第60話 おじさん処理場

 マグロ状態のおじさん達を眺めること数十分。もはや気絶というか、睡眠に移行したっぽい。気持ちよさそうに三人とも寝息を立てている。頭が痛くなるような光景だ。


 さっきまで俺を慰めてくれていた野良犬もそんな悪夢の光景に嫌気がさしたのか、俺の首に噛みついて暇つぶしを始めてしまった。めっちゃ血が噴き出してきているけど、もうそんなことどうでもいいや。


 そんなわけで、おじさん達のお目覚めを待っていると、やっと一人目が目を覚ました。


 「うっ、ここはどこだ……。うっ、おじさん臭っ!」


 そんなことを言いながら、最初の覚醒者である柳谷親父はベッドの下から這い出てきた。


 「あ、ファーザー。おはようございます。ところで僕はなんで気を失っていたのでしょう。記憶がないのですが」


 「思い出さなくて良いことも世の中にはあるのです。そのまま後ろを振り返らず、前を向いて生きなさい」


 「イエス!ファーザー」


 曇りのない目で俺の方を見つめてくる。


 本当だったらもう少し人を疑う事を覚えさせた方が良いとは思うのだが、今日のところは俺に都合のいい馬鹿に育ってもらうことにしよう。柳谷家に返却するころには真人間に育っていることを切に願う。


 「僕のことはどうでもいいのですか、彼らはなんで寝転がっているのでしょう。彼らのせいで部屋が臭くてしょうがないです」


 あんたもその部屋を臭くしている原因の一つなんだけど。


 「不幸な事故の結果で気絶してしまったみたい。放置するのもあれだったんで、ちょっと回収させてもらいました」


 「なるほど、分かりました」


 その説明で納得してくれるんだ。良かった馬鹿で。


 とりあえず、馬鹿というか柳谷親父の事は放置していいだろう。


 それよりも、警察官のおじさんを吹き飛ばしてしまったことの方がやばい。少年院への扉に手を掛けてしまってるよなこれ。不用意にその扉の奥に入らないように鍵を掛けてくれてたら良いんだど、生憎と犯罪への扉は誰でも自由にエントリー可能である。

 

 まだ犯罪は表沙汰になっていない。話し合いでどうにできるレベルである。


 警察官のおじさんが目を覚ましたら、口八丁で言いくるめる必要があるということだ。


 さて、どうやって警察官のおじさんを言いくるめようかな。


 とりあえず、警察官のおじさんをベッドの下から引っ張り出して、使えるものはないかと体をまさぐってみる。


 拳銃と警察手帳、運転免許を始めとした個人情報カードが入った財布をゲット。


 このアイテムで警察官を脅しなさいとでも言っているようだな。それでこの場は凌げるような気もするが、相手が不幸になるだけの脅しは心の中にしこりを残す。後で面倒なことになる可能性を考えれば、それだけでは心もとない。


 脅し以外にもおまけをぶら下げて警察官のおじさん自ら咥えてくるように仕向ける必要がある。


 警察官のおじさんが食いつきたいと思うものは何か。それを知るにはまだ情報不足だな。


 こんな時に頼りになるのは、我らが情報担当おっさんである。おじさんとかおっさんばっかりで頭がおかしくなりそうだ。


 気を取り直して、知り得た警察官のおじさんの個人情報をおっさんに送信。あれ、これって普通に犯罪?って思ったりもしたが、気にしない。これは中学生の探偵ごっこなんです。


 おっさんからは即レス。


 何故その情報が必要になったのかその理由が聞かれることもなく、情報だけがそこにはあった。 


 どれどれ、見てみるか。


 織田秀吉丸、48歳、独身、童貞、好み人妻。


 一番最初の行でお腹一杯になりそうだ。名前の奇抜さはおいておいて、その次からも中々パンチが効いている。


 少しだけ接した感じだと真面目な警察官って感じだったが、なんかこういう一面があるって知ったらなんか親近感がわきました。童貞な時点で俺たちはファミリーだぜ。


 それ以外の情報も適当に確認してみたが、まぁなんというか人妻がすんごい好きらしい。仕事に関してはいたって真面目に取り組んでいるようで、地域パトロールなどは人妻観察を兼ねて頻繁に行っているらしい。地域の安全と人妻観察の両刀という効率のいい仕事ぶりを心がけているんだな。

