第59話 地獄のおじさんラッシュ

 変な夢を見ていたような気がする。寝汗がやばいであります。


 うつらうつらしながらも目を開けてみる。目の前には癒し系ヒロインの沖田さん。俺の体はなにやら沖田さんにホールドされているようです。


 なんでこんなことになっているんだっけ。


 確か春斗と装備を回収していたら、沖田に見つかり、なんやかんやで女装して柳谷家に向かった。それでええと、その後どうしたんだっけ。


 ああそうだ、昨日はそれで柳谷親父を調教してお持ち帰りしたんだ。そして、現在、沖田家でお泊り中ってわけだな。


 やべ、昨日頭を打って忘れてたけど、柳谷親父のこと完全に放置しちゃってるわ。あとで様子を見に行かないとな。


 うーむ、それ以外にもなにか頭の隅に引っかかっているような気がしないでもないが、夜中に宇宙について考えて頭がおかしくなるような現象で、なんか考えようとするともやもやしていつの間にか消えてしまう。まぁ、とりあえず気にしないでおこう。忘れっぽいのは元からだしな。


 とりあえず、手近の問題を解決していこう。まずは健康的な青少年にはお馴染みのモーニングおちんちんをどうにかして落ち着かせなければならない。


 沖田の柔らかい体が近くにあることもプラスアルファで効果を及ぼしているようで、しっかりとパンプアップしていらっしゃる。沖田に見られたら、ドン引きされる可能性大である。


 これはもう強引にでも腕力で折り曲げる必要があるのかもしれない。そんなこんなもぞもぞしていると、そのもぞもぞが伝わったのか、お姫様がお目覚めになった。


 寝ぼけ眼で俺を見つめている。無言で見つめ合う私達。


 「んう……?はっ!」


 すぐに現状を理解したのかバタバタと暴れる沖田さん。俺はそのバタバタ攻撃が股間に直撃しないようにと、しっかりと太ももに収納して女の子モード。


 それからしばらくして、冷静になった沖田は俺に視線をチラチラと向けながら、申し訳なさそうに謝ってきた。


 それを宥めながらも、なんかこんなこと前にもあったような気がするなぁと思ったりなんかしながら、何事もなく朝の時間は進んでいった。


 沖田母娘が作った朝食をごちそうになったところで、今日のところは帰りますの流れになった。


 玄関まで行き、こそっと沖田に耳打ちする。


 「とりあえず、今日のところは柳谷親父は俺の家で預かるよ。それで、何か困った事が合ったら沖田に頼るかもしれないっす」


 「うん、分かってる、どんどん頼って!……佐藤君だけに任せたら柳谷さんのお父さん大変なことになるかもしれないし」


 「え、最後の方なんて言った?」


 「なんでもないよ」


 「あぁ、そう」


 なんか有無を言わせない感じがあったので、気にしないでおこう。


 お別れの挨拶をした後も玄関から出て手を振ってくる沖田ファミリーに手を振り返す。それが一段落したところで、俺は突然嫌な予感を感じた。そして、ダッシュで昨日柳谷親父を放置した場所へと向かった。


 良い予感というものは散々期待を裏切ってくれるというのに、嫌な予感というのは全く裏切りというものをしてくれない。たまには裏切ってくれた方が人間は喜んでくれると思うぜ。


 ダンボールは空っぽだった。


 早速、困ったことになったな。


 沖田に頼ろうかな、いや怒られそうだな、やめておこう。それなら、柳谷に頼ろうかな……、うーん、どや顔で柳谷親父のことを引き受けた手前『親父なくしちゃった』とは言いづらいな。もうちょっと自分で考えた後、無理そうになったら頼ろうか。


