒に滑り落ちる。
相田さんを庇い私が下になりながら滑る。
ドカ!
「ぐっ、あぁあああ!!」
木に背中を強く叩きつけて私たちは止まった。
「あぁ。ううぅぅぅ。」
痛い。口の中が血の味がする。気を失いそうになりながら相田さんが無事か確認する。どうやら被害は私だけで済んだようだ。
それにしても結構滑り落ちてしまった。最初と同じぐらい距離がある。
私は絶望した。残りの体力なんて数値化できないのでわからない。だがさっき上ったので確実に力を使い果たしてしまった。私は木を背にしてもたれかかる。背中がズキンズキン痛む。
不意に震える腕に目を落とす。滑り落ちたときの擦り傷と、上ったときにできた切り傷で出た血が土と混ざって泥だらけになっている。
手をグーとパーもできない。自分の腕ではないような感覚になる。
「ハハハ...。」
(さすがに限界かな。)
瞼が静かに下りてくる。踏ん張っていた筋肉も緩んでいく。近くにあった相田さんの手に触る。泣きたいのに涙は出てこなかった。
(雅人、ごめん。うち。変われなかった。)
「ダメだ。」
何か声が聞こえる。
「こっちだよ。」
夢に出てきた声と一緒だ。
突然右手が熱くなる。反射でそれを確かめるように左手で右手を擦る。
(あれ、体が動く。)
私は五体の調子を確かめる。少し動きにくさを感じたが動く。体の痛みもなくなっている。
(いける...諦めるもんか!)
「私は...変わるんだ。変わるんだぁああ!!」
私は立ち上がった。頭が機能してくれる。
まず太めの木の枝を探し、肌着の裾を引きちぎり枝に巻く。匍匐状態の時、土に差して前進する為の物だ。
そして上着と肌着を脱ぎ私と相田さんの体を固定する為に縛って使う。
そして髪を止めるシュシュを取り口に咥える。これは力を入れたときに口の中で踏ん張れるようにするマウスピースのような役割。
全ては整った。少なくとも先程の失敗は起きないだろう。
地面に枝を突き刺し一歩、また一歩と進んでいく。進んでいくごとに腕の筋肉が悲鳴をあげる。
口の中でブチブチっという音が鳴る。口からは唾液ではなく生暖かい血が流れているようだ。
体はでこぼこの地面で擦れヒリヒリする。
「ふぅぅぅぅぅ!ヴヴぅぅうううう!!」
唸り声をあげながら進む。
「こっちだよ。」
意識は朦朧としていてろくに前も見えていない。声に従って死に物狂いで前に進み続けた。
そして私はいつの間にか意識を失っていた。
「い、いた!いました!」
「!!!翔!あなたはそこで止まりなさい。黒沢さん。車から何か掛けるものを持ってきて。」
「はい!すぐに探してきます!」
「なんてことなの...。桐沢さんは体に巻いてある物をほどいてあげて。ゆっくりね。」
「うっ。あぁぁ、血、血が。」
「奈月ちゃん。私がほどくから大丈夫。変わって。」
「はい、坂上です。二人とも救助できました。応急処置をした後すぐに病院に搬送します。」
「はい!持ってきました!」
「ありがとう。千佳ちゃんの介抱お願いできる?私は蓮実ちゃんの手当てをするから。」
「もう大丈夫かな?斉藤さん、救急箱。それと水ね。」
「翔くんありがとう。すごい傷...。脈もかなり弱まってる...。すぐに病院に連絡して。」
「わかりました。すぐに手配します。」
「ちーちゃんが息してないよ!どうしよう、どうしよう!」
「美玲ちゃん!落ち着いて!二人とも静かだけどちゃんとしてる。大丈夫。」
「はい。それでは...。翔!相田さんを車に移動させて。香、蓮実さんの容態はどう?」
「擦り傷だらけで外傷も酷いけど、背中に大きな痣がある。早く病院に連れていかないとやばいかも。多分この子相田さんを背中に乗せてここまで引きずって来たんだと思う。」
「この血の跡。山道の中から道路まで出てきたってことね。詳しくは目が覚めてから聞きましょう。今はすぐ病院に移動したほうがいいわ。」