 

 そんなこんなで俺は作戦を閃いた。


 清川母を警察官のおじさんに紹介しよう。


 清川ルートに制限が掛かっているせいで、しっかりと思い出すことはできないが、清川母は多分、未亡人、もしくは夫とは離婚しているかのどっちかで今現在はフリーなはずだ。だから浮気を強要させるわけではないので気分良く紹介できる素晴らしい人妻だ。


 それで一発ヤってもらえれば警察官のおじさんは大満足で俺のことは無罪放免でなかったことにしてくれるだろうが、あの臆病な清川母のことだから、上手くいかない可能性の方が高いだろう。しかしながら、あんな美人な人妻と知り合いになれるというのはこれからの童貞ライフ的に有意義なものになる。警察官のおじさんを説得するときは清川母の写真も用意して、しっかりと美人さをアピールする必要があるな。


作戦を練っていると、警察官ではないもう一人のグラサンのおじさんが目を覚ましたようだ。


 ベッドから這い出て、俺の部屋の見回してポカンとしたような顔をしている。このポカンとした顔どこかで見たことあるんだけど、なんか嫌な予感するんですけど。


 「俺は誰だ?」


 「あぁ、やっぱり」


 ロケットパンチはもう絶対使わないようにしよう。呪いの装備並みに俺に不幸の雨を降らしてくる。


 まあ、グラサン男に関しては不審者ぽかったし、記憶を失ってゼロからスタートできるほうがかえって好都合だったのではないでしょうか。このグラサン男の家族も更生したグラサン男を見て、手を叩いて喜んでくれること間違いない。


 「とりあえず、個人情報が分かるものを持っているかもしれないので、持ち物確認してみたらどうですか」


 「はぁ、お前、誰だよ?」


 急に話しかけるんじゃなかった。喧嘩腰で来られてしまったよ、どうしよう。


 詰め寄ってきたムキムキのグラサンに動揺して、思わず警察官の拳銃を手に取ってグラサンに向けてしまった。


 こうなってしまったら仕方がない。


 「持っているもの全部出せ」


 銀行強盗をするとき以外にこの言葉を使用するとは思ってもいなかった。


 いきなり拳銃を向けられたグラサンは目を見開いて動きを止めた。そして、周りを見て警察官の存在を確認し、おそらく俺の持っている拳銃が本物であると理解したのか、両手をあげた。

 

 「ちっ、分かった」


 俺は拳銃を向けたままで、グラサンの持ち物チェックを促した。


 グラサンのズボンのポケットから小型のナイフが何本か出てきた。なんだろう投げナイフってやつかな。何でそんなもの持ってるんだろう。やばい犯罪者だったりしてな。


 物騒なので、柳谷親父に指示を飛ばしその投げナイフを回収させた。


 その後は財布など一般人が常備しているようなものが続いて出てきた。


 もう何も出てくるものはないのかなと思ったところで、ふとグラサンの動きが止まった。


 懐に手を入れて、何やらニヤリと微笑んでいる。え、きもい、なになに。


 その瞬間、俺に向けられたのはこれまた銃である。俺が持っている拳銃よりもでかい。


 二人で銃を向け合う形となった。え、何この状況。こういうのってカッコいいシーンになりがちなのに、どうあがいてもまぬけ感が抜けないんですけど。


 「ファーザー、僕は今、何を見せられているのでしょう」


 「いやぁ、俺もよく分からん」


 「なに、ごちゃごちゃ話しているんだ?撃たれてもいいのか?」


 撃たれても良いのかって、そりゃ嫌だけどさ。それ、どうせモデルガンとかそんなんだろう?