 その結果、いつも大変なことになっているような気もするけれど、気がしただけですぐにその考えは思考のゴミ箱に捨てられた。


 さて、という事でまずはどうするかな。


 交番に行ってみるかな。何か事件を起こしているかもしれないし。



――――――――――――――――――――――――――


 そんなわけで、近くの交番に行ってみたところ普通に柳谷親父がいた。職質受けてるわ。


 めっちゃ簡単に見つけちゃったな。なんか拍子抜けするわ。いやこれで良かったのだ、いつもはこんなスマートに解決できないからちょっと達成感がないだけだろう。うん、今日は良い一日になりそうだ。


 「ファーザー!」


 と俺を見つけたのか大声をあげながら抱きついてくる。離れてください、加齢臭。


 「ファーザー?」


 警察官のおじさんが訝し気な目で俺たちをガン見してくる。


 「いや、何でもないです。気にしないでください」


 「まぁ、良いけどねぇ。君は……、彼のお子さんかな?彼、ちょっと挙動不審で深夜うろうろしていたからね。保護させてもらったんだよ」


 「あぁ、そうなんですね。ありがとうございました。ほら、早くいくよ」


 「はい、ファーザー!」


 「ファーザー?あ、こら待ちなさ……」


 呼び止めるような声が聞えてきたが、これ以上怪しまれるわけにはいかなかったので、逃げるように退散。


 なんとか逃げ切ったところで、柳谷親父とトークを開始。


 現在、柳谷親父はそこか自分の家であるかのように元のダンボールの中に納まってくつろいでいる。俺はそのダンボールがのせられた台車を押す係である。気持ちとしてはベビーカーを押している気分だが、傍から見たら相当おかしな光景だと思います。


 「我が息子よ、なぜ段ボールから抜け出したのだ?」


 「ごめんなさい。ファーザー、ただ、ただ……お腹がすいてしまったのです。空腹は地獄なのです」


 「あぁ、そう言う感じね」


 まぁ、そうか、お腹減るよな。普通に普通な成人男性だもんな。


 ペットに餌をあげなければならないように、親父にも餌をあげなければならなかったようだ。


 「ファーザー、これからどこに行くので」


 「あぁ、とりあえず家に帰ろうかなと」


 「了解であります!」


 俺のことを信頼しきった様子で元気いっぱいの返事をする柳谷親父。従順すぎて、怖いんだけど。


 娘の柳谷も俺に謎の信頼を寄せているようだし、やっぱり似たもの親子というやつなのかもしれない。


 そんなことをのんびりと考えながら、帰り道を歩いていると後ろから獣の鳴き声とこちらに向かって駆けてくる足音が聞えた。


 「ファーザー危ない!」


 そんな警告とともに俺が後ろを振り返ると、その刺客は俺の元へとびかかってきた。


 その刺客の正体は犬だった。


 ガウガウと声を鳴らしながら俺の『右手』に噛みついてくる。


 「いだだだだだ、何この犬!?」


 「ファーザー!どうやら私は獣の類が苦手なようです。震えて助けに入ることができません!」


 ダンボールに引きこもった柳谷親父を無視して、俺は野良犬への対処を試みる。


 「それ以上嚙んだら、こっちも黙っちゃいないぜ。蹴り飛ばしちゃうぞ、ほんとだぞ」


 「フガッ」


 なんか鼻で笑われたんですけど。首輪とかもないようだしなんか小汚いし多分野良犬だよな。なんで野良犬ごときに舐められなきゃいけないのよ。


 しばらくすると俺の右腕が千切れないことに気づいたのか、噛み飽きたのかどうなのか分からないけれど、なんか解放してくれた。


 「はぁ、怖かった。野生の動物とか普通に心臓に悪いわ」


 「ですね。ファーザー!」


 独り言を言うたび相槌を入れてくる。賑やかで良きです。


 「ガウガウガウ!」


 今、野良犬は俺の足に嚙みついている。でも、さっきの右腕の時よりはがっつり噛みついていない。なんだろうか、何かを訴えているような感じ。何かを訴える頭脳がアウトローな野良犬にあるのかどうか審議が必要だが、とりあえず、ちびっ子と話す時のような感じでしゃがんで犬と目線を合わせる。