「そうだね。見つかってよかった。頑張ったね、蓮実ちゃん。」
「なんて子なの。ここまでして...」
(う~ん。頭がボーっとする。体が動かない。今いつだろう。うち、どうなったんだろう。)
意識は戻ったものの体が言うことを聞かない。目を何回かぎゅっと絞った後、目の前にぼやけた景色が浮かんでくる。
雅人が椅子に腰掛けて本を読んでいる。
(なーんだ。全部夢だったのか。あれ、なんか喋れない。)
「うぅ~~。うーー。」
すると目の前の雅人は驚き持っていた本を勢いよく閉じた。
「長尾さん!よかった...。目を覚ましてくれて。」
少し涙目の雅人が私を見つめて微笑んでいる。どうやらあの出来事は夢ではなかったらしい。
「うぅーー。うーうー!」
返答しようとするがやはり喋れない。
「長尾さん。落ち着いて、大丈夫ですよ。今長尾さんは呼吸器を付けているから話すのは難しいと思う。起きたら教えてって本田さんに言われてるからちょっと呼んできますね。」
「うーうー!」
呼び止めようと腕を伸ばそうとするが思うように動かない。首が動かないから確認できないが恐らくギブスか包帯のようなもので固定さているようだ。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから。」
そう言うと私の包帯から出ている手の部分を優しく握ってくれる。
雅人はやっぱり私のことをわかってくれている。
すごく安心した。やっと帰って来た感覚だ。
「おかえりなさい。」
ニコっと笑い部屋を出ていく。
言いたいことが伝わっている。やはり心を読まれているらしい。
雅人に会えてほっとした。また日常に帰ってくることができたようだ。安心したからか私はそんなことを思いながらまた眠りに着いた。
「う、う~ん。」
ゆっくり目を開ける。部屋を見渡すと誰もいない。
体を動かそうとするが身体中に何かをつけられているのか思うように動けない。
「あれ、しゃべ、れる。...まさとかえっちゃったのか。」
ろれつが回らない。口を大きく開閉すると顎が傷んだ。
誰もいない寂しさに少ししょんぼりしながら窓の外を見る。カーテンが開いていて外は真っ暗な様子。部屋の明かりがすごく安心できる。
私はついさっきまであの暗闇の世界でもがいていた。思い出そうとすると急に胸が痛くなる。
ガラガラガラ。
「おいっすー!起きてたかガール。」
本田さんが意気揚々と入ってくる。
「こんちは。うちって...イテテ。」
「あー、コラコラ。体を起こそうとしない。君は絶対安静なのだよ?今起こしてあげるから痛かったら言うんだぞぃ。」
本田さんはベッドのリモコンを操作して私の半身はゆっくりと状態を起こしていく。多少の痛みはあるがこっちのほうがいい。そして私は自分の惨状を目の当たりにした。
「え、グルグル巻きだ。」
「そうです。グルグル巻きなんです。」
本田さんはベッドの端から身を乗り出してツッコんでくる。
「あ、本田さん!相田さんは?無事なんですか!?」
少し感情的になり体を動かそうとして全身に痛みが走り顔を歪める。
「君は絶対安静の意味を知っているかな。大丈夫、あの子も無事だよ。かなり衰弱していたから危険な状態ではあったけど今は持ち直して眠っているよ。」
それを聞き安堵した。ふーと息を漏らす。
「それよりね、君だよ君!」
「え?うち?」
本田さんは手をあげて首を横に振り呆れた様子だ。
「あんまり患者の容態を比較するもんじゃないけどね、君の方がボロボロで運ばれてきたんだよ?ここの先生は色んな患者を見てきてるけどあんな顔してるの久しぶりに見たよ。こんなに自発的に体を酷使した人は初めて見たってさ。」
「えっと、そんなに酷かったんですか?うちあんまり覚えてないんですよね、...ってあれ?うち自分で病院にたどり着いたんですか?」
また呆れた顔で額に手を当てる。