 なりきり不審者装備として、ナイフとかモデルガンとか色々ポケットに入れてきちゃったんだろうな。なんか可哀想になってきた。


 「良いですよ。打っちゃって」


 「お前、怖くねぇのか」


 「えぇ、まったく」


 その言葉を聞いた、グラサンは何やら思案顔。


 「ふっ、その漢気に免じて、今日のところは見逃してやるよ」


 グラサン男は銃を俺の方に放り投げ背中を向けて、俺のベッドの上に寝転んだ。


 「それはファーザーのベッドだぞ!」


 「うるせぇ!だれだてめぇは!」


 ガヤガヤしているそんな二人を眺めていると、野良犬がグラサンが放り投げた銃を咥えて俺の方までやってきた。


 「あぁ、さんきゅ。回収してくれたんだな」


 「ガウ」


 その銃を手に持って、少しいじってみる。マガジンが取り出せるようだったので、なんとなしに取り出し見た。


 おい、これ、まじか。


 俺がエアガンとかで遊んでた頃に見慣れていたような小さな弾じゃない。火薬とか入ってる系のガチな薬莢が入っていた。

 

 え、もしかしてこのグラサン、地域に蔓延るちょっと頭のおかしい不審者レベルじゃないのか、それ以上にやばい奴なの。


 無音カメラで、こっそりグラサン男の顔を撮り、情報担当のおっさんにその写真を送信。このグラサン何者ですかというメッセージも添えた。


 安定の即レスで答えが返ってきた。


 『フリーの殺し屋だね』


 一瞬思考が停止。


 いや、うーん。あぁ、なるほど、世の中にはそんな職業があるらしい。気になるところではあるけれど、これ以上家に置いておきたくないという気持ちの方が強い。


 殺し屋とかやばい事やっているくらいだし、ちょっとくらい雑に扱っても良いだろう。グラサンが眠った時とかにダンボールに詰めて、その辺の公園に捨てにいこう。


 とりあえず、グラサンのことは解決したという事にしておこう。


 解決したところで、とうとう警察官のおじさんが目を覚ましたようだ。ガタガタと音をたてながらベッドの下から這い出てきた。毎回この登場の仕方だけど、もう全く何の感情も抱かないレベルになった。


 警察官のおじさんは、慌てているようだ。


 「こ、これはどういう状況だ!?」

 

 それを説明するのには時間が掛かりそうです。


 「……思い出してきたぞ。私を気絶させたのは君だな。そこのサングラスの彼やもう一人の男性にも見覚えがある」


 警察官のおじさんはロケットパンチを受けても記憶を失っていないようだった。記憶喪失の方が好都合だったんだけど、これはしょうがない。手筈通り計画を進めるとしようか。


 「君には聞きたいことが山ほどある。そこの彼らにもだ」


 「はぁ、めんどくせぇなぁ」


 記憶喪失のことなんてもはや全く気にしていないグラサン男、柳谷親父の方も面倒だなぁといった顔である。


 「まあまあ、落ち着きなはれ」


 「こんなおかしな状況で何を落ち着けと言うんだ」


 確かにその通りではあるが、勝手に話を進めさせてもらおう。男は直球勝負、相手の話は無視して自分勝手に進めるべきである。


 「そんな感じでですね。織田さんは今独身ですよね。知り合いの人妻を紹介したいと思いましてね」


 「私の名前をなんで知って……、それに独身ってことも……。え、人妻の知り合いだと!?」


 人妻のくだりを話した途端に表情が目に見えて変わった。どう変わったかっていうと、アホ面になった。


 俺はすかさず紹介する予定の人妻、清川母の写真を見せつける。清川母の写真は事前におっさんから貰っておいた。


 「な、なんて美しいんだ……」


 「今この女性はフリーなはずなので、ワンチャン付き合えます」


 「な、なんだと」


 「俺たちを見逃してくれるのなら、この人妻を紹介します」


 「分かった。お前たちを見逃そう。見逃せば一発ヤらせてもらえるんだな?」


 「あ、一発ヤらせてもらえるかは分から……」


 警察官のおじさんはどこか興奮している様子で、俺の言葉を待たずに言葉を紡ぐ。


 「童貞歴48年。真面目に生きてきたことに加え、人妻しか受け付けられないこの体に何年足を引っ張られたことか。両親がお見合いで紹介してくるのは、心に地雷を埋めているような女ばかりで、こっちから願い下げだった。美人でフリーな人妻なんて相当お目に掛かれるものじゃない。これが最後のチャンスかもしれ……」


 なんか変な独白が始まったぞ。俺たちに話しかけているというより、虚空に向かって話しているわ。今もずっと変な事言ってるわ。


 俺の知り合いにどんどん馬鹿が増えていくのだけど、どうしたら良いと思う。そんな思いを込めて俺も虚空を眺めることにした。


 


 

 



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モブは奔走する 三宮 尚次郎 @sanomiyanao

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