 「なになに、どうした?」


 適当に問いかけてみると、野良犬は俺について来いとでも言いたげな感じで、首を軽く動かしながら我が家の帰り道とは逆方向の道を指し示している。

 

 「ついて来いってことで良いの?」


 「ガウ」


 野良犬は俺の言葉に頷いて歩き出した。


 ここ掘れワンワン的なあれかな。ついて行ったら金塊とか埋まっている場所へ案内されたりして。なんかちょっとオラ、ワクワクしてきたぞ。時間もあるし、ちょっと寄り道するくらいは良いよな。

 

 そんなわけで、野良犬の導きに従い我々は移動した。獣嫌いの柳谷親父は全然乗り気じゃなかったが、宝探しだと説明すると喜んでついてきた、記憶を失ってアホになったみたい。


 導きの野良犬が案内した場所はなんと俺の中学校。ここにお宝が眠っているという事だろうか。


 「それで、どこにお宝があるというのかね」


 「ガア?」


 何言ってんだこいつと言われたような気がした。


 そのまま校門をくぐり、野良犬の後ろをだらだらと付いて行く。そして、不意に野良犬が立ち止まる。そして、グルルルと本気の唸り声をあげる。


 どうしたんだと、野良犬の視線の先を確認してみると、そこには黒スーツのグラサン男、良い感じのムキムキ具合という事も付け加えておこう。


 休日出勤を強制された哀れな公務員かと思ったが、装い的にそうではないっぽい。グラサンを常時装備の公務員とか聞いたことないしな。


 なんか気味が悪いなぁ。グラサン男もこっちの方見てくるんですけど。軽く会釈でもして、さっさと宝探しに勤しむとしよう。そんなわけで、適当に頭をぺこりんこ。すると、グラサン男は口元に手をあててなにやら思案顔。


 「……もしかしてお前は、……覚えてないのか?」


 グラサン男から謎の発言。我の頭はクエスチョンマーク。スーパーコンピュータに匹敵する我の頭脳が導き出した結果、このグラサン男はたまに学校で注意喚起が行われる系の地域に蔓延る変質者だ。これ以上会話を続けていたら危険である。


 「その犬は覚えているんだな?」


 「ぐるるるる」


 グラサン男と野良犬はなにやらひと悶着ありそうな予感。変質者に敏感に反応しているのだろうか。


 「まぁ犬とは会話できんから、できればそっちのガキと話したかったんだが。……無理ならそれでいいさ」


 「ハハハ」


 なんかこっちに向かってめっちゃ話し掛けてくるんですけど、とりあえず笑っておこう。


 「いやぁ、久しぶりに楽しめそうな予感がするぜ。神内のお嬢に従うだけじゃ、やっぱりもったいない。これからは俺なりに楽しませてもらうとするか。……お前とはまた会う気がする。多分敵同士だろうが、よろしく頼むよ。じゃあな」


 なんかぶつぶつ言った後、中二病にかぶれた変人グラサン男は俺達に背中を向けて歩いていく。


 その時だった。俺は謎の感情の渦に飲み込まれた。


 『今のうちにあのグラサンをしばきたおせ』


 『あいつのしたことを忘れるな』


 『次はないかもしれない。後悔する前に』


 何この感じ、突然めっちゃロケットパンチしたい気分になった。でも、なんで、ロケットパンチしたいんだ?いや、そんなことどうでもいい。


 痴漢で捕まった親戚のおじさんの口癖を思い出せ。後悔するのは後からで良い、だからとりあえずやっちまえと言っていたではないか。


 俺はおもむろにおっさんウエポンの右手とスカウターを装着。


 もはや職人のような作業で滑らかな動作である、あぁ素晴らしい。


 『ロックオン』


 スカウターからそんな音声が聞えてくる。


 「ぐっぱい」 


 ブボォッという音とともに我の右腕がロケットパンチモードになった。


 驚いたことに標的であるグラサン男は俺の右腕の接近を察知したのか、咄嗟に振り向く。


 しかし、察知したところで対処する時間はもう残されていなかった。後頭部に直撃から、顔面直撃になっただけだったな。


 いつかの柳谷親父と同様にバゴンッという音ともにグラサン男は吹っ飛び、そして意識を失ったようだった。若干ぴくついているので多分死んでない。良かった、まだ俺は殺人犯ではないようです。