「そんなわけねーでしょ。会社の人が山で倒れてる君とあの子を病院に運んでくれたんだよ。あの人たちの応急処置がなかったらもっと悲惨だったって先生言ってたよ。どこであんな適切な処置を学んだんだか。それより君は何も覚えてないのかね。」
まだ覚醒しきってないからか全く思い出せない。ゆっくり整理する必要があるみたいだ。
「ごめんなさい。今はすぐに答えられそうにないです。」
「いいよいいよ。私はいいんだけど整理がついたらみどりちゃんと白川くんには話してあげて。君が寝ている間に何度もお見舞いに来ていたからね。」
(ん?何度も?どういうことだろう。今の時間は...二十三時だから最後に確認した時間からそんなに経ってはないと思うけど。)
「雅人が来ていたのは覚えてます。私が寝てる間にそんなに何回も来たんですか?」
「君ねー、君は三日間寝ていたのよ。体が動かしにくいのはグルグル巻きのせいもあるけど、硬直がとれていないせいでもあるのだよ。安静の意味がわかったかな。」
(み、三日!?人ってそんなに寝続けることができるんだ。)
本田さんはカルテと機械を見合わせて何かを書き込んでいる。
「あ!ってことは今何日ですか!?」
「今日は十月の八日だよ。後もう少しで九日だね。」
コンサート...。寝ていたからもう間近まで迫っていた。
「あの、十一日にコンサート行きたいんですけどうちっていつ退院できるんですかね。」
「無茶言いなさんな、行けるわけないでしょ。目覚めて体力が回復したら検査もあるからしばらくは入院してなきゃダメ。仕事も休まないとダメだからね!」
なんか本田さんってお姉さんみたいだ。心配してムキになってくれる人は好きだ。
「ごめんなさーい。じゃあ諦めるしかないかー。」
「ちなみに鎮痛剤のおかげでそんな余裕なんだからね。切れたときが楽しみだわ。」
記録を取り終わったからか部屋から出ていこうと扉に手をかける。
「悪魔!」
「ウソウソ。ベッドの脇にナースコールがあるから少しでも違和感があったらすぐ押すんだよ。それと明日は朝から診察で先生が来るからね~。」
そう言うと手をヒラヒラさせながら部屋を出ていった。
とりあえず私は無事だったみたいだ。明日は会社にも連絡しなくては。その為には頭で色々整理しなくてはいけない。
みどりと雅人にも起きたことをちゃんと報告しなくては。天台病院ならみどりもいるから歩けるようになったら会いに行こう。
そして気になるのは相田さんだ。確かに容態のこともあるが、私はそれより生きる気力を失っているが故に危険な状態だと感じる。このまま一人にするとまた同じことになってしまうかもしれない。それに私はまだ相田さんに伝えていない。
聞くところによると相田さんも同じ病院で安静にしているようなので動けるようになったらまず相田さんに会いに行きたい。私から動くことは難しそうだが。
それにしても色んな人に心配をかけてしまった。助けてもらった。迷惑をかけた。でも、私の変化は正しいことだったと思いたい。周りの人の大切さを再確認できたし、周りの人がいなければ私たちは危なかった。
人は一人では生きていけない。世界は平等だ。平等に厳しさを持っている。それに耐えるにはたくさんの人の力がなければ生きていくのは難しい。だから私も、自分の殻に閉じ籠っていないで生きていこうと思った。きっかけは自分ではないが、人はきっとそんなものなのだろう。雅人に、みどりに感謝しなくてはならない。そして、そのきっかけをくれた相田さんにありがとうと言いたい。
(相田さん。大丈夫かな。この包帯とギブスが取れたら笑顔で会えるかな。)
そんなことを思いながら、私は眠りに着いた。
心の扉2 NONON @NONON66666
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