 「ふぁ、ファーザーなにをいきなり!?それにさっきのロケットパンチは見覚えが、うっ、頭が!」


 なんか柳谷親父が何か都合の悪い事を思い出しそうである。俺は素早くグラサン男の傍に転がっている右手を回収し右肩にはめ込む。


 そして、頭を抱えている柳谷親父を閉め落とした。


 「ふぅ、これでとりあえず一件落着だ」


 「な、何が一件落着だ。怪しいと思って付けてみれば、何をやっとるんだ君は!」


 「え!?やべ!」


 振り向くと、そこには柳谷親父を保護してくれた交番の警察官。


 「君のその制服は、この中学校のものだな。ふむ、大事になる前に素直に私に付いてきなさい」


 「くっそ、捕まってたまるか!」


 焦った俺は案の定やらかした。


 右腕ロケットを警察官に向かってスパーキングしてしまった。


 三分クッキングすら凌駕する、俺のクッキング技術は一分で三体のおじさんの塊を作り上げたのであった。


 呆然としている時間はない。こういうのは早め早めの処理が大事なのである。見つからなければ事件にならないのだから。


 柳谷親父が入っていたダンボールにおじさんたちを敷き詰める。ここでは俺がスーパーのニンジン詰め放題で培った詰め放題スキルが役に立った。


 効率的な配置を心がけて、おじさん達の体を折り曲げながら敷き詰めていく。途中でボキッっという音が鳴ったりしたが、全く気にしない。


 結果、気色の悪い呪いの塊みたいなのが出来上がった。ダンボールのふたをさっさと閉める。これは開けてはいけないパンドラの箱である。


 とりあえず、家に持ち帰ってから、色々とその先のことを考えよう。今は無心になった方が良い、そうしないと泣いちゃう。警察官のおじさんを吹っ飛ばしたあたりから、もうずっとパニック状態や。


 台車になんとか呪いの塊をのせて、ガラガラ押しながら家までダッシュ。


 めちゃくそ重いし疲れた。


 そんな感じで何度かその辺のゴミ捨て場に捨てたくなったが、なんとか運び終えることができた。ちなみに野良犬もいまだ俺に同行中である。


 無事帰宅したところで、まずは親の存在の有無を確認。


 よし、いない。


 慎重におじさんの塊を運んでいく。


 とりあえず、俺の部屋に運んでみた。


 やはりベッドの下が一番良い感じに隠せそうだな。男の子のベッドの下には夢がいっぱい詰まっているだが、今回ばかりはおじさん達で汚してしまうことを許してくれ。


―――――――――――――――――――――――――


 そして今、俺のベッドの下には縦に並べられたおじさん達が綺麗に仰向けになってお眠りになっている。


 そんな光景を見ていると、思わず涙がこぼれる。


 また俺は罪を犯してしまったのか。


 「ガウガウ」


 流石の野良犬もこの地獄絵図を見て、俺を慰めてくれてるみたい。


 「お前、体汚いし洗ってやろうか」


 「ガウ」


 現実逃避と気分転換を兼ねてわしゃわしゃとシャンプーしてあげた。綺麗な野良犬の出来上がりである。


 部屋に戻ってみると、やはりおじさん3人は綺麗な寝息を立て寝ているのであった。


 こうして俺はおじさん3匹と、おまけに犬を1匹拾った。


 


 

 ※5月15日の投稿はお休みします。次の投稿は5月22日になるかと思います。ごめんなさい。

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